「社会への報復」なのか…北京の名門校でも 中国で続発する子ども狙った切り付け事件

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10月28日の夕方、「また子どもの切りつけ事件が起きた」という情報が飛び込んで来た。場所は北京の小学校だという。中国のSNS上には、複数人が刃物で刺されたという情報とともに、子どもが横たわっている動画が投稿され、瞬く間に拡散された。

【画像】SNSで拡散された事件の様子

「それにしても、続きすぎだろう…」

心の奥で、言いようのない不安が広がっていった。

中国便り27号
ANN中国総局長 冨坂範明  2024年10月

■現場は北京でも有数の名門校

SNSによると、事件が起きたのは、北京の北西部にあり、一流大学やIT企業が集まる場所として有名な「中関村(ちゅうかんそん)」と呼ばれる地域だ。その中でも、名門校として名高い「中関村第3小学校」の校門近くで、子どもなどが刃物で刺されたという。

情報をもとに急行した同僚によると周辺では、路面の血痕を洗い流す作業が行われていて、大勢の私服警官とみられる人物が確認できるという。さらに、「子ども2人と保護者1人がひどいけがで、地面に倒れていた」という証言も得ることができた。間違いなく、そこで事件が起きていた。

ところが同じころ、中国のSNS上では動画が次々と削除されていた。事件の影響が拡大するのを防ぎたい当局が、プラットフォームを運営する企業に、指示を出したとみられる。

ただ、警察当局も、広まってしまった事件を「なかったこと」にはできないと考えたのだろう。発生からおよそ2時間後には、事件の概要を発表した。

■「小学校」を思わせる記載はなし 容疑者は50歳男

警察発表では、事件の現場は「交差点の付近」、被害者は「5人の通行人」で、「そのうち3人が未成年」とされていた。「小学校」や「小学生」を思わせる記載は一切ない。ここにも、事件を大ごとにしたくない当局の意思が感じられる。幸い、刺された5人は命に別状はないという。

そして気になったのは、容疑者の年齢だ。「唐」という姓の男で、年齢は「50歳」だという。職に就いているかは不明だが、容易に考えられるのは、自らの境遇に不満を持つ中年の男が、名門校に通うエリート家庭を狙って、凶行に及んだというシナリオだ。

9月18日、広東省の深セン市で日本人学校の男児が襲われ死亡した事件では、容疑者は無職の男で、年齢は「44歳」だった。そして、深センの事件以降も、中国では「若者や青年」とは言えない年齢の男が刃物を使って子どもなどを襲う事件が、相次いでいる。

■上海、広州、寧波… 相次ぐ切り付け 

9月30日、国慶節の大型連休に入る前日に、上海市では「37歳」の男がスーパーマーケットで刃物で人を襲い、3人が死亡、15人が負傷した。

10月8日、広東省の広州市では「60歳」の男が小学校の入り口で刃物で人を襲い、2人の小学生と1人の女性がけがをした。

10月22日、浙江省の寧波市では「50歳」の男が刃物で登校中の女の子と母親を襲い、2人は病院に搬送された。

さかのぼると、6月に蘇州で日本人学校のスクールバスを襲ったのは、「52歳」の無職の男だった。
そのほかの事件では、犯人が職に就いていたかどうかは、いずれも明かされていない。また、動機に関しては、上海の事件に関して、警察発表に簡単な記載があった。

それによると、37歳の「林」という姓の男は「個人の経済的トラブルが原因で、上海に来てうっぷんを晴らすために」犯行に及んだという。経済的トラブルの内容までは明かされていないが、自らの不遇な境遇の憂さを晴らすために、見ず知らずの人たちを通り魔的に襲ったのだとしたら、許されない犯行だ。

■「社会に対する報復」か 背景に指摘される成長鈍化

こういった通り魔的な事件について、中国のSNSなどでは「報復社会」という呼び方がなされることが多い。文字通り、「社会に対する報復」のために、無差別的で、凶悪な事件を起こすという意味だ。そして、無差別と言っても、子どもが多く狙われている印象はぬぐえない。「社会に対する報復」の性格を持つ事件について、公式な統計はないが、多くの中国人の実感としては「10年前より増えている」という。

現在、中国では経済成長の減速もあり、35歳を過ぎると、再就職が難しいといわれている。一連の事件では、容疑者はいずれも35歳以上の男だった。

以前から中国は格差社会だったが、自分の生活が安定さえしていれば、「きのうの自分と比べて」暮らしが良くなっていることを実感し、社会に不満を持つことは少なかったのだろう。しかし今は、「きのうの自分」と比べて、今日の暮らしが良くなっていることが実感できず、社会に対する不満が高まりやすい状況なのかもしれない。特に、つぶしのきかない「35歳以上」の世代が挫折を経験すると、容易に絶望を感じる可能性がある。

また、こういった事件が起きても、容疑者の姓しか伝えられず、独自報道で事件の背景に迫るメディアも非常に少ない。日本であれば、テレビがトップニュースで、新聞各紙が1面で様々な角度から独自ネタを追いかけるような大事件でも、中国の報道はすべてのメディアを管轄する共産党の「宣伝部」に順番が決められている。特に新聞などの伝統メディアは、非常に画一的だ。

裁判は建前としては公開だが、定められたメディア以外が傍聴するのは非常に難しく、容疑者の動機が改めて伝えられる事件は非常に少ない。問題の根本が明らかにならなければ、対策を取るのも難しいだろう。

9月26日、中国共産党の幹部による政治局会議は、中国経済について公式に「新しい状況と問題が発生した」ことを認め、金融緩和や財政出動など、矢継ぎ早の対策を発表した。対策の中には、 失業者の就業対策や、低所得者への支援も含まれている。

一連の対策によって経済が好転するのか、そして弱い者に刃が向く社会を覆う重苦しい雰囲気は払しょくされるのか?犠牲者をこれ以上出さないためにも、社会が「報復」の対象から「希望」の対象へと変わっていくことを望む。