『田鎖ブラザーズ』はなぜ賛否を呼ぶ結末を迎えたのか “多くを語らない”物語の必然性
6月19日に『田鎖ブラザーズ』(TBS系)が最終回を迎えたが、その結末をめぐって賛否が割れている。
参考:『田鎖ブラザーズ』兄弟と晴子に訪れた衝撃の真実 “復讐の連鎖”は何を残したのか?
本作は、1995年4月26日に辛島金属工場で働く両親が何者かによって殺害された兄弟が、時効成立後も犯人を追い続けている姿を描いたクライムサスペンス。犯人を自ら裁くため、兄の田鎖真(岡田将生)は刑事となり、弟の稔(染谷将太)は検視官となった。2人は次々と起こる凶悪事件に向き合う日々を過ごしながら、事件の日に何があったのかを調べていた。
物語は現在(2026年)と過去(1995年)が交互に描かれ、少しずつ過去に何があったのかが明らかとなり、じわじわと事件の真相に近づいていく。本作は、事件の謎解きをゲーム的に楽しむミステリードラマだが、物語の背後に、法律では裁くことができない加害者に対して、被害者遺族は自分の中にある復讐心とどう向き合うべきなのか、という重いテーマが常に存在した。
これは現在パートで真と稔が担当する事件にも強く表れており、事件を起こした犯人たちの姿と田鎖兄弟は、合わせ鏡のような関係となっていた。本作のプロデューサーは『アンナチュラル』、『MIU404』、『最愛』といったTBSの名作ドラマを手掛けた新井順子。『田鎖ブラザーズ』を観ていると、彼女が過去に手掛けたドラマを思い出す。
中でも、稔が検視官として事件現場の状態や遺体の状態から事件の謎を解き明かしていく姿は『アンナチュラル』の法医解剖医たちのチーム・UDIラボが遺体を解剖して死因を究明することで事件の真相に近づいていく姿と重なるものが多い。そのため、当初は過去の新井順子作品の要素が詰まった集大成的な作品になるのではと思った。が、作品から受ける印象は過去作とは大きく異なり、全く別の作品に仕上がったと感じる。
これは脚本を担当した渡辺啓の作家性が色濃く発揮された結果だろう。渡辺啓は、ドラマ『Get Ready!』(TBS系)や映画『HiGH&LOW THE WORST X』などの脚本に参加している。これまでは共同脚本というチームでの仕事が多かったが『田鎖ブラザーズ』では全話を単独執筆しているため、彼の個性が強く滲み出ていた。
それが最も色濃く表れていたのが、真と稔のやりとりである。
第1話で、2人が署内で晩飯を何にするかについて話しているのを聞いていた刑事の宮藤詩織(中条あやみ)は「兄弟ってより、夫婦みたいですね」と言うのだが、真と稔のテンションの低い自然なやりとりを観て「リアルな男同士の会話が描かれている」と驚いた。多くを語らずとも、お互いを理解し支え合っている男同士の関係を、渡辺はとても魅力的に描いている。2人の何気ないやりとりが観たくて『田鎖ブラザーズ』を追いかけていた。
この「多くを語らない」スタイルは田鎖兄弟の関係だけでなく、他の場面でも貫かれている。本作で描かれる事件はショッキングなものが多いが、映像はとても抑制されており、じわじわと事件の全貌に迫っていくような描かれ方をしている。そのため、どのシーンにも緊張感があり、常に重厚な空気が漂っている。
その意味で興味深かったのが、被害者遺族の復讐心を肯定することで、犯行に向かわせた市役所の福祉健康課の相談員・泰野小夜子(渡辺真起子)の描き方だ。彼女は本作の世界観を象徴するような魅力的な悪役で、実際、田鎖一家殺人事件にも間接的に絡んでいたことが最終話で明らかとなる。
サイコサスペンス系のミステリードラマであれば、彼女はラスボスとして君臨するカリスマ的存在だが、彼女は途中退場しており、ラストエピソード(第8話~第10話)は、田鎖一家殺害事件の真相の究明に費やされている。その真相も、わかりやすい巨悪がいるという派手なものではなく、小さな家族に起きた悲劇の連鎖によって起こったことが明らかとなる。やがて真と稔は、辛島金属工場では、暴力団・五十嵐組に強要されて改造拳銃の製造に関わっており、そのことを田鎖兄弟の父親・朔太郎(和田正人)が知ってしまい、口封じのために両親が殺されたことが知る。
犯行に関わっていたのは、真と稔の両親が働く工場の工場長・辛島貞夫(長江英和)と妻のふみ(仙道敦子)、両親を失った真と稔を見守ってきた茂木幸輝(山中崇)と、足利晴子(井川遥)。つまり、2人が親しくしていた関係者全員が間接的に殺人に関わっていたのだ。
そして、最終的な犯行をおこなった晴子もまた被害者遺族だった。彼女の父親は、改造拳銃の取引に関わっていた漁師で、朔太郎が改造銃を取引の場に持ってこなかったため始末された。間接的な形で自分の父親を死に追いやった朔太郎に復讐するため、晴子は犯行に及んだのだ。
真相を知った真と稔は、晴子に改造拳銃を向け、発砲音が鳴る。だが、晴子が撃たれた瞬間は画面に映らず、晴子のもとを去った真と稔が並んで歩く姿が映され、物語は終了する。
真と稔が晴子を殺したのかははっきりと描かれず、最後の解釈は視聴者に預けたと言える終わり方となっていた。はっきりと結末を描かなかったことに対して否定的な意見も多いが、『田鎖ブラザーズ』は復讐の是非ではなく、復讐心に囚われると人はどのような苦しみを背負うことになるのかを、真や稔と事件の犯人たちの苦悩する姿を通して描きたかったのだろう。
その苦しみを追体験させる物語として、本作は終始一貫していた。真と稔の関係と同じように、「多くを語らないこと」によって生まれた見事なラストである。(文=成馬零一)
