「なんだかもう、麗子の母親の話から、うちの両親の話まで、何もかもがドカンドカンとやってきて…」

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【前後編の後編/前編を読む】「女性に触れたくない」男が結婚、妻の入浴姿をのぞいて満足していたら…彼女の“男嫌い”にも秘密があった

 岡部隆行さん(40歳・仮名)は、女性の体を眺めることには強くひかれるが、触れたり性行為をしたりすることを望まない。結婚相手は、妹の勤務先の先輩にあたる麗子さん。地方都市の大地主の娘だった。妻に触れないまま結婚生活が始まったが、ときどき妻が入浴しているのをこっそり見て楽しんだという。だが、結婚から1年ほどたったころ、麗子さんの兄が現れ、自分たちの母は父の浮気を苦に自殺をはかり、以来、妹は男性を嫌うようになったと明かした。

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 それからまた1年がたった。今から3年前だ。コロナ禍が少し落ち着き、隆行さんは急に仕事が忙しくなっていた。

「なんだかもう、麗子の母親の話から、うちの両親の話まで、何もかもがドカンドカンとやってきて…」

「そのころ妹は双子を出産して職場復帰したんです。周りにも迷惑をかけることが多くて申し訳なくてと言いながらも、夫と協力しあってがんばっていました。僕は手伝ってやれないけど、もし時間があったら、たまには妹のところにも顔出してくれたらうれしいなと麗子に言ったんですよ」

 とたんに麗子さんの顔が険しくなった。子どもがいるからって特別扱いなんかできるわけないのに、どうしてあなたの妹はあんなに傲岸不遜なのかしらと、待っていたかのように悪口を並べ立てたのだ。

「迷惑をかけているというのは本人が一番気にしているんだ、麗子は義姉にあたるんだからもうちょっと温かい目で見てくれてもいいのにとつい言ってしまいました。すると麗子はフンと鼻を鳴らすようにして、『妹は種違いの子って本当?』『あんたの親もろくでもないわね』と言いだしたんです。どうしてそんなことを言いだしたのかと思ったんですが、どうやら彼女の兄が僕に母親の話をしたことがバレたらしい。それで僕にも秘密があったじゃないかとつついてきたんでしょうね」

隆行さんの家にも「秘密」が

 その件は、かつて少しだけ隆行さんの家族で話題になったことがある。妹が親戚の誰かに吹き込まれたのか、「私はおとうさんとおかあさんの本当の子じゃないの?」と言いだしたのだ。彼は中学生になっていたが、両親の顔がひきつっているのがわかった。その後、父は妹にゆっくりと「そんなこと、あるはずないだろ。いつか戸籍を取り寄せて見せてあげるから」と言った。そして母に「今日はみんなで外でごはんを食べよう」と言いだした。あまり外食を好まなかった父が急にそんなことを言ったので、隆行さんはその日のことは覚えていた。時間がたってすっかり記憶の彼方にあったのだが、急にそのことを思い出した。

 麗子さんには、「そんなことがあるはずない。戸籍上も実子だから」と伝えた。だが麗子さんは「あなたの妹は疑ってるわよ。以前、私に相談してきたことがあったの。医者を巻き込んで養女を実子として届けたんじゃないの?」と妙に意地悪くからんできた。

「妹は両親にかわいがられていたのに、どうしてそんなふうに思ったのか、妙に気になりました。そのとき、『私も闇が深いけど』と僕の結婚のときに妹が言った言葉を思い出したんです」

 子育てと仕事に奮闘している妹に直接、問いただすのは気が進まなかった。そこで彼は、久しぶりに実家を訪れてみた。

「実家への道中、いろいろ思い出してみたんですが、そういえば妹は僕にこっそり、『私がおとうさんの親友の娘で、両親が亡くなったからおとうさんが引き取ったって本当?』と言ったこともあったと思い出した。僕は妹が思春期に、漫画のような妙な妄想に囚われていると片づけていたんです。思い出せば思い出せることが、ほとんど記憶の底に沈んでいた。僕自身のことではなかったからでしょうけど、兄として冷たかったかもしれないという反省もありました」

