スタバのアイスコーヒー“1200円”…ロンドンで実感した「円の購買力はかつての3分の1」高市政権が物価高対策するほど円が弱くなっている
ピーク時の3分の1に低下した円の購買力
この原稿はロンドンで書いているのだが、海外にいると円の購買力の下がり方に愕然とさせられる。町中のディスカウント系の店で500ミリリットルのスポーツドリンクを買って540円、日本のコンビニで売っているような小さなチキンが580円。
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それはかなり安いほうで、エヴィアンの500ミリリットルが800円。コロナビールの500ミリリットル缶が870円。スターバックスで小さいカップのアイスコーヒーを飲んで1,020円。劇場で小さなカップのアイスクリームを買えば1,300円。

ロイヤル・オペラのチケットは、一番高い席だと6万円を超える。少し前まで、海外の歌劇場がオーケストラや歌手、舞台装置などをまるごと日本に連れてくる「引っ越し公演」のチケット価格は、そのぐらいのことが多かった。何百人も日本にやってくるので経費は膨大なのだが、6万円という金額には悲鳴を上げる人が多かった。だが、いまや現地で鑑賞しても6万円である。
また、筆者が泊まっているホテルは3泊で19万円もする。「そんな高級なところに泊まって」と思うかもしれないが、そうではない。ビジネスホテルに毛が生えた程度、といったら褒めすぎで、毛も生えていない。日本だったら、このホテルに1泊2万円以上は支払いたくない。
この状況では日本人のパスポート保有率が、昨年末の時点で18.9%と、諸外国にくらべて極端に低いのも当然だ。今月から取得費用が引き下げられたが、海外に行くことに多くの人が二の足を踏む原因は円が安すぎることにあるのだから、効果はないだろう。実際、ロンドンには東洋人が大勢いるが、日本語は滅多に聞こえてこない。
購買力など通貨の総合的な実力を示す「実質実効為替レート」という指標がある。特定の基準年を100として数字を示すのだが、今年5月のレートは65.93にすぎない。円高が進んだ1995年4月には194.2だったので、円の購買力はピーク時とくらべ、まさに3分の1になってしまっている。
とくに昨年10月下旬に高市早苗政権が誕生してから、円安はいっそう加速した。1ドルは150円から161円に、1ユーロは175円から185円に、また1ポンドは202円から一時、219円60銭と2008年以来の高値を付けた。
ロンドンに移動する前に滞在したミラノでは、何人かの留学生と会ったが、みな異口同音に、「この円安が続くかぎり留学は続けられない」「海外で活躍する夢もあきらめなければならないと思う」といって肩を落とした。
物価高の原因は円安の放置
留学生が減少すれば、将来の日本の国力に影響すること必至だが、それでも、海外出張や海外旅行、留学と縁がない人は、円安を人ごとのように捉えるかもしれない。だが、円安こそが、海外に縁がなさそうな人をも苦しめている諸悪の根源だと断言できる。
なぜなら、日本は世界でも例外的なほど輸入に依存している国だからである。食料の自給率は38%(カロリーベース)にすぎず、62%は海外からの輸入に頼るほかない。エネルギーの自給率は12〜13%にすぎず、87〜88%は輸入するしかない。前述の「実質実効為替レート」で考えれば、現在、海外から食料やエネルギーを輸入する際、ピーク時の3倍の値段を支払うことを余儀なくされている。
なぜ物価高が止まらないか。簡単にいえば、円安が放置されているからである。エネルギーに関していえば、ロシアによるウクライナ侵攻や、アメリカのイラン攻撃によるホルムズ海峡封鎖などによって、価格は高騰した。だが、エネルギー価格はそれ以前に、円安のせいで高騰していたことを忘れてはならない。
ところが、高市政権は物価高の根源である円安に対し、手を打とうという気配がない。むしろ、円安を維持したいようにさえ見える。実際、高市政権の経済政策はことごとく、さらなる円安を招いている。
