同じエイベックス所属の先輩YU-KIは「七ちゃんと仕事で一緒になった記憶が不思議なくらいない」(写真・福田ヨシツグ)

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 デビュー30周年を記念した相川七瀬(51)の「BIG BANG対談」第12弾は――。同じ所属レーベル、エイベックスの邦楽アーティスト第1号、小室哲哉プロデュースで結成されたTRF(当時の表記はtrf)のボーカリスト、YU-KI(59)。尊敬する先輩を前に緊張気味の相川はどうする!?  どうなる?

――お2人は同じエイベックス所属ですが、TRFは小室哲哉さんプロデュースで、相川さんは織田哲郎さんプロデュース。以前hitomiさんが対談で、「仕事上では同じ学校なんだけど、クラスが違うというか、文系と理系に分かれている感じ」と話されていましたが……。

YU-KI(以下、Y) 私たちと七ちゃんは、デビューがそれほど違わないので、同じ時代を駈け抜けてきたアーティストだと思っているんですけど、仕事で一緒になったという記憶が不思議なくらいないんですよ。

相川 確かに、あまりご一緒した記憶がないです。

Y 一度、七ちゃんのライブに呼んでもらったのはーー。

相川 YU-KIさんがスペシャルゲストとして来てくださったのは15周年のときですから、もう15年前ですね。

Y そうか……。でも七ちゃんは、相変わらずご活躍だよね。

相川 いやいやいや。YU-KIさんこそです。

――初対面がいつだったのかは覚えていますか?

Y ごめんなさい。私は覚えていないです。私の記憶にある七ちゃんは、いつも音楽番組で歌っている七ちゃんなんです。

相川 じつは私の初ステージは、1995年のクリスマスイブ、ヴェルファーレ(東京・六本木にあったクラブ)で、TRFの “前座” のような形で歌わせていただいたときなんです。

Y 七ちゃんのお披露目的な?

相川 たぶん、そうですね。

Y それが “初めまして” だった?

相川 そのときは歌い終わった後、遠くからTRFのステージを観させていただいて。「TRFだ! カッコいい!『CRAZY GONNA CRAZY』だ!」と、一人で興奮していました(笑)。

Y ということは、 “初めまして” は……。

相川 私の記憶では、当時よくご馳走していただいたエイベックスの方のご自宅だったと思いますよ(笑)。

Y あぁ、そうかも(笑)。

相川 ある仕事終わりの夜にその方に電話をしたら、「YU-KIが来るんだけど、相川も来るか?」と誘っていただいて。「行きます! 行きたいです!!」と。

Y そうだ、それだ(笑)。

■あの時代、とにかくスタジオにいた記憶が

相川 それからすごく仲よくさせていただいて、その方のご自宅でちょいちょい一緒に美味しいお酒をご馳走になりました。いい思い出です(笑)。

Y 気を使わなくてもいい方というか、気を使わせないご夫妻だったので、奥さんが作ってくれた美味しい手料理をモリモリ食べて、美味しいお酒をいただいて……。

相川 食べて飲んだ後、YU-KIさんはリビングでぐっすり寝ていました(笑)。

Y そうそう。で、目が覚めたら「もういい加減、帰ります!」みたいな(苦笑)。

相川 本当にそんな感じでした。

――そこでは、どんな話をされたんですか?

Y 仕事の話をするムードじゃなかったというのもあるんですが、歌がどうとか今の音楽はとか、そういう話を真剣にしたことはないと思います。

相川 私も仕事の話をしたという記憶はないです。話題は好きなアクセサリーとか、お料理とか、いつもそんな感じでしたよね。

Y リビングにいたのはエイベックスの方と、その奥さんと七ちゃんと私の4人。こんなにリラックスしていていいんだろうかというくらい、リラックスしていましたね。

相川 私、当時のことでめっちゃ覚えていることがひとつあって……。

Y なんだろう?

