「クラスの3割が中国系」の衝撃…中国富裕層が殺到する文京区“名門公立小”のいま、学区内マンションも争奪戦に
中国富裕層の日本移住が進むなか、いま彼らの熱い視線を集めているのが、東京屈指の文教地区・文京区だ。名門公立小学校として知られる学校では、中国系の児童が全体の3割ほどに達するとの声もある。その背景にあるのが、中国人家庭の旺盛な「教育熱」だ。「3S1K」と呼ばれる人気校への入学を目指して学区内に移り住み、狭いアパートで家族と暮らすケースまであるという。さらに中国のSNSでは学区内のマンションが盛んに売買され、不動産価格にも影響を及ぼしている。中国富裕層はなぜ、文京区の「名門公立小」を目指すのか。
外山尚之著『なぜ働いても家を買えないのか』の一部を抜粋、編集してお届けする。
中国人富裕層が日本で「第二の人生」
JR御徒町から徒歩4分。宝飾問屋が軒を連ねる一角に、その雑居ビルはたたずんでいた。
「YAK御徒町ビル」と書かれた建物の窓ガラスには「おすすめ物件」としてマンションの情報が貼り付けられており、壁面に描かれた「華人貸款不動産会社」という文字を除けば、一見、全国どこにでもある地場の不動産仲介業者にみえる。
このYAK(東京・台東)が日本の不動産のインバウンド投資の最前線であることを知る人は多くはない。
ビルのエレベーターを上った先には、1階にある店舗とは別に応接フロアが用意されている。
神棚が飾られ、戦国武将が身につけていたような鎧が飾られた空間では、ソファに座る中国人女性がYAKの越水亮社長に対し、「千代田区や文京区、港区で良い物件はないか」と中国語で話しかけていた。
張欣然(仮名、52歳)は北京で医療サービス会社を経営していたが、仕事や子育てが一段落したため、「第二の人生」を歩もうと決意。2023年10月に日本に移住したという。「政治が安定し、秩序だっていてサービス水準も高い」と語り、現在は都内で不動産投資家として活動している。
「北京に比べると全然安い」
日本での1件目の物件としてJR錦糸町駅(東京・墨田)に近い区分マンションを購入した張が次に狙うのは、都心の物件だ。「資産価値が下がらず、空室率が低いエリアの物件を探してほしい」と注文をつける。
条件をすべて満たす物件は2億円はくだらないが、「北京に比べると全然安いし、日本の不動産はお得よ」と笑う。そもそも中国では土地の私有が認められておらず、土地使用権にも期限がある。その点、売買や所有、相続が可能な日本の不動産は安全資産として魅力的だという。
世界中に華僑ネットワークを張り巡らせる中国人だが、日本のように母国との距離が近く、文化的にも似ており、強固な中国人コミュニティーがある国は少ない。
日本で暮らすことを選ぶ中国富裕層の共通点
張は取材が終わった後の雑談中、「こないだ旅行に行ったの」とスマホで撮影した写真を見せてくれた。満開の桜を背景に笑っている同年代の3人は全員が日本に移住してきた中国人だという。
同じような境遇の友人と頻繁に連絡をとり、旅行や食事でも日本生活を満喫しているようだった。
母国である中国ではなく、日本で暮らすことを選ぶ中国人の背景は多様だ。アニメや漫画をはじめとした日本のサブカルチャーに魅せられた人がいたかと思えば、新たなチャンスをつかむために裸一貫で異国の地に飛び込んだ人もおり、強権的な政治体制からの退避や資産の移管を目的とする人もいる。
資産規模も思想も異なる彼らに一つだけ共通していることがあるとすれば、それは教育熱の高さだ。
科挙に代表される「学問こそが出世の道である」という価値観に加え、一人っ子政策の影響で1人の子供に資金や期待が集中する環境、そして名門大学の卒業が社会的成功に直結するという根強い学歴信仰により、中国人の教育熱は日本の比ではない。
中国系の移民2世として米国で育ったイェール大教授のエイミー・チュアが2011年に出版した『タイガー・マザー』は、毎日数時間の勉強の付き添いにはじまりテレビやゲームを制限する生活習慣、名門大学への進学をゴールとする中国式の苛烈な教育が虐待にあたるのではないかと全米で議論を巻き起こしたほどだ。
教育熱心な「タイガーマザー」が文京区に集結
彼らの教育に対するその熱量は、日本で暮らすようになっても変わることはない。日本における主戦場の1つが、東京都文京区だ。
東京大学やお茶の水女子大学、筑波大学附属小学校をはじめとした教育施設が集積する文京区は日本を代表する文教地区であり、歴史的に教育熱心な親が集まることで知られる。その公立小学校に、タイガー・マザーが続々と集結しているのだ。
「私が通っていた30年前に中国人の同級生はほとんどいなかったが、ここ最近で一気に増えた」
文京区の保苅吉紀区議は自身の母校であり、26 年3月までPTA会長を務めていた誠之小学校の現状についてこう語る。東京大学のお膝元に立地し、150年の歴史を持つ誠之小学校は千代田区の番町小学校や麴町小学校と並び「御三家」と呼ばれる、東京の名門公立小学校として知られる。
SNSで日本の名門公立小を知る中国人
保苅区議によると、現在、誠之小学校に通う生徒のうち、中国系の姓を持つ生徒は全体の2割ほどだという。両親のどちらかが日本人であったり、帰化したりしたケースも含めると、「3割程度に達するのではないか」という。
