メイクが導く、「がんサバイバー」の笑顔と未来 資生堂「アピアランスケア」の現在地

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会場の壁にずらりと並んだ人物ポスター。被写体は皆、生き生きとした表情をしていて、ファッション誌の表紙のよう。ただ、彼ら・彼女たちはプロのモデルではありません。がんと闘う、あるいは克服してきた「がんサバイバー」なのです――。

化粧品大手の資生堂ジャパンは、「すべてのがんサバイバーに笑顔を」をミッションとする社会活動「LAVENDER RING(ラベンダーリング)」に、2017年のスタート時から参画し、「MAKEUP&PHOTOS WITH SMILES」という企画を展開しています。

資生堂のボランティア社員がヘアメイク・メイクレッスンをした後、ポスター撮影するというもの。がんになっても生き生きとしている人がたくさんいることを社会に伝えようと、これまで7つの国と地域で約1200組以上を撮影してきたといいます。

節目の10年目を迎えた今年、8月9日に東京都の文京シビックセンターであったイベントの模様を取材しました。

がんで変わる外見、重要性増すケア


がん闘病では、治療による脱毛や皮膚障害、傷あとなど、外見(アピアランス)に変化が起きやすいことが知られています。がんと診断されるだけでもショックなのに、見た目の変化が二重の苦痛になりかねず、自己肯定感の低下や孤独感を招くおそれがあります。

こうした背景から、国の「がん対策推進基本計画」などでも、「アピアランスケア」の重要性が語られるようになりました。化粧もその方法の1つです。



化粧が心理的・身体的QOLにもたらす影響を研究する「資生堂みらい開発研究所」主任研究員の池山和幸さんは、化粧は薬と違って、「マイナスから0だけでなく、そこからプラスに持っていける力がある」として、メンタルに及ぼす影響を次のように説明します。

「不安、緊張といった感情があるなかでも、生活において少しメイクをする、髪を整えることで心が前を向く。私が出会った中では、それまでは友人にも会いたくないと言っていた方が、綺麗になった写真を友達にシェアしたことで再会できたというケースがあった。一歩進む勇気が、結果的にQOLの向上に寄与すると考えます」



この分野における資生堂の歴史は長く、始まりは戦後間もない1950年代、空襲などによるやけどあとに悩む人々を支援するためのカバーメイク開発でした。がんサバイバー向けのアピアランスケア領域にも力を入れており、カウンセリングやメイクのレッスンなども実施しているそうです。

資生堂ジャパン美容戦略部部長の戸並知大さんは、「企業は社会が循環することで初めて存続しうる」として、「企業が社会活動へ取り組む意義と使命は、ますます高まっている」と、取り組みへの情熱を語ります。



「MAKEUP&PHOTOS WITH SMILES」では、資生堂のヘアメイクアップアーティストらが、がんサバイバーとコミュニケーションをとりながら、その人の美しさを最大限に引き出すメイク方法を見つけ出し、アドバイスします。そうして撮影されたポスターは、いずれも魅力的な笑顔であふれています。

戸並さん自身も、ポスターを見て心動かされ、涙することもあると言います。

「私たちの美の力を集結し、一瞬の素敵な笑顔を最高レベルで引き出してポスターに収める『LAVENDER RING』は、がんサバイバーの方だけでなく、見た方に広く勇気と元気を届けます。自分の笑顔が誰かをハッピーにする。その事実がまた自分に返ってきて、エネルギーになる。この循環は、まさにBeautyそのものの価値を最大化する我々の社会活動となっています」



メイクが自信に…外見だけでなく内面にも変化


メイクレッスンの会場には、資生堂のヘアメイクアップアーティストたちが集まっていました。その一人、神宮司芳子さんは、直属の上司ががんにかかり、医療用ウィッグのカットやスタイリングについて相談を受けたことをきっかけに、がんサバイバーのアピアランスケアに本格的にかかわるようになったそうです。

