「モノも人間関係も邪魔だと思っていました」…パート月収15万円・友達ゼロの53歳。快適だったはずの“ミニマリスト生活”をやめた理由
「持たない暮らし」に幸せを感じていた53歳の女性。しかし、人間関係までそぎ落とした数年後、彼女の平穏は崩れ去ります。母の介護と突然の緊急手術。誰にも頼れないなかで、彼女が痛感したのは効率化の果てにあった強烈な寂しさでした。彼女が見つけた「本当に快適な生き方」とは?
正社員からパートへ…「身軽になりたい」と思ったきっかけ
「あれもこれも『手放したい』『邪魔だ』と思い詰めていたんですよね」
そう笑うのは、現在53歳の早苗さん。かつて彼女が暮らした8畳ほどのワンルームには、テレビやソファ、掃除機すらありませんでした。
壁にあるのはエアコンのリモコンだけで、時計もカレンダーも掛けられていません。角に畳まれた一組の布団と、折りたたみ式の小さなローテーブル、そしてノートパソコンが1台あるだけ。洋服は、黒とネイビーの基本服が3セットのみという徹底ぶりでした。
早苗さんがこうした「削ぎ落す」生き方に行き着いたのには、理由がありました。かつては食品メーカーの営業事務として働き、年収は600万円を超えていました。しかし、40代半ばに差し掛かった頃から、職場環境が悪化。人間関係と過剰な業務量に苦しむようになりました。
「もう限界かもしれない」
そう自覚したのは、45歳の頃。ある朝、駅のホームで足が動かなくなったときでした。休職をするよりも、とにかくここから逃げ出したい――。その一心で退職届を出したのです。
厚生労働省「令和5年 雇用動向調査」によると、転職入職者が前職を離職した理由(個人的理由)として、女性では「職場の人間関係が好ましくなかった(13.0%)」が最も高く、次いで「労働条件が悪かった(11.1%)」となっています。ミドル世代にとって、職場ストレスによる心身の疲弊は他人事ではありません。
その後に選んだのは、時給制の事務パート(週5日・1日6時間勤務・残業なし)。月収は15万円ほどに激減したものの、家賃5万円のアパートに移り、生活費を切り詰めて生活していくことを決意しました。社員時代に貯めた約1,000万円の貯蓄があったことも、大きな安心材料でした。
「支出さえ抑えれば、収入が少なくても十分やっていけます。会社員時代はお金があっても、部屋はストレス買いしたモノで溢れ、片付ける気力もなかった。もう、仕事中心の人生には心底うんざりしていたんです」
引っ越しを機に、一般的には必需品とされる家電や家具も大量に処分。会社用のスーツや靴もフリマアプリやリサイクルショップで売り払いました。モノを手放すにつれ、心が軽くなっていく感覚を覚えた早苗さん。やがてその断捨離は、人間関係にまで及びます。
「飲み会はお金も時間ももったいない」「価値観の合わない友人とランチするくらいなら、家で映画でも観ていた方が何倍も有意義」――そう考え、スマホの連絡先も次々整理していきました。
当時の早苗さんにとって、この最小限の暮らしこそが幸せだったのです。
暗転する日常。がらんとした部屋で襲ってきた孤独と恐怖
無駄のない暮らしを続けていたものの、貯金は毎月少しずつ目減りしていました。そんな時、彼女の平穏な日常を一変させる出来事が重なります。
実家で一人暮らしをしていた母(78歳)が脳梗塞で倒れました。命に別状はなかったものの、左半身に麻痺が残りました。介護保険の手続きやリハビリ病院への往復、バリアフリー用品の買い揃えなど、雑務と予期せぬ出費が続きました。
さらに、追い打ちをかけるように自身の体にも異変が。突然の腹痛に襲われ、救急車で運ばれたのです。診断は急性胆嚢炎。そのまま緊急手術と1週間の入院を余儀なくされました。
医療費や雑費で手元の現金が削られていく恐怖。しかし、それ以上に早苗さんを打ちのめしたのは、“誰も頼れる人がいない”という痛切な孤独でした。入院を知っているのは、療養中の母だけ。
退院の日、早苗さんは一人でタクシーに乗り、誰もいないアパートへ戻りました。部屋にはストックの食料も飲み物もありません。見渡す限り、ぬくもりを感じさせる家具も観葉植物も何一つない、冷ややかな空間――。
余計なものがなく、あれほど快適だったはずの部屋。そこで彼女は、息が詰まるほどの寂しさと恐怖に襲われたのです。
取り戻すことが難しいものもあるが…生活の見直しへ
想定外の危機を経験した早苗さんは、自分の暮らし方と向き合い直すことにしました。
「スッキリした暮らしは本当に快適でしたし、心が救われたのも事実です。でも私は、人と関わる面倒やリスクから逃げていただけだったのかもしれません。人生には、ある程度の無駄や遊びが必要ですし、努力も必要なんですよね」
65歳の公的年金受給まで、まだ10年以上あります。万が一の備えを固めるため、早苗さんは再び賞与のある正社員の仕事を探し始めました。また母の介護についても、一人で抱え込まず介護サービスを最大限に活用。「通い介護」を続けながら、互いの自立を守る距離感を保っています。
がらんどうだった部屋には、少しずつモノが増えました。非常用の水や缶詰といった防災備蓄はもちろん、部屋に彩りを添える小さなインテリアも置くようになりました。
一方で、一度断ち切ってしまった人間関係を再び築くことの難しさも実感しています。
「関係を切り捨てるのは一瞬ですが、絆を取り戻したり新しく作ったりするのは、とても難しい。こればかりは都合よくはいきません。新しい職場や趣味の場を通して、焦らず少しずつ広げていけたらと思っています」
どんな暮らし方であれ、本人が納得していればそれが正解です。しかし、人生には思わぬ病気や介護といった想定外がつきもの。一人で生きる自由を守るためにも、極端に走らない「ほどよい持ち物」と「ほどよい人間関係」。それこそが、しなやかに年齢を重ねていくための鍵なのかもしれません。