文京区では誠之小学校のほかにも「名門」と呼ばれる小学校があり、誠之小学校(S)、千駄木小学校(S)、昭和小学校(S)、窪町小学校(K)の4小学校のイニシャルをまとめて「3S1K」と呼ばれる。
いずれも公立小学校なので特別なカリキュラムがあるわけではないが、「教育環境が良い」との評判が広がり、教育熱心な中国人家庭がこのエリアに集まるようになっているという。
彼らの多くはSNSを通じて誠之小学校の存在を知り、「名門校だから」という理由で子供を入学させる。保苅は「小学校に通わせることだけを目的に、単身者用の狭いアパートの部屋に家族で暮らすというパターンもある」と眉をひそめる。
中国人比率は2.1%から3.7%に
事実、文京区における中国人の比率は近年急増している。東京都の「外国人人口」統計によると、25 年1月1日の時点で文京区に住民登録している中国人の数は8666人で、過去4年間で1.8倍に増えた。文京区の人口に占める比率は2.1%から3.7%に急増している。
取材で知り合った中国人は「最初はインターナショナルスクールを考えていたが、日本で暮らすなら、名門小学校から中学受験をして、良い大学を目指した方がいい」と説明。
3S1Kで学び、中学受験塾「SAPIX」を経由して名門中高一貫校を目指すことこそが
日本における「成功」だと力説する。
中国版インスタグラム「小紅書」で3S1Kを検索すると、対象学区の物件が数多く紹介されていた。
26年4月に投稿された「文京区3S1K、5980万2LDK公寓 5月底有效(2LDKのマンション、5月末まで有効)」という、リノベ―ションされた部屋を紹介するショート動画には、30件以上の資料を求めるコメントがついていた。
一方で、3S1Kが過度にブランド化されたことで、華人ネットワーク内でも相場よりも割高な不動産をつかませようという動きもあるようだ。
地場の不動産仲介事業者は「旧耐震物件のような、日本人ではあまり手を出さないような物件でも『3S1Kの学区内だから』と中国人同士で取引されているようだ」と明かす。
日本の不動産を「割安」にした通貨安政策
ブランドに惹かれがちな同胞の特性を利用し、異国の地でもしたたかに立ち回る、中国人のたくましさがうかがい知れる。
近年、中国からの不動産投資が増えたのは、低迷が続く中国経済や中国共産党の強権的な姿勢に見切りをつけて中国から逃げる「潤(ルン)」という中国国内の事情だけでなく、日本政府や日銀が推し進めた通貨安政策の影響も大きい。
過度な円安は不動産市場にも波及した。不動産情報会社マーキュリーのデータによると、アベノミクス前の11年から25年にかけ、東京23区の新築タワマンの平均価格は6105万円から1億7698万円と、2.9倍に高騰。一般市民の手に届かなくなってしまった。
一方、ドル建てで見ると、まったく違う光景が視界に入ってくる。年次の平均為替レートで換算すると、同期間の東京23区の新築タワマンは約77万ドルから118万ドルへと、54 %しか上昇していないのだ。円安は、海外から見た日本の不動産を割安に見せる副作用をもたらした。
不動産開発において、海外からの投資は不可欠なものだ。しかし、こと住宅分野においては、急激な円安は日本人の購買力を削り、外国人投資家に絶好の買い場を与える結果となった。26年に入り日本円は主要国の通貨に比べて全面的に弱んでおり、「お得感」は増している。
私はサンパウロに駐在していた2010年代後半、通貨危機のさなかにあったアルゼンチンを何度も取材したが、首都ブエノスアイレスの一等地の物件は自国通貨のペソではなく、米国の通貨であるドルで取引されていた。
1ドル=160円の為替相場で政府が自国通貨の防衛に追われ、外国人が割安だとキャッシュで物件を買い漁っていくような状況は、当時のアルゼンチンと重なる部分がある。
都心の不動産が外国人に買い漁られる状態となったのは、我々日本人が自らまいた種だともいえる。
文/外山尚之 写真/shutterstock
なぜ働いても家を買えないのか (日経プレミアシリーズ)
外山尚之

2026/7/10
1100 円(税込)
280ページ
ISBN: 978-4296126996
東京23区の新築マンション価格は10年で2倍。
資材価格の高騰がさらなる追い打ちをかける。
もはや、普通の社会人には家を買えないのか。
その深層に、取材記者が迫る!
「なぜ、私たちは働いても家を買えなくなってしまったのか――
この問いに対して、記者として見聞きした取材結果をまとめ、現在の日本で何が起こっているのかを共有できればという思いで筆を執った」
――本文より
【本書の主な内容】
-勃興する「タワマン転売ヤー」
-奔流するチャイナマネー
-「日本で一番警察官が来るマンション」
-集結する「タイガー・マザー」たち
-地方にも「ローカル億ション」の波
-タワマンを次々引っ越す「空中族」
-悪質な事業者の「稼ぎ場」に
-家賃が上がると、極右支持者が増える
-狭小住宅に住む事情
-高級老人ホーム戦国時代が到来
-五輪跡地が転売合戦の舞台に
-「地味駅」の変貌
-二度と市場に出てこない超一等地
-「荒川を越える」挑戦
-ジャイアンツ選手の成長を見守れる部屋
-住宅価格高騰が招く人手不足
-「母になるなら、流山市。」
-たそがれのニュータウン
