高市早苗首相

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 ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏は、高市政権の消費減税論をどう評価するのか。今の日本経済にとって必要なのは一律の消費税の減税ではなく、低・中所得者への対象を絞った支援と、生産性を高める公共投資だと語る。その真意とは。(取材・構成 大野和基)

(2026年7月2日に「新潮QUE」で配信した記事をもとに再構成しました)

円安の議論は単純化しすぎている

――高市政権は、インフレや円安をある程度許容しながら国内産業の再建を目指しています。一方で、過度なインフレへの反発もあります。政権は消費減税を目指し、現実味を増してきていますが、消費減税、給付付き税額控除を含め、いまの日本に必要な経済政策とは何でしょうか。

高市早苗首相

 まず、日本はもはや10年前、20年前と全く同じ状況にはないという認識から始めることが重要だと思います。私が日本の流動性の罠について執筆していた時期の大半において、中心的な問題は慢性的な需要不足と持続的なデフレ圧力でした。当時の課題は、いかにインフレを生み出すかということでした。今日、日本はその目標を少なくとも部分的に達成しました。インフレは再燃し、賃金は上昇し始め、労働市場は依然として歴史的に見ても需給が逼迫しています。これは朗報です。

 しかし、インフレの出現は新たな政策課題を生み出しました。もはや、いかに需要を刺激するかという単純な問題ではなくなったのです。問題は、デフレや過度のインフレへの回帰を避けつつ、家計の実質所得と長期的な成長をどのように支えるかということです。そのためには、やや異なる政策の組み合わせが必要です。

 円安の議論は単純化しすぎている傾向があると思います。通貨安は本質的に良いものでも悪いものでもありません。長年にわたり、円安は日本がデフレ圧力から逃れ、輸出競争力を高め、企業収益を支えるのに役立ってきました。これらの効果は有益でした。しかし、インフレが上昇し、エネルギーや食料の輸入が高騰すると、通貨安は家計にも負担を強いることになります。したがって、問題は日本が円安それ自体を目標として追求すべきかどうかではありません。為替レートは目的ではなく手段として捉えるべきです。究極の目標は、生活水準の向上と持続可能な成長です。円安がその目標に貢献するのであれば良いでしょう。円安が実質所得を損ない始めるのであれば、政策立案者はそれを考慮に入れるべきです。

消費減税には懐疑的、対象を絞った「給付付き税額控除」の方が効率的

 消費税は日本で最も議論の的となっている問題の一つです。私はこれまで、経済が脆弱な時期に行われた消費税増税を批判してきました。1997年と2014年の増税は、いずれも不適切な時期で行われ、景気後退効果をもたらしました。私が得た教訓は、消費税が常に悪いということではなく、タイミングが重要だということです。景気回復が弱い時期に家計支出を減少させる増税は、逆効果になりかねません。今日の状況はやや異なります。日本は1990年代後半のような需要不足ではありません。したがって、消費税減税の論拠は、流動性の罠の時代に存在した論拠をそのまま適用することはできないのです。

 問題は、こうした減税が家計を支援する最も効果的な方法なのかどうかです。ここで私は懐疑的になります。消費税減税は、誰もが影響を受けるため政治的には魅力的ですが、比較的粗雑な手段です。恩恵の大部分は、特に支援を必要としない高所得世帯に渡ってしまうからです。さらに、一時的な減税は、家計がその減税が一時的なものであることを理解しているため、期待するほどの支出を生み出さないことが多い。

 消費減税の目的が生活費の上昇に直面している低所得・中所得世帯を支援することであれば、より効率的な代替策があるかもしれません。そこで、給付付き税額控除が注目されます。米国では、勤労所得税額控除のようなプログラムが、対象を絞った減税によって、勤労意欲を維持しながら、働く世帯を支援できることを示してきました。給付付き税額控除は、給付を国民全体に広く分配するのではなく、家計に直接支援を届けることを可能にします。経済的な観点から見ると、これは多くの場合、財政資源のより効率的な利用です。日本のような国であっても、財政能力は無限ではない。資源は最大の効果を生み出すところに投入されるべきです。より広く言えば、日本の政策の優先事項は3つの分野に焦点を当てるべきだと考えます。

 第一に、賃金上昇の維持。日本は何十年もの間、物価も賃金もほとんど上がらない均衡状態に苦しんできました。最終的に重要なのはインフレだけではなく、実質所得です。健全な経済とは、生産性の向上が賃金の上昇につながる経済です。第二に、労働力参加の促進。日本が過小評価されている成功の一つは、女性と高齢者の雇用増加です。人口動態を踏まえると、人々が経済活動を継続できるよう支援する政策は極めて価値があります。第三に、公共投資。「財政刺激策」という言葉を聞くと、人々はしばしば一時的な支出プログラムを想像します。しかし、単に需要を刺激する支出と、長期的な生産能力を向上させる支出には違いがあります。インフラ、エネルギーシステム、科学、教育、デジタルへの投資は、現在の需要と将来の成長の両方を強化することができます。これらはまさに、政府が軽視すべきではない種類の支出です。

 もし私が今日日本に助言するとしたら、デフレ時代の緊急政策に戻るよう提唱することはないでしょう。また、緊縮財政を提唱することもないでしょう。むしろ、私は現実的な中道路線を推奨します。すなわち、良好なマクロ経済環境を維持し、適度なインフレを正常な状態として受け入れ、的を絞った財政措置によって家計所得を強化し、長期的な生産能力に投資し、債務比率や象徴的な税制論争に過度にこだわることを避けるべきです。

 日本が過去30年間から学ぶべき最も重要な教訓は、経済政策は最終的に人々の生活への影響によって判断されるべきだということです。問題は、インフレ率が1%か2%か、円が1ドル=140円か150円か、消費税率が8%か10%かではありません。一般家庭が所得の増加、安定した雇用、そして将来への自信を実感できるかどうかです。政策はこの基準に照らして評価されるべきです。そして、この観点からすれば、家計への的を絞った支援、持続的な公共投資、そして生産性向上への継続的な努力こそが、消費税に関するいかなる議論よりも、日本の将来にとってより大きな効果をもたらすでしょう。

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「新潮QUE」にて公開中の関連記事【「消費減税は粗雑な手段だ」――クルーグマンが2026年の日本に送るメッセージ】では、高市政権の産業政策、日銀の金融正常化をどう評価するのかなどについてより詳しく報じている。

デイリー新潮編集部