 実家でそれとなく、妹が昔、変なことを言い出したことがあったよねと両親に話しかけてみたが、母は「そんなことあったかしら」と言うだけ。父は黙ったままだった。さらに尋ねようとすると、父に「昼間から飲める居酒屋があるんだよ。おまえとふたりで飲みたいな」と誘い出された。

「父とふたりきりで居酒屋に行ったのは初めてかもしれません。そこでようやく、父は話してくれました。妹は母が浮気してできた子なんだ、と。だけど父はそれを知らないことになっていた。だからいきなりおまえが来てあんな爆弾を落として、おかあさんはショックを受けているに違いないって」

父はどんな思いで接してきたのか

 隆行さんは混乱した。父は知っていて、どうして知らないふりができたのか。両親は仲がよかった。どうして父は母を許せたのか。次から次へと疑問がわいた。

「父は訥々と語りました。『おまえが生まれてから、仕事が忙しくてなかなか家庭を顧みることができなかった。飲み明かして朝帰りもあったし、正直言って浮気したこともある。初めての子を抱えて大変な思いをしているおかあさんの気持ちを考えたこともなかった』と。そしてあるとき、母は妊娠を告げた。でも当時の父は出張が多く、1年以上、母との交渉はなかった。それなのに母は平然と妊娠を告げた。おかあさんが怖かったと父は言っていました。女は怖い、と。何も言えないまま、娘が生まれたが、生まれてみたらとてもかわいい。大きくなるにつれ、娘が自分にまったく似ていないと思うようになったが、その気持ちを振り払うように娘をかわいがったそうです」

 ただ、数年前、ふと思い立って、遺伝子検査を依頼してみた。妹本人には内緒だった。親子関係はないという結果が出た。やっぱりという気持ちはあったが、それでもいいじゃないかという思いのほうが強かった。娘はオレの子だ、と父は言った。

「おかあさんを責めるな、何も言うなと父は言っていました。わかったというしかなかった」

自分の子じゃなくてもかわいかったのか、と父に尋ねると…

 思い起こすと、父は妹をかわいがっていたが、母はときどき妹に当たり散らすことがあったような気がすると隆行さんは言った。母は、父が自分の子ではないとわかっていることを感じていたのだろう。わかっているのに何も言わない父が、自分の子ではない娘をかわいがることを嫌がらせのように感じたのか、あるいは罪悪感にさいなまれていたのか……。そのあたりは彼にはわかりかねた。

 ただ、妹自身は自分が出産してから、何かが吹っ切れたようにサバサバした女性になっているのが隆行さんには不思議だったのだが、それも少し納得がいった。

「自分の子じゃなくてもかわいかったのかと父に聞きたかった。聞こうとして、ふっと父のほうに顔を向けたら、父の横顔が妙に孤独そうに見えて言葉が出ませんでした。父には父の覚悟があったんだなと。その日、母に電話をかけました。『妙なこと言ってごめん』と謝ったんです。母は『あのね』と何か言いかけたけど、『もういいんだ。今度、また行くよ』と切りました。母の言い訳など聞きたくなかった。父の覚悟が台無しになるから……」

 彼自身も、なかなか気持ちの整理がつかなかった。

「なんだかもう、麗子の母親の話から、うちの両親の話まで、何もかもがドカンドカンとやってきて、僕はひゃーひゃー言っているだけでしたね、あのころは。妹の件は麗子には何も言いませんでした」

どうしても妻と触れあいたくなって…

 ある日、隆行さんは突然、麗子さんの寝室へ行った。常日頃、寝室は別にしているのだが、どうしても妻と触れあいたくなったのだ。自分でも何をしているのかわからなかった。妻はドアを開けてくれたが、彼の目を見て後ずさった。

