【にしおか すみこ】にしおかすみこの認知症の母が憤る「犬の糞尿問題」。母がとった衝撃の対策
「人生二度目のインスタライブで浮かれているのはどこのどいつだ〜い。あたしだよっ」
こんなお決まりの言葉から、にしおかすみこさんがインスタライブを始めたのは7月10日のこと。人生二度目でインスタライブをしたのは以下の理由だった。
「わかっていらっしゃると思いますが、結婚とかそういう方面ではありませんで、『ポンコツ一家』という連載をFRaUwebでやってるんですが、それをまとめた書籍が出ておりまして。『ポンコツ一家』『ポンコツ一家2年目』が発売されているんです。そして9月16日に3冊目、『ポンコツ一家 最後の2年』が出ます!」
そもそも「ポンコツ一家」とは、認知症の母、ダウン症の姉、酔っぱらいの父と暮らし始めた2020年からの生活を、2021年9月からつづっている連載だ。コロナ禍に実家に久々に帰ったところ、家がゴミ屋敷のようになっており、大黒柱である母の様子が明らかにおかしくなっていた。認知症だった。
「最後の2年」と題されたのは理由がある。
「2025年の11月に母が亡くなりまして。老衰だったんですけれど」
1年前のことをつづっている連載でも、不在となった中では、天国に旅立ったことがなかったかのように書くことはできない。本書は執筆時も、執筆の内容も「母が存命だったかけがえのない日々」の最後の記録なのだ。しかし書籍を作っている今はその事実がある。つまり母を亡くしたにしおかさんと、存命中だったときのにしおかさんの共著でもあるのだ。
2025年12月の連載からは、にしおかさんは「母の不在」とともに、母が元気だった1年前について執筆している。今回の「ポンコツ一家」は2025年7月のこと。母が憤っていることとは……。
憤った「ビッグすぎる相手」
母を振り返ると、何だかしょっちゅう憤っていたなと思う。例えば。
2025年の7月、とある日の朝5時。
私は台所で朝食を作っていた。仕切りカーテン一枚隔てた居間から、ババアがせっせとぶつくさ罵る声が聞こえてくる。ご近所さん。かかりつけのお医者さん。姉の通う作業所――。思いつくかぎりの名前を並べて、誰彼構わず文句をつけていく。
何度も繰り返すうちに、粗悪な寿限無みたいなものができあがる。
母自身、根っこでは皆に深く感謝しているというのにだ。
それでも収まらず、今度はテレビに矛先が向く。タレント、政治家、挙げ句は「クソ! またオータニめ! 毎日毎日、朝からオータニ、オータニってうるさいんだよ! まったく! ……ええい! どこのチャンネルも! いい加減にしろ、オータニめ!」と吐き捨てる。
……オータニって、大谷さんでしょ。世界のスーパースターを?
テレビに何度も映るのはご本人のせいではない。
私は居間に顔を出し、つい口を挟む。「ねえ、あんなできた人の悪口言うなんて、もう世も末だよ。ママ、好きじゃなかったっけ?」
「あん? 好きなもんか! 隙あらばホームラン打って、いい嫁さんもらって、大金持ちで、小学校かどっかにグローブ寄付してんだろ? いい加減にしろってんだ!」
悪口が見当たらない。純度100%のやっかみだ。
矛先が…
「努力して、苦労して、そこまでたどり着いたんでしょ。すごいじゃない」
「ケッ! いるよねえ、こういうこと言うあんたみたいなエセいい人! フン! 鼻もちならない! だいたいあんたに野球の何がわかるってのさ! ルールのひとつも知らないくせに! にわかが語るんじゃないよ! アホンダラ!」
試合の話はしていない。いいじゃないか。気づけば全て私の悪口だ。……それに、“エセいい人”なんて日本語ある?
咀嚼しきれなかったその言葉だけが、脳の片隅に引っ掛かりプランプランと揺れている。
お構いなしに母が続ける。「そんなに金があるなら、全国民に1万円ずつでいいから配ってくれたらいいじゃないか! そしたらそれをパクソの飲み代に回せるじゃないか! 喜び勇んでどっか飲みに行くだろう。そのぶん、家で暴れる時間が減るだろう!」
……そんなポンコツな使い道、オータニが可哀想。
「政府の給付金じゃないんだよ」そう言い終わる前に、母の怒声が大波のように覆い被さる。
「うるさい、うるさい、うるさい! わからんチンが!!!」
おまえがな……と喉まで出かかったが、言わなかった。生きづらいの? ……と思った。
私は台所に戻りながら、自分の苛立ちを小さなため息に混ぜて、そっと飲み込んだ。
別の「憤り」の原因は
数日後、また別の“憤り”に巻き込まれる。
とある朝6時。 寝ぼけまなこで階段を下りると、ふと玄関の三和土で、母が仁王立ちしているのが目に入る。
脇に下ろした両手は拳を固く握りしめている。真っすぐ前を見据えているのに、何を見ているのかわからない顔。年寄りにしてはよく伸びた背中に、小窓から差し込む夏の朝日を一身に浴びている。
ババア、もしかしてソーラー発電なのかい?
