【高校野球】幻のスクイズ、そして言えなかった「春夏連覇」 大阪桐蔭の主将・黒川虎雅、コーチの肉声で追う敗戦の全貌
短すぎた大阪桐蔭の夏(後編)
大阪大会4回戦の大阪立命館戦。この日の吉岡貫介の投球が、大阪桐蔭の夏の行方を占う──。そんな思いを持って注目したが、先頭打者にストレートの四球を与えると、送りバントを挟んで3者連続四球。まさかの押し出しで先制点を献上した。

大阪立命館戦に先発した大阪桐蔭のエース・吉岡貫介 photo by Nikkan sports
この日は偶然、ネット裏で大阪桐蔭のコーチである石田寿也、橋本翔太郎らと並んで試合を見た。立ち上がりから、その場には重苦しい空気が流れた。すると、橋本がポツリとこう漏らした。
「ブルペンではよかったんですけどね......。(吉岡)貫介にしたら、先攻のほうがよかったんかなぁ」
くら寿司スタジアム堺は、ブルペンの傾斜が実際のマウンドよりきついことで知られている。吉岡も試合前は傾斜を使わずに投げるなど調整していたが、立ち上がりから制球を乱した。
一方、現役時代に投手だった石田は、「上体が残りすぎかな。もうちょっと体重を前に乗せていけば......」と口にしたが、スピードはコンスタントに140キロ台後半をマーク。しかも、腕を目いっぱい振っているようには見えないなかで、これだけの球速が出ていた。あとは、そのボールをいかに操れるかだけだった。
6番打者を空振り三振に仕留め、続く7番打者もあっさりと追い込み、ようやく感覚をつかんだかと思った3球目。ボールは外へ抜けるような軌道で、捕手・藤田大翔の横を抜けてバックネットへ。三塁走者が生還し、大阪桐蔭にとってはあまりにももったいない2点目を失った。
結局、最後のアウトも三振で奪ったものの、初回だけで35球。チームメイトに安心感や自信を与える投球とはならなかった。
ただボールの質は、右肩の違和感を抱えながら投げていた選抜の時とは比べものにならないほど格段に上がっていた。4回にこの日初めての安打を許したものの危なげなく後続を断つ。吉岡の投球は完全に落ち着いた。
【エースの149キロが呼び込んだ反撃】初回に2点を失ったとはいえ、それほど重くは感じていなかった。初戦、2戦目はともにコールド勝ち。2試合で31安打29得点という数字は参考程度とはいえ、春以降の課題だった打線にもようやく復調の兆しが見え始めていたからだ。
だが、この日は違った。2、3、4回と得点圏に走者を進めながら、あと1本が出なかった。相手の長身右腕が投じるクセ球を攻略できず、5回までわずか2安打。2点ビハインドのまま、試合は前半を終えた。
夏特有の張り詰めた空気が漂い始めるなか、橋本が「このチームは練習試合でも後半に強いんです」と言った。
6回表、二死二塁のピンチを迎え、石田が吉岡へ送る声にも自然と力がこもった。
「体重を乗せて、もっと前に、もっと腕も振って......ギア上げろ!」
直後の1球は、この日一番と思える外角ストレート。打者は手も足も出ず、見逃し三振。スピードガンの表示は149キロ。この1球で流れは変わる。そう確信したくなるようなストレートだった。
この時点で吉岡の球数は102球に達し、この回で交代となった。当然、ベンチとしてはこの試合を勝ち切り、次戦以降に吉岡の力をフルに生かしたいという思いがあったはずだ。実際、2回以降の吉岡の投球は、大いに期待を抱かせる内容だった。
エースのベストピッチを受け、迎えた6回裏の攻撃。先頭の2番・中西佳虎が俊足を生かしたセーフティーバントで出塁。その後、一死二塁となり、打席には4番・藤田大翔。再び石田がつぶやく。
「ここで3年前の全国大会、えっぐい場外ホームラン打ったやろ。それも、わかさスタジアムとここで2試合連発や。あの時のバッティングを思い出せよ」