「凶暴な気持ちになったわけではないんですが、妻を思わずベッドに押し倒してしまった。どうしたのよと激しく抵抗されましたが、彼女のパジャマの胸を開こうとしてボタンが飛び散りました。胸に手を伸ばすと、彼女は叫び声を上げて僕を突き飛ばした。それでハッと我に返りました」

 妻の罵声を浴びながら、彼は自室に逃げ帰った。手に妻の柔らかな肉の感触が残っていた。もっと触れたいと切実に思った。

それでも妻は「離婚したくない」

 翌日、会社に妻の弁護士がやってきて、家に帰らないよう指示された。妻は、「夫婦関係を円満に戻すための調停」を申し立てる予定だという。隆行さんとしては、もういっそ、離婚しようかとも思っているのだが、妻は離婚を望んでいるわけではないという。

「あなたも弁護士を立ててもいいと言われましたが、僕にそんなお金はありません。その日から一度も、妻とは会っていないんです。しばらくして調停が始まりましたが、あまりうまくいかなくて、そろそろ離婚調停になるかもしれません」

 何がどうなっているのか理解しがたいのが本音だと、隆行さんは言った。妻は離婚はしたくない、結婚生活を円満に戻したいという。問題なのは、隆行さんの「性欲」だろうか。

「麗子の男嫌いは本物だったんでしょうね。だったら結婚なんかしなければよかったのにと思うけど、僕自身にも同じことが言えます。しかもあの日、僕はなぜか急に一般的な男性のような性欲を妻に感じてしまった。いきなり襲ったようなものだから、妻が怒るのもわからなくはない」

 彼自身は、もう二度と妻を襲わない自信はあるが、逆に妻への人としての興味も失ってしまっている。結婚生活を続ける意味もない。

麗子さんの同僚と知り合い、「触れない」関係に

 妹は「やっぱりあの人、闇があったでしょ」と言った。妹の出自の件を知られたくないし、自分の性的嗜好も伏せたいから、妹には曖昧に話を濁している。妹は「おにいちゃんの有利になるかも」と、麗子さんの同僚を紹介してくれた。

「彼女は麗子をあまりよく思ってはいないみたい。正直言って、彼女から話を聞いても離婚の条件が有利になるとは思えないけど、妹の厚意だから会ってみました。それ以来、ときどき彼女と会っています。既婚者なんですが、なんだか意気投合してしまって……。彼女とホテルに行ったこともあります。相変わらず僕は触れることはしなかったけど、ベッドに横たわった彼女を、じっくり眺めさせてもらいました」

 気持ちが落ち着いた。「何もしてないから不倫とはいえないわね」と言って、ちょっとホッとしたような彼女の表情に、少しだけ気持ちが落ちた。ところが次の瞬間、彼女は言ったのだ。

「私、隆行さんが好き、と。僕、ストレートに好きと言われたのは初めてだったから、かなり驚きました。そういえば自分の中に、『好き』という感情があまりなかったような気がするんです。僕には人として決定的に何かが欠けているのかもしれないと感じました」

 好きと言われてシンプルにうれしかったと彼は言う。

なんだか孤独なんですよ

 この先、調停がどうなっていくのかは不透明だ。いつか離婚となるのかもしれない。妹が紹介してくれた人妻ともまた会ってしまうだろうが、彼女は彼の性的嗜好を理解しているとは思えない。なんだか孤独なんですよと彼はつぶやいた。

「それにしても、数年の間に身内のいろいろな秘密が明るみに出て、本当に精神的に疲れました。僕自身の性的嗜好もあまりいいものとも言えませんしね。そもそも結婚しなければよかった。その一言に尽きるのかもしれません」

 彼自身の性的嗜好をはらんだ生き方が、麗子さんという頑なな女性を引き寄せたのか。真実を知ったときは父と母の関係を不思議だと思ったが、最近では羨ましいと感じるようになったと隆行さんは言った。

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 妻ではない女性に「好き」と言われても、隆行さんの孤独は消えない。記事前編では、女性に触れたくない彼が麗子さんと出会い、奇妙な結婚生活を築くまでを紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部