寝起きの脳が勝手に茶化す。
そのまま素通りしようとした、そのとき。被さった瞼の奥で、老婆の黒目が光った。蓄電完了だ。まだ何も始まってもいないのにウンザリする。
「ねえ! すみ! ウチの門の横っちょに、毎日毎日、犬の糞をそのままにしていくヤツがいるんだよ! 頭にくるねえ! 誰が片すと思ってんだ、まったく!」
毎日ではないが、最近ときどきある。片すのは私だ。これは本当に、まったくだ。
そのうち母はこんな張り紙を書いた。
『落としてます! 犬のフン! 持ってかえってください。めいわくです!』
独特だ。
A4の紙いっぱいに、ややかすれた太マジックで書き殴っている。念でも込めたのだろうか。まるで白髪頭を筆代わりに墨汁へ突っ込み、そのまま振り乱したような勢いを文字に感じる。無駄に達筆だ。
犯人の目星は…
その張り紙を母は門の下――いや、半分は地面といっていい高さに貼りつけた。紙はみぞおちを殴られたように、くの字だ。
私は聞いてみる。「なんでこんな下に貼ってんの?……犬に読ますの?」
「あん? ここにウ○○していくからさ。これ見たら、さすがにこの紙の上にさせようとはしないだろう? 普通は躊躇するだろう? 犬だって、この紙踏んでまでするか? やれるもんならやってみろ! 踏み絵みたいなもんさ!」
全然違うと思う。いろいろと冒涜だよ。
それにしても“踏み絵”って単語、よく出てくるね。認知症の脳は何を残し、何を手放しているのだろう。
てっきりこの張り紙で様子を見るのかと思ったら、その翌日には、母は玄関の外に立つようになった。朝何時なのか? 少なくとも私が起きる頃には、もう持ち場についている。
そして、ときおりぼそりとつぶやく。「犯人の目星はついてんだよ」
犬の散歩で前を通る人がいるたび、渋い顔で睨みをきかせる。ババア刑事……やめなさい。
ババア刑事、衝撃の作戦
私は「脱水になるよ」と言いながら家へ入れようとするも、母はひとつも納得せず頑として動かない。そこへ、古くから顔見知りのおばさんが犬を連れてこちらへやってきた。
「あら、おはようさん。どうしたの?」にこやかに声をかけてくださる。
その手には、もちろん処理用の袋やスコップがある。
尻尾をブンブン振りながらじゃれつく小型犬に、母は目を細めた。
「おぅ、おぅ、元気いいねえ。こんな毛皮着て大変だねえ、暑いでしょ」
整った毛並みに、年季の入った手を優しく添わせてから、母はこれまでのあらましをウダウダと説明し始めた。
おばさんが「あらまあ」「それは大変」「ルールをね」と丁寧に相づちを打つ。そのうち、ふたりして胸の高さほどの門に両肘をつき、まるで行きつけの店のカウンターにでもいるみたいに話し込む。
親しいおばちゃんだから言うけど、バBarか。
それから母はワンちゃんに目をやり、「おー、おー。こりゃ悪かったね。暑いねえ」と頭をひと撫でした。そして最後に、こう締めくくる。
「だからね、ここで頭のおかしい婆さんが睨みつけて、たまにぶつくさ言ってたら、それ見た犯人も、さすがに気持ち悪がって、ここでフンさせるのやめるんじゃないかと思って! 娘にはここまでできないし。年寄りにだって、年寄りの戦い方があるのさ」
――えっ。全部、わかった上でやっているのか。
***
◇犬を散歩させているときに排泄したらそれを片付けるのは飼い主の義務で、それは法律で定められている。軽犯罪法や廃棄物処理法違反として、5年以下の懲役または1000万円以下の罰金が科せられる可能性があるし、自治体によっては独自の規定を設けているところもある。しかし実際は警察や自治体がその現場をおさえることも難しく、にしおか家のように困らされる人が独自に対策をしていることが多いのだ。
それにしても本当に認知症なの? と思ってしまうほど考えているにしおかさんの母。まさかの「ずっと睨みつける作戦」は功を奏するのか。

