この記事の画像を見る

 突然だが、パンダの尻尾は何色だろうか。

「白」と答える人もいれば、「黒」と答える人もいる。同じパンダを見ているはずなのに、記憶は驚くほどあいまいだ。



 そんな人間の“記憶”をテーマにした展覧会が、いま話題を集めている。会場に展示されているのは、一見すると何の変哲もない一枚のパンダの写真。しかし、その写真をきっかけに、自分の記憶や「現実」そのものが揺らぎ始める。

「あなたが現実を信じている唯一の根拠は、あなた自身の記憶でしかありません」「では、記憶が汚染されれば、現実はどうなってしまうのか」――。

 来場者にそんな問いを突きつけるのが、『記憶汚染展』だ。



 本展は、『行方不明展』『恐怖心展』など、数々の話題の体験型展覧会を手がけてきた株式会社闇が、この夏、渋谷で開催する最新企画。脚本は作家・品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山)氏が担当するなど、豪華なクリエイター陣が集結している。

 さらに本展は、9月4日(金)公開の映画『バックルームズ』とタイアップ。『バックルームズ』は、海外の掲示板サイトに投稿された一枚の写真をきっかけに生まれた都市伝説「Backrooms」を題材にしたホラー映画で、世界興行収入3億5000万ドル(約568億円※7月時点)、世界48か国で興行収入ランキング1位を記録した話題作だ。



 今回は、『記憶汚染展』の脚本を手がけた品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山)氏と、株式会社闇代表の頓花聖太郎氏にインタビュー。『記憶汚染展』と映画『バックルームズ』に共通する恐怖の本質や、インターネット時代だからこそ生まれるホラーの魅力について話を聞いた。

■SNSで話題沸騰中の『記憶汚染展』ができるまで



――本展のテーマは“記憶”ですが、なぜそのテーマになったのでしょうか?

頓花聖太郎(株式会社闇)さん


頓花聖太郎(以下、頓花):近年AIが台頭し、あらゆることが便利になってきていますよね。一方で有能すぎるが故に、畏怖に近いものを感じる時もあります。そういった意味でハルシネーション(※AIが事実に基づかない情報を生成する現象)など、AIがもたらすものはホラーの語り口になりそうだなと考えました。



 そこから調べていく中で“マンデラエフェクト”(※見ず知らずの人たちが同じような記憶違いをしている現象)のように「人間の記憶自体も結構ハルシネーションを起こしているよな」と感じたんです。というわけで、この切り口で展覧会を作ったら面白いんじゃないかと。ちなみにマンデラエフェクトに関しては、恐山さんが死ぬほど詳しいので、ぜひ語っていただきたいです。歩くマンデラエフェクト辞典ですから(笑)。

ダ・ヴィンチ・恐山さん


品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山 以下、恐山):(笑)そうですね。題材として好きですし、集合的な無意識によって、まったく根拠のないものがネットロアとして語られているようなものはもともと視聴者として楽しんでいました。今回、頓花さんから展覧会のお話をいただいた時、それを今の発展途上にあるAIの進化と絡めたら面白い見せ方ができそうだなと思ったので、参加させていただきました。

――恐山さんは、今回脚本をご担当されていますが、展覧会ではどのような部分を手掛けられたのでしょうか。

恐山:この展覧会には、ひとつのストーリーが背骨として通っているんです。その背骨をどう通すのかを話し合った上で、脚本という形に落とし込む役割を担わせていただきました。

展覧会の入り口近くに並ぶ大量のベートーヴェン。よく見ると少しずつ表情や持っているものが違う……正解は一つだけだ


頓花:必ずしも展示物とストーリーが全部紐づいているわけではなく、紐づいているものもある。歩きながら少しずつ展示物と物語を楽しんでいく形です。展覧会の中でストーリーを展開するにはどうしたらいいのかを、恐山さんに発明していただきました。

 観客は観客でありながら当事者になっていく。その構造によって、AI、ハルシネーション、マンデラエフェクトというモチーフをシームレスに楽しめるようになっています。

■世界48か国で興行収入1位を記録した、映画『バックルームズ』と『記憶汚染展』の共通点とは?

