選挙後こそ始まる国民の責任 “石破やめるなデモ”の背景、参政党が掲げる「国家主権」とは…専門家が読み解く
選挙は「終わり」ではなく「始まり」。投票を通じて意思を示した後こそ、国民が政治に関与する本番が始まる。構想日本代表の加藤秀樹氏は、選挙後の議員の行動を見守る重要性や発言の責任、デモという表現手段の意義について、7月28日放送のOBSラジオ『モーニングエナジー』で語った。
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選挙後こそ、私たちの出番
選挙では、有権者が選んだ人物が議員となり、国会で国の重要事項を決定する。国民の考えや期待が国の意思となるプロセスであり、それを国民主権と呼んでいる。
多くの人は「投票したら終わり」と思っているが、加藤氏は「投票は始まり」と強調する。
「国会は議員の仕事場。そこでの仕事ぶりを見ることが大事です。私たちが選んだ議員が国会で何をしているのか、どんな発言をしているのか。選挙時の主張と異なることを言っていないか、あるいは危険な発言をしていないか。すべてが分かるわけではないが、なるべく気をつけておくべきです」
「たとえば、消費税の引き下げや外国人政策について、議員になってからどんなことを言っているのか。選挙の後も『他人ごと』ではなく、『自分ごと』と考えることが大事です。議員や政党の仕事ぶりを見て、次の選挙で誰を選ぶかを決めていくという流れができれば、問題のある議員や政党は淘汰されるのです」
「失言」を許すな
加藤氏は、政治家による“失言”とその“撤回”にも問題提起する。
「失言が報じられると、すぐに『取り消せ』という声が上がり、最終的には『発言を撤回します』で済まされる。これはおかしいと思います。発言を簡単に取り消させてはいけません」
その理由は、「発言はその人の思考の表れ」であり、安易に撤回を認めてしまえば、また同じような発言が繰り返される恐れがあるからだ。
「発言には責任が伴います。その発言を背負い続けてもらわないと困る」と加藤氏は強調する。
デモも国民主権の手段
加藤氏は、自民党本部前などで行われている『石破やめるなデモ』について、「ユニークでいろんな意味で興味深い」という。
「韓国やアメリカ、ヨーロッパでは、デモは日常的な政治参加の手段とされているが、日本ではデモが非常に少ないのが現状です」
フランスでは、マクロン大統領の年金改革に反対する大規模なデモが行われたが、多くの国民が「デモの主張には反対だが、デモそのものには賛成だ」と話すという。
自分が選んだ議員が期待通りの働きをしないことも多い。だから、デモを通じて自分たちの意見を政治に反映させる、つまり国民主権の重要な方法と考えているのだ。
一方、日本ではデモをする人は「変わっている」「過激な思想を持っている」という先入観が根強い。そうした中で行われた『石破やめるなデモ』は、自民党や国会の動きを「自分ごと」としてとらえた行動として注目すべきだと、加藤氏は述べた。
「国民主権」と「国家主権」の違いに警鐘
加藤氏は、今回の参院選で議席を伸ばした参政党が掲げる「国家主権」について、注意が必要だと指摘する。
投票率が50%程度の中で、得票率40%の政党が政権を担えば、全有権者のわずか20%の支持で国の方向性が決まってしまう。残り80%の国民にとって大きなリスクだと警鐘を鳴らす。
こうした発想は、欧米の民主主義の原則とはかけ離れており、「日本は危うい方向に進んでいるのではないか」と海外から懸念される可能性があるという。
参院選で、私たちは投票というかたちで意思を示した。だが、そこが終わりではない。
「新しい政党が出ることは悪いことではない。その中に過激な主張をするものがあってもよい。国会という場で様々な議論をすればよい。繰り返しになるが、大事なことは私たちがその政党や議員の行動をしっかりと見ていくこと」
「選挙の後も政治を『自分ごと』として必要に応じてデモなど声を上げることが、民主主義の本質であり、結局は私たち一人ひとりの利益になるのです」と締めくくった。
加藤秀樹(構想日本代表)
京都大学経済学部卒業後、1973年大蔵省入省。証券局、主税局、国際金融局、財政金融研究所などを歴任。1997年4月、非営利独立のシンクタンク「構想日本」を設立。2009年に政府の行政刷新会議の事務局長に起用され、国レベルの事業仕分けに取り組む。公益財団法人国際連合協会評議員、一般財団法人地球・人間環境フォーラム評議員などを務める。