円安によって輸出企業を助けるつもりかもしれないが、日本の輸出企業の多くは円高が進んだ時代に、生産拠点を海外に移しており、いまでは円安のメリットはさほどない。内閣府のデータでは、日本の製造業(上場企業)が海外生産する割合は、1986年度には32.5%だったのが、2024年度には65.3%まで高まっている。
政権が利上げを嫌がるから円安が進む
円安の大きな原因のひとつに海外との金利差がある。もともとポスト・コロナのインフレ対策に欧米諸国が金利を大きく上げた際、日本は異次元緩和にこだわって金利を据え置いた。このため日米、日欧の金利差が開き、円安が大きく進んだ経緯がある。円を持っていても金利がつかず儲からないから、売られてしまうのである。
だが、2024年3月、日本銀行は10年以上続いた異次元緩和をやめ、以後は金利がある世界を志向している。この6月にも日銀は政策金利を1.0%程度に上げた。それでもアメリカの3.5〜3.75%、ユーロ圏の2.4%よりはだいぶ低い。だから、この金利差を縮める努力をする必要があるはずだが、高市政権にはその気がない。
高市政権は金利を上げるどころか、日銀が政策金利を上げるのを牽制してきた。6月の利上げはアメリカのベッセント財務長官からの横やりもあって、やむなく承知したが、基本的には利上げに否定的だ。6月30日に政府が示した「経済財政運営と改革の基本方針」の原案に、「強い経済の実現に向け、適切な金融政策が非常に重要」という一文を加わったことからも、そう見られている。
企業がお金を借りやすいように低金利の維持が必要だ、という理屈のようだが、市場はこれを高市政権の日銀への介入と受け取る。つまり、政権は日銀に利上げさせたくない、と市場は判断し、今後の利上げへの期待が持てないから円売りが加速する。結局、緩和政策を維持したいという政権の思惑が市場に見透かされているから、6月のように日銀が利上げに踏み切ったときも円高に振れない。
要するに、高市政権はあからさまに日銀を牽制することで、円安が進む環境を積極的につくっていることになる。物価が上がり続ける状況へと率先して導いている、と言い換えることもできる。
加えて「責任ある積極財政」の影響がある。高市総理がそれを口にすればするほど円は下落する。そのたびに日本の財政への信認度が低下するからである。たとえば、先の補正予算では一般会計の総額が18.3兆円で、6割を赤字国債でまかなっている。これを市場は、政権には財政健全化への姿勢がないと受けとる。
2025年度の税収は84.2兆円で、前年度からの伸びが過去最高の9兆円になった。その結果、財政状況は改善に向かっているからいい、というのが政権側の理屈だが、この税収増は物価高の反映にすぎない。ということは、物価高のために歳出も否応なく増えるわけで、税収に余裕があるというのは詭弁にすぎない。
物価高対策が物価高を招く
高市総理は、こうして物価高の最大の原因である円安をあえて放置しながら、「悲願」だといって、来年4月から食料品の消費税を引き下げようとしている。しかし、年間5兆円の財源は不明なままで、そのことがまた円安を招いている。物価高対策が物価高の原因をつくっていることになる。結局、消費減税が実現されれば、物価が上がって減税の効果は相殺され、5兆円の負担だけが残り、それが原因でさらに円安になって物価が上がる――。そんな流れがいまから見えるようである。
政権はまた、ガソリンや電気代への補助なども次々と打ち出しているが、これらも財政悪化への懸念から円安を招く。ここでも物価高対策が物価高を引き起こす。
もうひとつ指摘しておこう。先述したように、高市政権は企業がお金を借りやすいように、また、国が借金を返しやすいように、金融は緩和状態に、つまり低金利のままにしておきたい。だが、積極財政のせいで財政への信認が低下したのを受け、長期金利がどんどん上昇している。要するに、金融緩和による低金利を志向した結果として、悪い金利上昇を招いているという、到底笑えない笑い話のような状況に陥っている。
まとめれば、高市政権のあらゆる経済政策はいま、物価がさらに上昇する方向にひたすら突き進んでいる。そのことに多くの人が気づいた日には、現在の高い内閣支持率は、もはや維持できないはずなのだが。
香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。
デイリー新潮編集部