相川 あるとき、YU-KIさんがすごくでかいGUCCIの黒いバッグを持っていて。それがもう、ものすごくカッコよくて。私、こっそり同じバッグを買いました(笑)。

Y ははははは。自分では覚えてないけど、七ちゃんからそういう話を聞くのは嬉しいです。

――お2人とも、当時はものすごく忙しかったと思いますが、そういうリラックスできる場所があったんですね。

相川 YU-KIさんに聞きたいんですけど、忙しかったときの記憶ってあるんですか?ELTのもっちー(持田香織)は、「忙しすぎて記憶がない」と言っていたんですけど。

Y そうなんだ。でも、私はありますよ。忙しかったのは忙しかったけど、ちゃんと休んでいたし(笑)。

相川 本当ですか? お休みがありました!?

Y 全部覚えているとは言わないけど、ちゃんと覚えていますよ。なかでもいちばん記憶に残っているのは、あの時代、とにかくスタジオにいたということですね。

相川 それはわかります。

Y ライブもあったし、テレビでも歌っていたけど、待っている時間も含めて、とにかくスタジオに入っていることが多かったという印象です。

相川 TRFのレコーディングは当然、小室さんがディレクションで立ち会っていたんですよね?

Y ううん。小室さんがディレクションで立ち会ったのは、1stアルバムのときだけだったと思う。

相川 え、えっ!? そうなんですか?

Y 小室さんがプロデュースしていたほかのアーティストの方がどうだったかは知りませんけど、私たちの場合は小室さんが歌詞を書いて、ご自分で仮歌を歌われて、リズム合わせをしたものを渡されるだけでしたね。

相川 えー! それだけですか?

Y それだけ。譜面もないし、聴き取って覚えるという感じでしたね。

相川 てっきり小室さんがついてやっているものだと、勝手に思っていました。

――「あとは全部お願いね」と、託されるわけですね。

Y お願いねとも言わないですし、 “できたよ” と音源を渡される感じだから、カギカッコつきで「あとはお願いね」ということなんだろうなと勝手に解釈していました(笑)。

相川 ということは、YU-KIさんがレコーディングをするときは最少人数ですか?

Y ダンスチームはいなかったですし、エンジニアくらいで静かなものでしたね。

相川 時間帯は夜間が多かったんですか?

Y 夜が多かったです(笑)。

相川 ですよね(笑)。今じゃ考えられないですけど、深夜0時をまわるのは、当たり前という感じで(苦笑)。

Y 私たちの仕事に限らず、当時はほかの職業の人も遅くまで働くのが当たり前で。今考えると、みんな働きすぎでしたよね。

相川 当時、一世を風靡したCMのキャッチコピーじゃないですけど、“24時間戦えますか。”的な(笑)。

Y そうそう。で、私も七ちゃんも、それが普通だと思っていて。早く帰してもらえるなんてこともなかったですし、“てっぺん(深夜0時)”を越えることも、普通にありましたね。

相川 スタジオは、とにかく待ち時間が長かったですしね。

Y “待つこともお仕事”というのを覚えたのも、この時期でしたね。

――お2人に聞いてみたいことがひとつあるんですが?

Y なんでしょう?

■『恋心』をバラードで歌ったらカッコいい!

――「ボーカリストとして大事にされてきたことはなんですか」と質問されたら、なんとお答えになりますか?

Y 大事にしてきたこと…う〜〜〜〜〜ん、難しいですね。たぶん、いっぱいあるんでしょうけど……すごく難しいなぁ。

相川 私もたくさんありすぎて、“これです!”と、すぐには答えられないですね。

Y きれい事を言いたくないし、ボーカリストとして、質問の答えになっているかどうかはわからないですけど、“曲に対して慣れないこと”。すべての曲に対して、常にフレッシュな気持ちを忘れずに歌おうというのは、自分に課していることのひとつです。

相川 それは私も同じです。

Y 毎回、一生懸命に歌っているつもりでも、何百回も歌っていると、曲にも歌うことにも慣れてきて、最初のころのフレッシュさが失われていくのは、ある意味仕方のないことかもしれないけど、でもそれじゃダメなんです。

――最初に歌ったころの気持ちを忘れずに、ということですか?

