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大分県別府市にある幼児教育施設に通う5歳の女の子が去年突然、白血病を宣告されました。その笑顔が家族のもとに戻ってきたのは、今年1月のことでした。多くの人に支えられ、8か月に及ぶ闘病を乗り越えた今、家族は“恩返し”に向けた活動を始めています。

【写真を見る】「もう病院に帰らなくていいの?」白血病を乗り越えた5歳女の子 突然の宣告、命をつないだ支え…家族が描く“恩返し”の未来

支えられた闘病生活

友だちと一緒に体をめいっぱい動かして遊ぶ阪本つむぎちゃん(5)。しかし1年前、家族の日常は一変しました。つむぎちゃんの体に小さな異変が現れたのです。

母・愛子さん
「あざを作って帰ってくることはありましたが、その大きさがなんかすごく大きいと聞いていました。帰宅してすぐ眠ることが多くなったり、微熱も続いたりしていました」

決定的だったのは、首などに小さな内出血のような赤い斑点が現れたことでした。小児科で血液検査を受けると、「今すぐ救急センターに行った方がいい」と告げられます。

「最初は3、4日分の荷物で帰れると思っていました」と振り返る愛子さん。しかし、告げられた病名は『急性骨髄性白血病』。過酷な闘病生活の始まりでした。

母・愛子さん
「衝撃すぎて、すごく不安な顔をしてしまったんです。そしたら、つむぎが『つむ大丈夫かな?』と言って。一番不安なのはつむぎであって、親がこんな顔しちゃいけないなと思い、本当に申し訳ないなって…」

つむぎちゃんは小さな体で抗がん剤治療に耐えました。治療中は毎日のように輸血が必要で、入院した8か月でその量は10リットルに及びました。名前も知らない人たちの善意によって命が支えられていたのです。

母・愛子さん
「献血袋を見たら沖縄、愛媛、福岡、熊本と書いてあって、すごくありがたいねっていう話をしていました」

父・遼太さん
「輸血をしているとき、つむぎが命をもらっていると感じました。無縁だと思っていた世界なのに、いろんな人に支えられているんだと気づきました」

新たな一歩と家族の決意

去年11月には、さい帯血移植手術のために無菌室へ。食事も喉を通らず、体重も5キロ減少。それでも懸命な治療の結果、今年1月16日につむぎちゃんは退院。翌17日の誕生日を、家族と迎えることができました。

母・愛子さん
「待ち望んでいた退院だったんですけど、不安でいっぱいでした。でも、つむぎが『もう病院に帰らなくていいの?』と言ったその言葉がすごくうれしくて」

5月からは園にも復帰。筋力はまだ7割ほどですが、リズム体操などに全力で取り組んでいます。

つむぎちゃん:
「きつかったりするのが一番大変やった。ご飯がおいしくなって良かった。卵焼きとかがおいしい。今はリズムジャンプが楽しい」

父・遼太さん
「つむぎの今があるのは、本当に多くの方に支えていただいたからです。だからこそ、これから恩返しをしていきたい」

踏み出す勇気、つながる命

遼太さんは、Jリーグ昇格を目指すサッカークラブ「ヴェルスパ大分」のスタッフ。家族は入院生活で献血の重要性を痛感し、試合会場に献血車を呼ぶイベントを企画しました。

父・遼太さん
「今も病院で頑張っている方が多くいます。私たちにできることとして、声をかけ合いながら一緒に献血の輪を広げていけるように頑張っていきたいと思います」

8か月の闘病を経て、両親は「大人である自分たちも人として成長させてもらった」と語ります。

父・遼太さん
「つむぎのやりたいことが新しく見つかったときに、応援できるような親でいたいと考えていますし、本当に自信を持ってこれからの生活を頑張ってほしいなって思います」

母・愛子さん
「みんなからもらった命だから、自分のことも大事にしてほしいし、その分、周りの人のことも大切にしてほしいと願っています」

かけがえのない日常の尊さを実感した阪本さん一家。「当たり前に家族みんなで起きて、みんなで寝るのが何よりも幸せ」――母・愛子さんの言葉には、命のつながりの重みが込められています。