ユニクロ「柳井正氏に頼らない」仕組み化の中身
「特定の人に頼らない仕組みをつくり、事業を回せること」これがユニクロの最大の強みなのです(撮影:今井康一)
なぜユニクロは世界的なアパレルブランドになれたのでしょうか? 「創業者の柳井正さんがすごいのでは」と思う人が多いでしょうが、実は特定の人に頼らない仕組みをつくって、事業を回せることが同社の最大の強みなのです。元ファーストリテイリング執行役員の宇佐美潤祐氏の新刊『ユニクロの仕組み化』から一部抜粋・再構成のうえ、その仕組みをご紹介します。
スタッフひとりひとりまで変える「究極の個店経営」
大きな成長を遂げようと思ったら、組織のメンバー全員に変わってもらうしかありません。ひとりひとりに変革の意識を持ってもらうしかないのです。
当然ですが、これは簡単ではありません。数十人の会社でも難しいはずです。それどころか、自分が所属している部署やチームの5人、10人を変えるのもハードルは低くありません。ですから、数千人、数万人、数十万人の組織になればなおさらです。
人を変えるには確かに熱意は重要です。ただ、大きな規模の組織になれば、メンバーひとりひとりに訴えかけて、個別に変わってもらおうとするのは現実的ではありません。
そもそも熱意は必要ですが、熱意だけでは人は変えられません。数十万人のメンバーを一気に変えられるのは、「仕組み」しかないのです。そして、ユニクロで世界中の店舗スタッフひとりひとりまで変える仕組みが、「究極の個店経営」です。
近年、小売業では、消費者のニーズが非常に多様化しています。同じ性別で同じ年代のお客さまが対象でも、地域ごと、店舗ごとに全く売れ筋が違うことも珍しくありません。
本社からの指示をただただ実行しているだけでは、ニーズを十分にとらえ切れないのです。メンバーひとりひとりが変革を意識する重要性は業態としても必要になっているわけです。
確かに、かつては違いました。店舗スタッフはそこまで考える必要はありませんでした。チェーンストアとして目標を掲げて号令をかけ、それを各地域、店舗で実行することで変革が起き、均質なオペレーションが生み出されていました。
このチェーンストア経営によりユニクロは順調に成長をとげていました。しかし、一方で、「これは本当にお客さまのためなのか」という議論がありました。
全世界で均質のサービスは不可欠ですが、東京に限定しても、都心の店舗と郊外の店舗で同じものが求められているのかと考えると、やはり違いました。都心と地方でしたらなおさらですね。生活スタイルも違えば気候も違うわけですから、当たり前です。
そこでつくった新しい仕組みが2014年3月に打ち出された「究極の個店経営」です。全世界共通のチェーンストアオペレーションの土台の強みを生かしつつも、各店舗が地域に根ざして地域のお客さまに愛される一番店を目指します。ほかのどこにもない「個店」をつくるのです。
少子高齢化の成熟市場日本で店舗数を拡大するのが現実的でない中、売り上げを伸ばすには一店舗当たりの売り上げを伸ばすしかありません。そのためには、地域ごとのニーズを深掘りした店に変えていかないと、お客さまの本当の意味での支持を得られない危機感がありました。
「究極の個店経営」の主役は店舗スタッフ
柳井さんは、「究極の個店経営」の主役は店舗スタッフと位置づけています。地域に根ざした店舗を目指すとなると、店長のみならずスタッフひとりひとりが地域に深く入り込まなければいけません。ただ本部から言われたことをきっちり実行するだけでは実現できないからです。
自分の頭で「より地域に合った売り場とは何か」「お客さまの期待に応える、あるいはそれを超えるためにはどんなことをするべきか」を経営者のマインドを持って考えなければいけません。
自分の働いている地域に合わせて、考える。究極の個店経営とは単なるお店の売り場の方針転換ではなく、働いている人たちに変革を促す、マインドを変化させる仕組みなのです。
もちろん、会社として方針を大きく転換させて、「これからは自分で究極の個店を目指してください」と言われてもそれですぐに実行に移せるわけではありません。戸惑う人も少なくないでしょう。
そもそも「個店経営」自体は珍しい発想ではありません。コンビニや総合スーパー(GMS)の一部にも2010年代中ごろから「個店経営」を目指す動きがありました。本部主導で、標準化された店舗を多店舗展開し、企業として成長を図る。そうしたチェーンストアの考え方をベースにしながらも店舗の役割を重視した組織運営を目指しています。
本部は企画立案機能を担って店舗がそれを実行する役割を担いますが、店舗は本部の指示通りにひたすら実行するのではなく、あくまでも店舗それぞれの商圏や顧客の特性、競合状況などに応じて、店舗ごとに動的に品ぞろえや売り場づくりを行う。ユニクロの「究極の個店経営」と重なります。
ただ、私の目にはGMSが個店経営をうまく実践できているようには映りません。既存の多くの店舗を大上段の方針(仕組み)を変えただけでガラッと一変させるのは簡単ではないからです。
ユニクロが特筆すべきは、「究極の個店経営」を実践するためにいくつかの仕組みを用意して、うまく機能させているところにあります。ユニクロが体制を一気に変えられた理由は、スタッフの教育の仕組みと雇用の仕組みを見直したところにあります。