Y フレッシュな気持ちで歌うことが、曲を大事にすることに繋がるんじゃないかとあるときに気づいて。それに気づけたことは、ラッキーだったと思います。

相川 私もひとついいですか。

Y もちろん。

相川 この前、「相川さんにとって『夢見る少女じゃいられない』は、どういうポジションですか?」と聞かれて、返答に困ったことがあって……。

Y う〜〜ん。こうです! と言葉にするのは簡単じゃないよね。

相川 そうなんです。デビュー曲でたくさんの方に知っていただいて、相川七瀬といえば『夢見る〜』というように、名刺代わりになっている曲だというのは間違いないことなんですけど、「どういう存在ですか?」と聞かれると、う〜んと詰まってしまって……。

Y 聞いた人が、どんな答えを望んでいたのかも気になるよね。

相川 TRFはミリオンヒット曲をたくさん持っていらっしゃるじゃないですか。

YU-KIさんが、数々のヒット曲をどう考えているのか、すごく興味があるんですよね。

Y えっ!? それを私に聞いてるの?(笑)

相川 はい。YU-KIさんの意見を聞いてみたいなと。

Y そうだなぁ。ヒット曲というのは私の中というより、聴いてくださっている方の人生の中にある曲で、その方の歴史になっている曲なんじゃないかと思います。

相川 YU-KIさんは、原曲のキーのまま今も歌っていますよね。

Y ううん。下げたら音楽性がその曲じゃなくなるものは原曲のキーのままだけど、半音下げているものもあります。

相川 そうなんですか!?

Y 日本は原曲のキーで歌うことを重視する傾向がありますよね、というのはずっと思っていて。声は弦のように取り替えがきくものではないし、生物的に声は低くなる生き物なので、それを理解して受け入れながらやっていくしかないし、それ以上にもっと大事にしなきゃいけないものがあると思うんです。

相川 確かに、そうですね……。

Y テンポを若干遅くしたほうが、余裕を持って表現できることもあるし…。たとえば、私は七ちゃんの『恋心』という曲がけっこう好きなんだけど。あの曲をアコースティックギターをメインに持ってきて、テンポを落としてバラードで歌ったら、すごくカッコいいと思うんだよね。

相川 はい。

Y 私には、バラードで歌う七ちゃんの『恋心』が聞こえるんですよ。原曲のキーで歌うことにこだわるのもいいことだけど、こだわるあまり可能性を狭めるのはもったいないと思うんですよね。

相川 先輩のそういうひと言ひと言が、とても本当に勉強になります。ありがとうございました!

YU-KI(ゆーき)
1966年12月19日生まれ 愛媛県出身 1992年、小室哲哉プロデュースのボーカル・ダンサー・DJという日本初のユニット形態「trf」(現在はTRF)を結成。1993年2月『GOING 2 DANCE』でデビュー。2ndシングル『EZ DO DANCE』をはじめ、デビューから2年でCD総売上枚数が1000万枚を突破。1995年には、『Overnight Sensation〜時代はあなたに委ねてる〜』で、第37回日本レコード大賞を受賞。2024年2月18日、30周年を締めくくる記念ライブ、TRF 30‌th Anniversary Live at 日本武道館『past and future.』を開催

あいかわななせ
1975年2月16日生まれ 大阪府出身 1995年『夢見る少女じゃいられない』でデビュー。その後もヒット曲を数多く世に送り出す。2024年に國學院大學神道文化学部卒業。2026年、同大学院博士前期課程修了。今年11月2日、30周年ツアーファイナルとして日本武道館でのライブが決定。現在、相川七瀬30周年を記念したオールタイムベストアルバム『Rock‘N’Roll Journey〜30‌th Anniversary Best〜』が発売中!

写真・福田ヨシツグ
取材&文・工藤 晋
スタイリスト・二瓶句実子(YU-KI)
ヘアメイク・室岡洋希(YU-KI)、久保フユミ(相川)
衣装・beautiful people(Tシャツ・YU-KI)