「ブタ呼ばわりされていた」優しかった夫がブラック企業で激変→壮絶DVをするように…8人の子どもを育てる女性(41)が振り返る、地獄のような結婚生活
少子高齢化が叫ばれる昨今では珍しく、8人の子どもを育てている女性がいる。トレオレル美智子さん(41)だ。現在はフランスに移住、3回目の結婚でパートナーとなったフランス人の夫と子どもたちに囲まれ、7月には初の著書『フランス人の気楽な働き方、全力の休み方』(フォレスト出版)を刊行予定など幸せそうに見える彼女だが、過去の夫からは壮絶なDVやモラハラを受けてきたという。
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例えば最初の結婚では夫から「ブタ」呼ばわりされるなど、散々な仕打ちをされた。2回目の結婚では7人の子どもを残して夫が突然消えてしまい――それでも希望を捨てず幸せを諦めなかった激動の半生を聞いた。

現在、8人の母となったトレオレル美智子さん。写真は第1子の出産時、父との1枚(写真提供=本人)
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やさしかった彼が、就職して豹変
――1人目の夫と、結婚に至るまでの経緯を教えてください。
トレオレル美智子さん(以下、トレオレル) きっかけは18歳の頃、京都大学の受験に失敗したことです。
私は小さい頃から「お母さんを喜ばせたい」という思いが強くて、勉強しかしていないような子どもでした。自分の価値も、勉強ができることくらいしかないと思っていたくらいで。京大に受かれば「これからも勉強ができる人として生きていける、大丈夫なままでいられる」と信じていました。
ただ、そういう幼少期からのプレッシャーが爆発してしまったのか、受験当日にお腹に激痛が走って冷や汗も止まらなくなって……鉛筆を落としたところまで覚えているんですが、気が付いたら医務室のようなところに運ばれていました。結果はもちろん不合格です。それがすごくショックで、そこから滋賀の実家でほぼ寝たきりになってしまいました。
――今まで信じていたものがなくなった、みたいな。
トレオレル そうですね。それで鬱病になって、精神科でもらった薬を毎日10粒以上も飲むような日々だったんです。その頃に幼少期から親しくしていた、のちに1人目の夫になる男性が連絡をくれて。
――心配してくれたんですね。
トレオレル 彼は大学に通いつつ、私の精神科の通院に付き添ってくれたり、メンタルをケアしてくれたりして。大学の研究で忙しい人だったから、会う頻度はそんなに多くなかったのですが、お付き合いを経て2005年に結婚しました。
でも、これが地獄のはじまりでした。
ストレスで変わった夫に「ブタ」呼ばわりされ、壮絶なDVを経験
――精神的に支えてくれていたはずなのに、何かきっかけがあったんですか。
トレオレル きっかけは、彼が学習塾で働きはじめたことです。彼の職場は成績が優秀な子が集まっていたこともあり、とにかく激務だったんです。平日は授業の準備をして、土日も補講があって、毎日始発まで働いていました。
――終電で帰る、よりもさらにハードですね……。
トレオレル だんだん、私から見ても分かるほどに彼の目や肌の色が「土っぽい色」に変わっていき、ストレスを私で発散するようになっていきました。
彼が家に帰ると、毎回「点検」が始まります。いろんなところを埃がないかチェックして、あれば床に座らされて説教。基本的に彼が家にいる時は、私は床に座らされて。そうやって上下関係を示していたんでしょうね。
さらに何か作ったものがあると、鍋の蓋をあけて「うわ、まずそうだな」と毎日のように言われて。ゴミ箱をあさって無駄遣いしてないかもよくチェックしていました。当時、私は働いていなかったので、買い物は週に一度、業務用スーパーに連れていってもらった時のみ。その時に「これを買ってもいいでしょうか」とお伺いを立てるんです。「無駄遣い女め」と罵られて、却下されることもよくありました。
――ストレスを抱えていたとはいえ、ひどい。
トレオレル 他には、腐った食べものに対して「美智子ってる」という言葉をよく使っていました。私が棚をうまく閉められないとかミスをよくするので、良くないこと、悪い状態=美智子だと。私自身は「ブタ」とあだ名をつけられて、ずっとブタと呼ばれていました。
――経済的・精神的にも明らかにDVですね。当時の心境はどのようなものでしたか。
トレオレル 結婚してから1年後、2006年に長女が生まれたのですが、私は大学に行っていないから、子どものために我慢しないといけない。耐えて、育て上げてこそ、母親なんだ。ずっとそう考えていました。
子どものうんちがついたオムツを顔に投げつけられても「私がダメなんだ、もっと良くなろうとします、ごめんなさい」みたいな感じでとにかく申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
――そんなひどい仕打ちを受けながら、離婚はされず、2008年には第2子も出産されました。
トレオレル 私には弟がいて、4人家族で育ったので何となく「4人いれば、家族になれる」「次に男の子が生まれて、子どもが2人になればきっと完璧な家族になる」と、考えていたんです。2人目が生まれたら夫も変わるかもしれない、という希望もありました。
淡い希望は打ち砕かれ、夫のひどい仕打ちは変わらず続いた
――実際のところは、どうだったのでしょう。
トレオレル 第2子の妊娠中も、夫の嫌がらせは続いていました。例えばショッピングモールに3人で買い物に行って、私がカートを返しに行ってる間に、夫が車で先に出発するんです。それを私が走って追いかける、ということが何度かありました。
あと、彼は長女を抱っこしないし、荷物も持ちません。私がぜんぶやっていたので、ずっとお腹が張って痛かった記憶があります。無理がたたって破水して、長男は早産で生まれました。その時の病院は個室だったこともあり、彼からはずっと怒鳴られっぱなし。結局、何も変わらなかった。
――そうした状況を、周りには相談していたのですか。
トレオレル 母にはすべて話していたのですが「たしかにひどいね」とは言われても「離婚しなさい」とは言われなかったです。私の両親としては「娘は大学に行っていないし、経済力がない。離婚してもなかなか次の相手も見つからないだろうし、子どもたちも育てられなくなってしまうかもしれないから何とか頑張ってほしい……大学には行けなかったけど、家庭を持てて良かったね、何とか頑張って」という葛藤もあったんだと思います。
いかにして彼女は絶望の日々から逃げ出したのか
――そうなんですか……。
トレオレル とはいえ、いつも母は私の状況を見て心を痛めてくれていて「助けになれば」とお金をくれることもありました。そのお金で娘にドーナツを買ってあげたら、ゴミ箱をあさっていた夫にレシートを見られて、ものすごく叱責されて……。
娘を幸せにするための行動も許されないなんて、もう限界だ、と思うようになっていました。でも、苦しさや辛さはあっても何か行動を起こすようなことはできなくて、ただ泣いているだけの日々でした。
続く記事では、トレオレルさんがどのようにDV夫から逃げられたのか、そしてその後に待っていたさらなる壮絶な経験などを聞いています。あわせてお読みください。
〈「ブタよりひどい生活」バツ2で8人の子どもを育てる女性(41)が経験した“壮絶DV”と、離婚後に待っていた「さらなる絶望」〉へ続く
(綾部 まと)