店舗スタッフの教育はそれまでは店長に一任されていました。本部はノータッチで完全に店長任せなので、当然、教育にはバラつきが生まれます。教育に熱心な店長もいれば、ほとんど関心を示さない店長もいます。熱心でも教え方や内容は千差万別です。
そもそも、店舗スタッフは店長に言われたことを忠実にこなすことが仕事で、自分で考えることは求められていませんでした。店長が最前線である売り場に立ち、指揮官として、本部とコミュニケーションをとり、知恵を絞る。その施策を忠実に履行するのが店舗スタッフの役割でした。本部としても、スタッフ教育にそれほどコストをかける必要もなかったわけです。
「究極の個店経営」になっても組織図は一見変わりません。本部があって、店舗があります。スーパーバイザーやブロックリーダーと呼ばれる本部社員が、各店舗を支援する体制も変わりません。
ですが、誰が「主役」となり、どこを向いて働くのかが変わります。地域にいる店舗スタッフならではの独自の発想で、地域の顧客を呼び込み、その心をつかむことが成長のエンジンになります。
当然、店舗スタッフにしてみればマインドも行動も180度変わることになりますが、そうしたマインドや行動を教えられる店長はあまり多くいません。これまで現場教育に会社としてそこまで力を入れてこなかったのでこれは当然です。そこで、現場に任せ切りにするのをやめて、本部で仕組みをつくることになったのです。
「ユニクロの理念」を浸透させる
まず、私たちが何をしたかというと「ユニクロの理念」を理解してもらうように努めました。「企業として何をやろうとしているか、その背景にはどうした考えがあるのか」を理解してもらえないと、スタッフの人たちの行動を変えられないからです。人は「What」だけでは動きません。重要なのは「Why」です。
地域ごとに店舗スタッフを集めて、企業の方針を理解してもらうためのダイレクトミーティングを開催しました。ユニクロが「店舗スタッフを主役にした地域に根ざした個店経営」をなぜ目指しているかや、企業としての理念を伝えました。そのうえでユニクロの店舗で働く意味を考えてもらい、ユニクロの理念を「自分事化」してもらうことで、ひとりひとりに経営者マインドを根づかせるように試みました。
もちろん、スタッフだけ変わっても店長が旧態依然の考え方では成果は上がりません。店長は店長だけで集めて、「究極の個店経営」の考え方、つまりスタッフが主役の店づくりの意味を理解してもらいました。
それから各店舗で具体的に店舗スタッフを主役にした店舗経営をどのようにしていくかの試行錯誤が始まりました。大きな試みのひとつが、「部門担当制」です。
地域のことを一番よく知っている店舗スタッフにある特定部門(たとえばウィメンズのアウター)を担当してもらい、商品構成、売り場づくりを含めその商品群の経営を任せることでした。店舗の特定部門とはいえ、そこに関してはスタッフがひとりの経営者として行動することを求めたのです。
本部がいろいろ言うと押しつけになってしまうので、あくまでもスタッフ本人に行動してもらいました。店長は店舗スタッフの自律性を重んじながら店舗スタッフの成功を後押しする支援をしてもらいました。
当然、スタッフはこれまでと全く違う動きになります。ユニクロの店舗は「在庫を切らさない」が大原則としてあります。これは簡単に思われるかもしれませんがかなりハードルが高い仕事です。
「在庫を切らさない」を重視して、どのような商品でも大量に発注していたら、売れ残りの山になってしまいます。ニーズを先読みしながら在庫の強弱をうまくつけて販売計画を考える。そこからひとりのスタッフが責任を持って判断しなければいけないのです。
もちろん過去のデータを分析するなど、これまでの延長線上で判断できる部分もありますが、それだけだと機会損失を防げません。過去のデータからAIがベースになる販売計画は出してくれますが、AIはデータにもともとない状況には対応できませんので味つけが必要になります。既存のデータだけでは「本当はお客さまが欲しているのに、商品がないから呼び込めていない」状況は防げないのです。
スタッフの仕事は、経営者の仕事そのもの
ひとりひとりのスタッフの役割は、自分の担当分野でそうした機会損失を最小限にしながら、売り上げや利益を最大化することになります。カバーする範囲は小さいにしても、やっている仕事はまさに経営者の仕事そのものです。
スタッフは、それまでは店長に言われるがままに機械的に仕事をこなしていただけだったので大きな変化を求められますが、ものすごく特別なことを求められるわけでもありません。
重要なのは考えられるか、想像力を発揮できるかどうかです。どんなお客さまにこの店舗に来ていただけているのか、なぜこの店に来ていただけるのか、シーズンごとにどんなニーズを持っているのかを、自分で考えてみる、想像してみるのがファーストステップになります。お客さまのニーズを自分なりに考えてみます。
たとえば、「来週はこの地域では運動会が多いから、運動会に参加する保護者用のニーズを取り込む品ぞろえにしてみよう」と仮説を立てて動いてみます。もちろん、店全体での陳列や見せ方もあるので、店長も交えてそこは調整、修正します。
(宇佐美 潤祐 : 元・ファーストリテイリンググループ執行役員)