北京でも「小学生切りつけ」事件が発生 5カ月で「児童殺傷5件」“子どもと女性と日本人”が狙われる「中国治安」の闇
中国広東省深セン市での児童殺傷事件から40日あまりが経つが、いまだに児童を狙った犯罪が後を絶たない。一連の犯罪の共通点のひとつは、加害者のなかに犯罪歴を持つ者が多いということだ。中国は現在、深刻な経済不振に陥り、失業者が犯罪に走るなどして、逮捕者数は前年同期比約20%増と急増し、拘置所や刑務所は満杯状態で、新たな施設の建設ラッシュが起きている。
このようななか、刑期を終了した犯罪歴がある者の職探しは極めて困難で、自暴自棄に陥り、再び犯罪に手を染めるという悪循環を繰り返し、社会的にも「弱者」である女性や児童を襲うなどの凶悪事件が頻発している。なかでも、中国では「反日教育」の影響で、日本人は狙われやすいだけに、中国を旅行する際、日本人は特に警戒が必要だ。
【相馬勝/ジャーナリスト】
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【写真を見る】「服の色が分からないくらい血まみれに…」 凄惨な事件現場
広東省深セン市の事件から3週間後の10月9日、深センから約130キロ離れた広東省広州市で、再び小学生児童を狙った傷害事件が起きた。刃物を持った60歳の男が同日午後1時ごろ、小学校の校門の前で、5年生の女子児童と3年生の男子児童のほか、子どもの世話をしていた女性の3人を襲い、このうち女子児童は大けがを負った。事件が起きたのは昼休みに学校を離れた児童たちが授業に戻ってくる時間帯で、多くの子どもたちが校門の近くに集まっていたという。
犯人の共通点は犯罪歴
深センの事件との共通点は、犯人はともに犯罪歴があったという点だ。
中国メディア「財新網」によると、広州市の事件で逮捕されたのは60歳の無職男で、以前にも殺人未遂を起こして服役しており、出所後に今回の事件を起こしている。また、深センの事件の犯人も44歳の無職男で前科2犯。2015年に電信設備の破壊事件を起こし、19年には虚偽の事実によって公共の秩序を乱したために検挙されている。
さらに、浙江省寧波市で10月22日朝、登校中の女子児童とその母親が刃物を持った50歳の男に切り付けられて負傷し、病院に搬送される事件が起きている。現地報道によると、男は以前にも暴行罪などで刑務所に服役していたという。
首都でも通り魔
英BBCの集計によると、2010年以降、少なくとも17件の学校(大学を含む)で襲撃事件が起きており、そのうち10件は2018年以降に発生している。とくに、昨年は7月に広東省で刃物を持った男が幼稚園を襲撃した事件が起き、今年に入って6月に蘇州市で日本人母子が襲撃された事件、さらに前述の深センや広州、寧波の事件と立て続けに児童らの殺傷事件が起きている。
さらに、10月28日にも北京でやはり小学校を襲う通り魔事件が伝えられた。香港紙「星島日報」によると、同日午後3時20分ごろ、首都・北京市のなかでも、大学をはじめとする学校や教育施設が集中する海淀区の中関村第3小学校の校門前で、ナイフを持った男が下校時の児童や迎えに人たちに次々と切り付け、児童3人を含む5人が負傷。男は駆け付けた警官に逮捕され、負傷した児童らは病院に緊急搬送された。幸い死者はいなかった。逮捕されたのは50歳の男で、警察で動機などを詳しく調べている。
この事件を含め、今年6月以降の5カ月間に児童殺傷事件は5件起きていることになる。そのうち蘇州、深センの2件は日本人が被害者だ。
今年上半期の逮捕者18.5%増
中国最高人民検察院(日本の最高検察庁に相当)が発表したところでは、中国全土では今年上半期に36万7000人が逮捕され、76万1000人が起訴されている。これは、それぞれ前年同期比18.5%増と同6.8%増となる。また、中国最高人民法院(日本の最高裁判所)の発表によると、今年上半期に各地の裁判所で判決を受けた被告人の数は78万8000人で、前年同期比8.47%増となっている。