中学時代から誰よりも選手を見続けてきた石田だからこその檄だった。藤田の父は大阪桐蔭野球部時代に石田と同級生で、主将を務めた人物。その元チームメイトの息子へ、石田はもう一度、力をこめて声を送った。
「ここで一本いってくれ!」
しかし、藤田の打球は投手の足元を抜けたもののセカンドゴロ。またしても走者を残したまま、好機を逃してしまうのか......。その重苦しい流れを断ち切ったのが、5番・谷渕瑛仁だった。
選抜では4番に座り、豪快な一発を放っただけでなく、試合を決めるバスターエンドランも成功させるなど、「新時代の4番」を感じさせる働きを見せた。しかし春の大阪大会では、「野球人生で一番というくらいバッティングがわからなくなって......」と不振に苦しんだ。それでも夏を前に、「自分のバットで勝ちたいです」と決意をこめて語っていた。
「2対0と2対1じゃ全然違う。4番、5番で点を取れんかったら、相手も乗ってくる。まず1点や」
橋本の言葉が途切れた直後、セカンドベース寄りへ弾んだ打球が、二塁手の横を抜けてセンター前へ転がる。待望の1点が入った。
【快投でつないだ逆転への望み】そして7回表から、大阪桐蔭は小川蒼介をマウンドへ送り出す。春の大阪大会では1試合17奪三振、秋田での招待試合ではノーヒットノーランも達成した。選抜以降も安定して好調を維持してきた左腕だ。
小川は9回までの3イニングを1安打5奪三振。力のあるストレートとマウンド上の佇まいには、どこか川本晴大を思わせるものがあった。
その小川の好投に応えるように、7回裏、ついに追いつく。「新チームでは1番から3番を打っていてもおかしくない」と橋本が期待する2年生の8番・宮粼球児、9番・中島齊志、1番・仲原慶二の3人が仕事をした。
一死から宮粼が出ると、打席には中島。再び橋本が「ここでエンドランいきたいなぁ。外野も下がってるし、一、三塁をつくれるかも」と言った。その声に合わせるように宮?がスタートすると、中島の打球はライト前で弾んだ。
「よっしゃ! 桐蔭野球、来た〜!」
一死一、三塁となり、1番・仲原。ここで中島が二盗に成功。一死二、三塁から、仲原が放った打球はピッチャーのグラブを弾き同点。
ついに試合を振り出しに戻した大阪桐蔭だったが、その後のチャンスは生かせず同点止まり。その後、8回、9回にも得点圏にランナーを進めたが、あと1本が出ない。流れを引き寄せ切れないまま、試合は延長10回のタイブレークへ突入した。
9回までの小川の投球を見れば、大阪立命館が得点する姿は想像できなかった。しかし、無死一、二塁から始まるタイブレークは別物である。
「よし、頑張ろう、頑張ろう。しっかりやってきた、やってきた」
橋本が選手たちに言い聞かせるようにつぶやくと、続けて力強く言った。
「こういう試合に勝っていかな、上には上がっていかれへんからね」
しかし、したたかな大阪立命館は先頭・西原遼太が三塁線へ絶妙なセーフティーバントを決め、いきなり無死満塁の好機をつくる。9回まで快投を続けた小川でも、タイブレークは別物だった。一死も奪えないまま暴投で勝ち越しを許し、さらに四球。石田は「ちょっとバランス崩してるなあ......」と不安な表情を浮かべた。
それでも小川は無死満塁から2者連続空振り三振。最後は遊ゴロに打ち取り、追加点を阻止した。1点こそ失ったが、無死満塁の絶体絶命のピンチを切り抜け、再び流れは大阪桐蔭へ傾いたかと思われたが......。
【幻となった同点スクイズ】10回裏、無死一、二塁から藤田がきっちりバントを決め、一死二、三塁。打席には、6回にタイムリーを放っている谷渕。
「内野ゴロでええぞ。ゴロでええ」
