鋳物の製造工場で働く男性社員(15日、埼玉県川口市で)

写真拡大 (全2枚)

 衆院選では多くの政党が最低賃金の引き上げを公約に掲げ、「1500円」がスタンダードのように扱われている。

 ただ、現状の1・4倍以上という高いハードルをどのように飛び越えるのか、現実的な方策は聞こえてこない。(秋田穣、岡田実優)

適正な「価格転嫁」実現を

 「原材料の価格転嫁もままならないのに、人件費を上げるのは厳しい」

 日本経済を支える中小企業がひしめく埼玉県川口市。護衛艦の部品などを作る鋳物製造業「石川金属機工」の石川義明社長(72)は、ため息をつく。

 原材料の調達価格は、2020年に比べ銅は2倍超、スズが約4倍に跳ね上がった。高騰分の上乗せについては理解が進み、取引先と交渉しやすくなったが、十分ではない。さらに人件費分の価格転嫁を求めても、交渉に応じてもらえないケースが多いという。

 業績は厳しいが、物価高に直面する従業員約50人の生活を守ろうと、23、24年と2年連続で賃上げに踏み切った。だが来年以降も続けられるのか、不安は募る。最低賃金の引き上げペースが加速すれば、自社の賃上げにも響くからだ。

 石川社長は「最低賃金の急上昇でしわ寄せが来るのは中小・零細企業。人件費を含め、適正な価格転嫁が実現するよう、政府には大手企業への指導を徹底してほしい」と訴える。

「30年代半ば」の目標前倒し

 物価高を反映し、最低賃金の全国平均は23年度に初めて1000円を突破した。岸田前首相が「30年代半ばまでに1500円を目指す」との目標を示したこともあり、24年度は1055円と前年より5・1%も上昇した。

 与党は衆院選公約で、政府目標の前倒しを掲げた。自民党公約は「最低賃金引き上げの加速」との表現だが、石破首相は「20年代に1500円」と表明しており、公明党は「5年以内」の達成を目指す。

 野党も、政府目標を意識した公約を並べた。立憲民主党は、適切な価格転嫁による底上げで「1500円以上」を、共産党は「1500円以上」としたうえで都道府県ごとに最低賃金が決まる仕組みから、全国一律制にして地域格差をなくすと訴える。れいわ新選組と社民党は、全国一律1500円を主張している。

「年7%上乗せ」の実現可能性

 与党の主張に沿い、29年に最低賃金1500円を達成するには、毎年平均90円、7%超の上乗せが必要だ。大和総研の熊谷亮丸・副理事長は「過去平均が2%台なのに、実現可能性があるのか」と懐疑的だ。

 各党は公約で「賃上げ分を価格転嫁できるよう下請け取引の適正化」(自民)、「大企業の内部留保に時限的に課税」(共産)といった手法を挙げるが、具体的とは言いがたい。企業が持続的に賃金を上げられるよう生産性を高める成長戦略も見えにくい。

 熊谷氏は「最低賃金を急速に引き上げると、特に地方企業の負担が重くなりすぎる。首相が重視する地方創生に逆行する恐れもある」と指摘する。

経済界でも割れる意見

 最低賃金(時給)を1500円とする考え方を巡っては、経済界でも意見が割れている。

 経済同友会の新浪剛史代表幹事は18日の記者会見で、「(1500円を)払えない経営者は失格ということだ」と厳しく指摘した。同友会は3年以内の1500円達成を提言している立場で、人手不足の企業が賃金を引き上げることにより、人材の流動化を実現させたいとの思いがある。

 これに対し、中小企業が会員の大半を占める日本商工会議所の小林健会頭は、「最低賃金を引き上げていくという方向に異論はない」としつつ、「一番の問題になる(中小の)支払い能力を検討してほしい」と慎重な姿勢を示している。

 中小は日本の働き手の約7割を雇用し、地方の生活を支える商業インフラを担っているケースも多い。人件費の負担が増えれば廃業などを選択せざるを得ない中小が増える可能性もあり、急速な引き上げに対する警戒感は根強い。