【 NRF APAC 2026 レポート Vol.1】アジアの多様性 「ローカル適応」か「ブランド一貫性」か
【 NRF APAC 2026 レポート Vol.1】アジアの多様性 「ローカル適応」か「ブランド一貫性」か
本記事はRokt松田誠氏による寄稿です。記事のポイントNRF '26 Asia Pacificではアジアが「世界のリテールラボ」として注目される一方、商慣習や消費者心理の多様性から共通の正解がない市場であることが浮き彫りになったマキシムズのローカル適応やシャトレーゼの日本品質の維持など、各リテールブランドが自社の哲学やデータに基づき対照的かつ独自のエリア戦略を展開している初の海外実店舗を米国に開いたオリーブヤングのように、従来の進出順序にとらわれずオンラインの需要データを最優先して意思決定を行う事例が成果を上げている
2026年6月、シンガポール・マリーナベイサンズ。80カ国・1万1000名以上が参加した「NRF '26 Asia Pacific」が閉幕した。世界2500以上のリテールブランド、300の出展企業が一堂に会したこの場で繰り返し語られたキーワードは「多様性」「AI導入」、そして「人間とAIの境界線」の3つだった。本稿では、Roktが最終日に主催したラップアップセッションの内容をもとに、現地で語られた議論のエッセンスをお届けする。
オープニングアドレス ステージ
オープニングアドレスでは、2035年にアジアパシフィックの消費市場が36兆ドル規模に達し、北米を抜くという予測が示された。アジアの富裕層世帯は世界平均の6倍ペースで増加。グローバルな中間層の80%以上をアジアが占めるようになるという。アジアは今や「世界のリテールラボ」になりつつある。しかし、このエリアに「共通の正解」はない。シンガポール最大の食料品小売業者FairPrice GroupのCEOはその本質的な違いをこう表現した。「西洋の会議では、目的はアウトカムだ。アジアの会議では、目的は"会うこと"だ--困ったときに誰に電話すればいいかを知るために」。APACと一括りに言っても、商慣習から消費者心理まで、その国その地域によって実にさまざまだ。そのうえで、各社の戦略は大きく分かれた。地域ごとの多様性に対応するマキシムズの方程式

マキシムズ セッション
香港を拠点にフォートナム・アンド・メイソン(Fortnum & Mason)やゴディバ(Godiva)、上海灘など欧米ブランドのアジア展開を手がけるマキシムズ(Maxim's)は、「ブランドをそのままコピー&ペーストすることはできない」と言い切り、80%の一貫性と20%のローカル適応という方程式を提示した。英国の老舗食料品店フォートナム・アンド・メイソンでは、アジアの消費者が甘さを控える傾向にあるというデータをもとに全レシピの甘さを30%削減。ブランド哲学を守りながら現地の嗜好に踏み込んだことで、売上が伸長したという。また、デジタルを「発見」の場、フィジカルを「記憶と体験」の場として再定義し、AIがその橋渡しを担うと語った。ブランドの一貫性を貫き日本品質を届けるシャトレーゼの選択

松岡正幸氏 (シャトレーゼシンガポール法人 ディレクター)
一方、山梨発の洋菓子チェーン、シャトレーゼは対照的な選択をした。シンガポールを皮切りに7カ国・163店舗を展開しながらも、販売商品の95%を日本の工場で製造し、冷凍コンテナで各国に届け続けている。日本品質を妥協なく届けるという一貫した姿勢を11年間貫いてきた結果、シンガポール法人ディレクターの松岡正幸氏はこう述べた。「リテールというのは1つ1つの関係者との積み重ねで成り立っているんだということを、11年かけて実感した」。ローカル適応の即効性か、ブランド一貫性の長期効果か--その問いに対して、まったく異なる答えを出したのが韓国発の美容小売業者、Olive Youngだ。データに基づき米国市場へ直接進出したオリーブヤングの決断

オリーブヤング セッション
オリーブヤング(Olive Young)は韓国国内に約1400店舗を持つ美容小売業者で、「ビューティーのプレイグラウンド」を掲げてスキンケアからコスメまで幅広い商品を展開している。日本・台湾・香港などにオンライン展開してきたが、リアル店舗の海外進出はこれまで一度もなかった。そのオリーブヤングが2026年5月29日、LAのパサデナに初の海外実店舗をオープンした。なぜ最初の出店先が、日本でも東南アジアでもなく、アメリカだったのか。「直感に反するように聞こえるかもしれません」--そう前置きしたうえで、エンジニアリング担当VPのク・ヒョンソ氏が示したのはシンプルな答えだった。「データが米国をトップセールス市場として示していました」。オンライン販売のデータを追っていくと、すでに米国が最大市場になっていた。保守的な市場から段階的に展開するという発想は社内に全くなく、データが示す需要の在り処に、直接乗り込んだ。ではなぜLAか。「セフォラが大西洋を越えてニューヨークを選んだように、私たちにとって太平洋の玄関口としてLAが自然な選択でした。LA在住の韓国系コミュニティが大きいことは事実ですが、それは主な理由ではありません。データが需要の広がりを示していて、まずその市場の声を直接聞く必要がありました」。グランドオープン当日、開店前から200人以上が列をなし、中には8〜9時間待ち続けた人もいた。データが読んでいた需要は本物だった。自分自身を豊かにする消費へのシフトと自社特性に応じた判断
中国市場からは消費行動の急速な変化も報告された。中国商業聯合会のトップは「他人に見せるための消費」から「自分自身が豊かになるための消費」へのシフトが想定以上のスピードで進んでいると語り、ローカルを常に見続けなければ必ずついてこれなくなると警告した。アジア展開を考えるとき、あるいは他国の成功事例を取り入れるとき。自社の商品・顧客特性・ブランド哲学に照らして判断するしかない--それがAPACの多様性が突きつける問いだ。松田 誠(まつだ・まこと)Rokt合同会社 日本マイクロソフトでOffice 365を始はじめとした各種ソフトウエア・サービスのビジネスをリード。ケルヒャーでコンシューマービジネスの責任者を担当した後、2019年にRokt合同会社に入社。ビジネスデベロップメントとして日本市場におけるRoktビジネスの立ち上げと拡大に従事している。
写真:Rokt提供