橋本が谷渕に語りかけるようにつぶやいたが、その直後、相手ベンチから伝令が飛び出し、申告敬遠。一死満塁となり、打席には7回の守りから入っていた大津昴偉留。
初球、緩い変化球に空振り。2球目はストレートが外れボール。そして運命の3球目。西谷監督は「1球目を空振りしたのを見て、スクイズのほうが点の入る確率が高いと思った」と試合後に語ったように、ここで勝負に出た。
相手左腕の変化球に、大津の体がふわりと浮く。当てた打球は、ゆっくりと投手の前へ転がった。
「よっしゃ!」
橋本が拳を突き上げる。同点となり、次の打者はキャプテンの黒川虎雅。「さあ、サヨナラ!」と思った次の瞬間だった。球審がホームベース前へ勢いよく飛び出し、両腕を顔の前で何度も交差させる。続いて一塁へ向き直り、拳を強く握り締めながら叫んだ。
「アウト! アウト!! アウトッ!!!」

大阪大会4回戦で大阪立命館に敗れた大阪桐蔭ナイン photo by Kyodo News
一塁側の大阪立命館ベンチから大歓声が上がる。対照的に、大阪桐蔭ベンチは一瞬、何が起きたのかわからないという表情を浮かべていた。そして球審は、場内へ向けて判定の説明を始めた。
「バッターの足が完全にはみ出して打撃をしましたので、打者をアウトとします」
反則打球で大津はアウト。同点スクイズは幻となり、走者はそれぞれの塁へ戻された。石田も橋本も一瞬、言葉を失った。誰も予想しなかった出来事が、この場面で起きてしまった。
それでも、まだ二死満塁で黒川。小柄な体で、大阪桐蔭を引っ張ってきたキャプテンだ。ここで1本出れば......そんな劇的な結末をどこかで信じていた。しかし、最後まで1本が出なかった。黒川の打球はワンバウンドで投手の正面へ。投手が落ち着いて一塁へ送球し、ゲームセット。大本命・大阪桐蔭の戦いは、4回戦で幕を閉じた。
【言えなかった「春夏連覇」】試合後、球場の外で西谷と選手たちの取材が終わると、キャプテン・黒川による保護者たちへのあいさつが待っていた。かねて西谷が冗談交じりに「僕の言いたいことを全部言ってくれるので、監督いらずです」と言っていたほど、黒川は言葉で仲間を引っ張ってきた。最後も黒川らしく、一人ひとりへの感謝を丁寧に口にしていく。
だがその途中、「スタンドで応援してくれた仲間だったり、父兄の皆さん、先生方に春夏連覇をしたいという言葉を言いたかったのですけど......」と言うと、言葉に詰まった。
その言葉を聞きながら、6月に黒川と交わした会話を思い出していた。ある雑誌の企画で、選抜優勝校の主将に「夏へ向けた目標」を色紙に書いてもらうことになり、てっきり"春夏連覇"と書くと思っていた。しかし、黒川が書いたのは"粘り強く"の4文字。理由を尋ねると、黒川はこう答えた。
「もちろん『春夏連覇』と言いたい気持ちはあります。でも西谷先生から、『春は春、夏は夏で、それぞれ日本一がある』と言われました。だから、まずは選抜のことを忘れて、夏の日本一を全力で取りにいく。その結果、大阪代表になれた時に、初めて堂々と『春夏連覇』を口にしたい。そう思っています」
しかし、大阪桐蔭史上3度目となる春夏連覇への挑戦を高らかに口にする前に、あまりにも早いゲームセットが待っていた。吉岡は本来の投球を取り戻し、小川も最後まで粘り強く腕を振った。苦しみ続けた打線にも、ようやく光が差し始めていた。歯車はたしかにかみ合いかけていた。だからこそ、この敗戦はあまりにも重かった。
最大のライバル・履正社が甲子園への切符をつかむ一方、大阪桐蔭は新主将・小吹玲央のもと、新チームとして歩み始めた。何が足りなかったのか──。その答えを探し続ける日々が、また始まる。
(文中敬称略)
谷上史朗●文 text by Shiro Tanigami
