「ねずみ男」に示された、水木しげるの哲学とは――中条省平さんと読む『墓場鬼太郎』【別冊NHK100分de名著】
『別冊NHK100分de名著 「わが道」の達人 水木しげる』では、釈徹宗さん、中条省平さん、ヤマザキマリさん、佐野史郎さんの4人の論者が、水木しげる作品の核心に迫ります。
今回はフランス文学者の中条省平さんが『墓場鬼太郎』『ゲゲゲの鬼太郎』を読み解く本書第2章「墓場のニヒリズム」より、「ねずみ男」の存在についての解説をご紹介。
※2026年1月~3月にNHK出版ECサイトで開催の「2時間で学べるシリーズ」キャンペーンを記念して、本記事を再公開いたします。
ねずみ男に仮託されたもの
ニヒリズムをユーモアに転化する点で、大事な存在がねずみ男でしょう。
鬼太郎がスーパーヒーロー化の道を歩んでいくのに対し、ねずみ男はそのカウンターパートになっていきます。そして、むしろ鬼太郎よりもねずみ男に、水木さんの哲学性が仮託されていくことになる。とはいえ、いい加減さが魅力のねずみ男ですから、けっして高みから述べられる哲学ではない、人間を相対化するユーモラスな視点を提示してくれます。
ねずみ男には、鬼太郎の出自にあったような、死んだ両親の怨念などがありません。彼にあるのは、強いていうならばエゴイズムでしょう。要するに、彼の言動は人間なら誰しもある金銭欲や名誉欲など、そうしたつまらないエゴの欲望から発しています。風呂にすら入らないなまけ者で、楽をしてカネを儲けたい、いい女と寝たい、うまいものをたらふく食いたい、酒を飲みたい……。人間のあらゆる欲望を肯定するような人物像は、立川談志が「業の肯定」と表現した、落語的な人間観・世界観ともつながります。
そしていくら失敗して痛い目に遭ってもめげないので、欲望を捨てられないそんな姿は逆に救いにもなる。しかもねずみ男は、悪いことをしてもどこか憎めないのです。欲望を隠そうともしないねずみ男は、読者のエゴイズムをあからさまに代行し、しかもちゃんと失敗してくれる。人間のダメさ加減みたいなものを相対化して救ってくれる、そんな心的救済の装置になっているのではないかと思います。
僕はねずみ男を見ると、六〇年安保当時に吉本隆明が述べた「大衆の原像」という言葉を思い出します。政治活動家や知識人が革命運動に参加して、世の中を変えようと政治集会を開いているときに、会場であんパンを売るパン屋がいた。つまり、そこでパンを売れば儲かると考えるのが、知識人たちとは異なる大衆のあり方だというのです。これはまさに、ねずみ男が体現しているものではないでしょうか。落語的な「業の肯定」と同時に、「大衆の原像」的な知恵もねずみ男は具えているのです。
ところでねずみ男とは、はたして人間なのか、それとも妖怪なのか。限りなく人間に近いと思いますが、水木さんご自身は「半妖怪」という言い方をしています。
完全復刻版の「霧の中のジョニー」(『貸本版墓場鬼太郎1 限定版BOX』小学館クリエイティブ所収)巻末には、読者のお便りに作者が答える「怪奇ファンの頁」があります。その中で「ねずみ男は人間なのか、人間であるとすれば三百年も生きているのはおかしい。妖怪とするなればあまりにも人間に近い」との読者の疑問の声に、「ネズミ男は半妖怪である。二、三百年前に妖怪と人間の間に生れたものであるらしい(別に記録は残っていませんがネ)」などと、水木さんは面白おかしく、丁寧に答えています。
余談ですが、貸本マンガ時代の読者投稿欄における水木さんのサービスぶりには驚かされます。読者が送ってきた感想や質問に一つずつコメントし、個人情報である自分の住所を記して、原画のプレゼントやアシスタント募集までしているのです。
ねずみ男は虚無からユーモアを生む
鬼太郎が営業する「あの世保険」を無下に断るねずみ男は、毛生え薬を製造している(貸本版『墓場鬼太郎』「アホな男」)
ねずみ男には面白いセリフがたくさんあります。
まず紹介したいのが、「マガジン」版『ゲゲゲの鬼太郎』の「牛鬼」(一九六八年)です。漁村を襲う牛鬼を退治した鬼太郎自身が牛鬼になってしまったので、目玉おやじが村の長老と相談し、村人と一緒に一心に祈ることで、神社の神様を呼び出すことになる。そのとき「ではいのりましょう」と言う目玉おやじの横で、ねずみ男がこう言うのです。
「おれは無神論者だからしょうべんしてるぜ」
これには笑いました。じゃあお前は何なんだと言いたくなりますが、彼は半妖怪のくせに、無神論者だと自己規定しているのです。
ねずみ男の無神論者ぶりは、実は貸本時代の晩期『墓場鬼太郎』の「アホな男」の中でもすでに見られます。その物語で、鬼太郎はなんと「あの世保険」という商売を始めています。現世で掛金を払えば来世の幸福が保障される。それを「社会事業」と称し、「第一号の加入者」としてねずみ男を勧誘しにきた鬼太郎に、ねずみ男は「じょうだんじゃない」と答え、こう言います。
「ありもしない世界にビタ一文だって払えるかヨ」
これもおかしい。鬼太郎は幽霊族の子ですから、「ありもしないとはなんだネ ここにエンマ大王の営業許可証もたずさえているんだぜ」と言い返すけれど、ねずみ男は半妖怪のくせして無神論者のリアリストですから、カネへの執着と唯物論精神を発揮します。では当の本人は何をやっているのかというと、自分の血を売って得た資金で、毛生え薬を製造しようとしている。もうなんというか、リアリストでマテリアリスト(唯物論者)の極致のようで、凄みすらあります。
『別冊NHK100分de名著 「わが道」の達人 水木しげる』では、釈徹宗さん、中条省平さん、ヤマザキマリさん、佐野史郎さんの4人の論者が、
第1章 見えないものへと心を延ばす 釈 徹宗
──『のんのんばあ』『のんのんばあとオレ』
第2章 墓場のニヒリズム 中条省平
──『墓場鬼太郎』『ゲゲゲの鬼太郎』
第3章 「教訓」を超えた人間の本質を描く ヤマザキマリ
──『ラバウル戦記』『総員玉砕せよ!』
第4章 「自分の物語」を生きる 佐野史郎
──『悪魔くん』『河童の三平』
という構成で、水木しげる作品の核心に迫ります。
中条省平
フランス文学者、学習院大学教授。フランス文学はもとより、映画や音楽、日本の漫画など、幅広い領域で活躍。著書に『フランス映画史の誘惑』(集英社新書)、『NHK「100分de名著」ブックス アルベール・カミュ ペスト─果てしなき不条理との闘い』など多数。
※刊行時の情報です
◆脚注、図版、写真、ルビ、凡例などは記事から割愛している場合があります。詳しくは書籍をご覧ください。
※本書は、2022年8月27日にNHK Eテレで放送された「100分de水木しげる」の内容をもとに、新規図版・取材などを加えて構成したものです。本書における水木しげる作品の図像は、水木しげるの著作権および版権を管理する水木プロダクションの許諾・協力のもと掲載しています。