神宮司さんはヘアメイクが持つ意義について、「外見が整うことで一歩前へとアクティブになれる前向きさが湧く。その気持ちの変化によって、行動が広がったり、治療にも前向きになったりするような変容はあるんじゃないかなと思います」と話します。



がん治療中では、脱毛に悩む人が多いとされますが、神宮司さんによれば近年のウィッグの進化には目を見張るものがあるそうです。

「素人目にはファイバーか人毛か分からないレベルまで進歩しています。毛並みや分け目も自在に調整できますし、『地毛では勇気が出なかったハイトーンの髪色に挑戦したら意外と似合った』と、新しい自分を発見される方も多いです」

一方、肌の傷や血色の変化に悩むサバイバーも少なくありません。同じくヘアメイクアップアーティストの砂川恵子さんは、メイクの効能をこう語ります。

「がんサバイバーの方は自分でコントロールしきれない何かと戦っているわけですが、一方で、メイクアップは、悩みという“マイナス”をゼロに近づけ、健やかさ、心地よさを調整してプラスにコントロールできるものです。自分自身でそれを探る過程こそが、自信に繋がり、輝いていく瞬間なのかなと思います」



企画がメイクを「してもらう」のではなく、レッスンを通して「自分で身に付ける」必要がある点も、自信の獲得に重要な要素なのだといいます。

会場にはコスメ用品がズラリ。ねらい通り、参加者からは「せっかくなので、チャレンジしてみようかな」などと言った声が聞こえていました。



笑顔の裏にある内面の美


この日は、プロジェクト10年目の新企画として、がんサバイバーが将来の自分に宛てた手紙を朗読するスピーチイベント「Dear Future Me 〜未来の私へ〜」もおこなわれ、ポスター撮影をした13人の中から3人が登壇しました。

企画趣旨について、前出の美容戦略部部長の戸並さんは、「がんを経験してからの困惑や困難、そして『一人じゃない』という思い、未来への願いをもっと多くの方に知っていただき、勇気を与え合っていきたい」と説明します。



1人目の杉村英里子さんはプロのダンサーで、ニューヨークでバレエ講師としても活躍する32歳。今年2月に希少がんの診断を受け、積み上げてきたものや、当たり前のように語り合っていた将来が突然消えたように感じられたと振り返ります。

しかし、これまでの人生やキャリア同様、決して諦めることなく、この困難も乗り越えていけるとして、将来の自分に次のように呼びかけました。

「すべてのがん患者さんたちが、1人で孤独を感じることがないように、誰かの手を温かく握り、誰かの心に寄り添えるような、優しくて強い人間になっていますように。未来の私、あなたはそういう人間になっていなければいけません」



2人目の長瀬由梨香さんは希少がんは寛解したものの、治療の影響で顔に傷が残ってしまい、人に会うのを何年も避けてきたそうです。そんな長瀬さんを少しずつ日常に引き戻してくれたのは、変わらずに接してくれる家族や友人たち。現在では顔の傷も、「がんと闘って勝ち取った勲章」だと思えるようになったといいます。

「もし今、治療中の方、サバイバーとして日々過ごされている方が、この話を聞いてくださったら、どうか伝えさせてください。あなたは一人じゃありませんよ。不安な夜も、涙が止まらない日も、強がってしまう瞬間も、全部無駄じゃありません。それは全部、未来のあなたを形作っていますよ。今日を乗り越えたあなたは、もうそれだけでやりたかった自分に一歩近づいていますよ」

最後に登壇したシンガーソングライターのMi-Yuさんは、直前の検査で腫瘍が大きくなっていることが分かったといい、「ショックな気持ちで今この場に立っています」と明かしました。

それでも前日はライブだったといい、「本当にたくさんの人が支えてくれている。だから、私は絶対に負けない。絶対に諦めない」と宣言。「歌い続けて、未来の私」と締めくくりました。



病への不安や葛藤を抱えつつも、未来への誓いを力強く口にした3人。凛とした内面に触れた会場からは温かい拍手とエールがおくられました。