――本展は映画『バックルームズ』とタイアップしています。『バックルームズ』の概念自体は海外の掲示板サイト4chanに投稿された一枚の写真が始まりなんですよね。

© 2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.


恐山:そうです。どこなのかまったく分からない。通るためだけに存在しているような、どう過ごすか規定されていない場所の写真です。「人は精神的に宙ぶらりんになるような場所に恐怖と魅力を覚える」という精神性を、世界中の人々が持っていたことが分かった。まずこれ自体が、『バックルームズ』の世界が持つ、すごいところだと思います。



頓花:今までのホラー文脈で作られた映像ではなく、無機質で永遠性があって、人工的だからこそ持つ不安や不穏さみたいなものがありますよね。「こんな新しい表現があるんだ」と感じました。ただ当時、「面白いけど、ハイコンテクストだし日本で流行るかな?」とも思ったんです。でもあれよあれよという間に“リミナルスペース”(※境界空間)という言葉が普及していって。やっぱり皆さんホラーの素養がすごく高いんだなと感じました。

――おふたりは映画もご覧になったとのことですが、いかがでしたか?

© 2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.


恐山:そもそもの『バックルームズ」にはアンビバレントな魅力があると思うんです。リミナルスペース的な面白みというのは、写真があるだけだけど、それが無限に広がっているようで心がゾワゾワする。魅力的なんだけど怖い、怖いんだけど魅力的……というところに尽きる部分がありまして。

© 2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.


 しかし注目を集めたことで、「実はそこに化け物がいて……」みたいにエンタメとして味付けをしようとする流れも発生するわけです。それをやりすぎると、単にホラー的な世界観をみんなで共有しているだけになってしまって、「つまらない」「かっこよくない」となってしまう。そんな中で『バックルームズ』本来の“写真一枚でしかない”という宙ぶらりん感を残そうという苦闘の跡というか、ある種エンタメであることを拒否するかのような抵抗の痕跡が映画の中心にあって、それがすごく好ましかったですね。



頓花:「商業主義に落ちねえぞ」みたいな強さを感じましたよね。さらにその結果、ちゃんとヒットしているからすごい。

© 2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.


恐山:映画より前にケイン監督がYouTubeに載せた『バックルームズ」の映像には、すでに化け物が登場するんです。ただ、私の感覚では化け物自体はどうでもいい。化け物は「この先に何かいたらどうしよう」と想像する「何か」でしかなくて、見せたいのは「どうしよう」の部分だと思うんです。最後まで見た時に、本当に何もいなかったら観客は安心して世界が色あせてしまうので、便宜上化け物を配置せざるを得ない。今回の映画もモンスターホラーの側面はありますが、明らかに比重としては、無機質な現代的空間が位相のずれたところに存在している不気味さに重きを置こうという強い意思を感じましたね。そこに感動しました。

――今回の展覧会と共通する部分はありましたか?



恐山:『バックルームズ』にも記憶がモチーフとして登場していて、それがあの謎めいた空間と強固に関係を持っています。それを観て、やっぱりほとんどの客観的な謎が解明されてしまったと思われているこの現代において、最も怖いもの、未知のものが存在する場所は、個人の脳内、つまり記憶の奥底にあるというアプローチ自体が似ているなと感じました。おこがましいですが「あ、やっぱそうなるよね」と。



頓花:ガッツポーズぐらいの感覚でした。記憶って、遡れば遡るほど特徴点だけ残って、それがエラーを起こしながら不穏に繰り返されるという感覚が『バックルームズ』ではうまく表現されているんです。人間って、「見たことがある」と思った瞬間に安心する一方で、「でも思い出せない」となると急に怖くなるんですよね。その違和感、不穏感、そこから醸し出される恐怖みたいなものは、展覧会でも味わっていただけると思うので、本当にいいコラボレーションだなと思っています。

展覧会の中にも「見たことがある」「でも思い出せない」となる展示物がちりばめられている


――個人的にはどちらも「どういうことだったんだろう」という余韻が残り、考察したくなる点、つまり、すべてを明らかにしないところも展覧会と映画の共通点かなと思いました。そのあたりはいかがでしょうか?