米政府系報道機関「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」によると、逮捕者を収容する拘置所では定員12人のところに20人から30人も詰め込まれているところがあるという。それは刑務所も同じで、ベッドの数が足りずに、床にじかに布団を敷いて寝ている者も出ている状態だ。中国公安省(日本の警察庁に相当)は今年1月、全国の拘置所は2300カ所以上あると発表しているが、このまま逮捕者が増え続ければ、すくなくとも現在の2倍は必要となる計算だ。
中国経済の停滞が逮捕者急増の原因
このような逮捕者の急増の背景には、今年に入って、不動産市況の不調を中心とした、中国経済の不振がある。不動産はこれまで中国経済のけん引役であり、不動産開発の進行や住宅の好調な売れ行きが建材や家具・家電などさまざまな分野に波及効果を与えてきた。しかし、この不動産市況が不調に陥ったことによって、失業者も増加。それに比例して犯罪も急増した。
中国では刑務所に服役して出所しても、就職難の現在、すぐに職に就くのは至難の業だ。このため、出所者が毎日の食事にも事欠くような状況が続くと、なかには自暴自棄に陥り、社会を恨み犯罪に走る者もでてくるということは、冒頭の深センや広州、寧波などの犯人が犯罪歴を持っていることでも分かる。特に、狙われるのは女性や子供で、その犯行現場は幼稚園や保育園、小学校などの学校であることはこれまでの犯人像からもはっきりとしている。
根強い反日感情
そのなかでも特異なのが、深センの事例でも分かるように、日本人を狙った犯行だろう。中国の交流サイト(SNS)上では、「日本人学校は治外法権の中で対中工作のスパイが養成されている」などという悪意や偏見に満ちたデマを主題とした、何百本という膨大な数の動画であふれている。中国では抗日戦争によって多くの自国民が犠牲になっており、いまだに対日感情は良いとは言えない。
特に、1989年に江沢民氏が中国共産党総書記に就任して以降、「愛国主義」という名のもとに「反日教育」が強化されてきた。これは現在の習近平政権でも継続され、「中国の夢」の実現というスローガンによって、愛国主義教育が大きな政治運動化している。
最近では北京の観光地「円明園」で中国人インフルエンサーや警備員が日本人観光客に「日本人は立ち入り禁止だ」などと難癖をつけて、追いかけ回すなどし、身の危険を感じた日本人観光客が彼らを振り切って逃げかえるという事件が起きている。
また、中国で粉ミルク製品のシェアナンバー1企業「飛鶴(フェイフー)」が日本の「協和発酵バイオ」と相互技術協力の意向書に署名し、「発酵ラクトフェリン」製造技術を共同開発する研究所の設立を発表したところ、中国のSNSでは「日本企業との提携などけしからん」「もう飛鶴の製品は買わない」などとのクレームが巻き起こり、「飛鶴が日本企業から出資を受けた」というデマが飛び交っている。また、日本の福島原発処理水の海洋放出と関連付けて「飛鶴が日本から原料を輸入している」「核汚染水が原料に使われる」などと主張し、消費者の恐怖心を煽る動きもでている。さらには「日本人に善意はない」「子供の健康を日本人の手に任せるな」といった批判が相次ぎ、飛鶴製品をボイコットする呼びかけも広がっている。
これらの例は一部の極端なものともいえるが、中国の民衆のなかには、反日教育の影響から「日本人=侵略者=悪」などとの思い込みがないとは限らず、さきの日本人児童殺傷事件にみられるように、今後、何らかの形で、反日感情が表面化する可能性も否定できないだろう。
相馬勝(そうま・まさる)
1956年生まれ。東京外国語大学中国語科卒。産経新聞社に入社後は主に外信部で中国報道に携わり、香港支局長も務めた。2010年に退社し、フリーのジャーナリストに。著書に『習近平の「反日」作戦』『中国共産党に消された人々』(第8回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞)など。
デイリー新潮編集部