恐山:今のホラーの潮流として、考察型はかなり多いですね。今回の『記憶汚染展』もその面は間違いなくあると思います。ただ考察型ホラーって、「怖いっぽい雰囲気だけを振りまいて、何もないじゃん」という批判もあるんです。「ホラーとしての満足をどこで与えられるか」という問題はすごくあって。本展についてもその重心をどこに置くかは悩んだ部分です。



頓花:その意味ではとてもいいバランスになっていると思います。終わってから「あれ何だったんだろう?」という余韻も楽しんでいただきたかったので、全部の正しい答えを開示したかったわけでないんです。かと言ってわからないものをばらまいて「さあ、悩め」ということではなくて。恐山さんに結構太めの背骨を通していただいているのでちゃんとつながっていくと思うし、もし仮に恐山さんや私が考えていたことと違う帰結になったとしても、それはそれでいいんです。「来てくれた人の中に、ちょっと妙な記憶を残せたらいいな」といういい塩梅になっているのではと、恐山さんの脚本を読みながら感じました。少なくともバックグラウンドには大量の文字があるので。今恐山さんの原稿を改めて見てみたら、6万字ありましたから(笑)。

入場時、来場者にはシールが渡される。記憶が「正しい」と感じたものに、シールを一枚貼る仕組みだ


■ネット時代のホラーは、“恐怖”そのものを共有しているというよりは、「恐怖を感じた」という体験を共有している



――せっかくおふたりが揃っていらっしゃるので、ネット時代のホラーというところについてもお伺いしたいです。今までのお話の中にもいくつかキーワードがあったと思うのですが改めて、今のホラーの現在地というか、「今だからこそできるホラー」とはどのようなものでしょうか?

頓花:それこそSCPやリミナルスペースもそうですが、みんなで物語を補強して世界観を作っていく、ネットロアと言われるような流れは本当にインターネット時代、ミーム時代だなと感じますね。

恐山:今って情報は簡単に共有できてしまうので、知識を得ることでは差が生まれない時代ですよね。だからこそ、個人的な体験に飢えているのかなと思っていて。ただ、これが個人的な体験なのかどうかわからないので、矛盾しているようですが「これを共有したい」という欲求も同時に生まれるわけです。

 そこで『バックルームズ』みたいなミームは、内的に生じる恐怖感や独特の感覚みたいなものを疑似的に共有し合うことができる。そんな特殊な楽しまれ方をしているなと思います。つまり、今ネットでミームとして共有されるホラーって、「これ怖いよね」という知識を共有しているというよりも、「これを見た時に生じる感覚」を共有しているところがあるんじゃないかと。それってすごく不思議なことで、その感覚自体は共有できないんだけれども、「わかる」という形でつながっている。だから、ネット時代のホラーというのは、“恐怖”そのものを共有しているというよりは、「恐怖を感じた」という体験を共有しているところに特徴があるのかなと思っています。

頓花:確かに。昔は怖い話って、誰かひとりが作ってみんなが聞くものでしたけど、今はみんなで育てていくじゃないですか。「こういう設定もある」をどんどん積み重ねていって、ひとつの世界観になっていく。その楽しみ方自体が、今の時代ならではだなと思います。

恐山:SNSがあることによって、「これって自分だけかな」と思っていた感覚が、「みんなもそうだったんだ」と分かることもありますし、逆に「みんなそうだと思っていたけど、自分だけだった」ということもあるので。そのズレ自体、とてもホラーと相性がいいと思いますね。



取材・文=原智香 写真=島本絵梨佳

■映画『バックルームズ』9月4日(金)公開

●あらすじ

舞台は、都市伝説とされていた空間“Backrooms”。「ある日突然 “現実世界の裏側”へ墜ちてしまったら…?」どこまでも続く黄色い壁紙の部屋、終わりのない廊下。不自然な間取りと、意味を失い床に埋まった設置物。わずかに現実からズレている――そんな出口のない“リミナルスペース”で、観客は“最高密度の不安と恐怖”を体験する。

●公式サイトhttps://a24jp.com/films/backrooms/

© 2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.