Ado(撮影=Viola Kam[V’z Twinkle])

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 7月から全国9都市を回ってきたAdo初の全国アリーナツアー『Ado JAPAN TOUR 2024「モナ・リザの横顔」』が10月13日、神奈川・Kアリーナ横浜で千秋楽を迎えた(延期となった愛知公演の振替は12月に行われる)。

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 Adoは本編最後のMCでこのツアータイトルについて「(絵画の)モナ・リザの横顔を知るものはひとりもいない」という由来を語り、このツアーを「新しい一面を見せる」ためのものとして位置付けていると口にしていた。その言葉どおり、この日Kアリーナに立ったAdoは、たしかにこれまで見せたことのない姿をオーディエンスに見せ続け、自ら未来を切り開いていくようなエネルギーを放っていた。

 その「新しい一面」は、Adoが登場する前から始まっていた。今回のツアーにはオープニングアクトとしてAdoがプロデュースする5人組レトロホラーアイドル・ファントムシータが全公演出演。今年6月25日にデビューが発表されたばかりの彼女たちにとって、このツアーが初ステージとなった。歌い手として前人未到の領域を開拓してきたAdoが、プロデューサーとしてどんな表現を生み出していくのか。その全貌が見えるのはおそらくまだ先かもしれないが(ファントムシータは11月1日に日本武道館で初単独公演を迎える)、彼女たちのすでに確立された楽曲の世界観やビジュアルイメージには、間違いなくAdoの脳内が強烈に投影されている。このプロデュースワークもまた、“歌”とは異なる形での彼女の表現なのだ。わずか2曲、ごく短いパフォーマンスではあったが、オーディエンスもこの新たなグループに熱狂。5人はそれぞれに嬉しそうな表情を浮かべながらステージを降りていった。

 ファントムシータが去ると、いよいよ『モナ・リザの横顔』が始まっていく。オープニングムービーとともに、ステージ中央にボックスがせり上がってくる。バンドが鋭いサウンドを鳴らすなか始まった1曲目は「心という名の不可解」だった。今年4月に国立競技場で開催された『Ado SPECIAL LIVE 2024「心臓」』ではアンコールの最後に歌われてきたこの曲をど頭に持ってくるという構成自体、新たなAdoを見せるというメッセージだったのかもしれない。当然客席はイントロが鳴った瞬間から沸騰状態。激しく身体を動かしながら歌うAdoも、のっけから感情を爆発させるようなパフォーマンスで圧倒していく。さらに畳み掛けるように繰り出される「逆光」「唱」というパワフルな楽曲たち。いきなりパワープレーのような展開に、Kアリーナの興奮度合いは天井知らずで上がっていったのだった。

 「ウタカタララバイ」での早口ラップパートで歓声を浴び、ギターサウンドが冴え渡るロックチューン「リベリオン」では大合唱を巻き起こし、かと思えば「会いたくて」ではペンライトが揺れるなか包容力のある壮大な歌声を届け……曲ごとにさまざまな表情を見せながらライブは進行していく。ダンスするAdoのシルエットが楽曲を軽やかに盛り上げた「フェイキング・オブ・コメディ」に、ボックスのなかで椅子を使ってパフォーマンスした「ハングリーニコル」と、声のみならず身体全体を使って音楽を表現していくAdo。「ルル」の最後に椅子の上に立ち上がりそこからジャンプして曲を終えると、客席からは割れんばかりの大歓声が湧き起こった。

 と、ここで、Adoが入っているボックスが下に沈んでいく。それと入れ替わるようにして、横幅10メートルくらいはあろうかという巨大なボックスが現れた。Kアリーナ自体が巨大なのでわかりづらいが、このボックスだけで大型ライブハウスのステージと同じくらいの大きさはあるだろう。その広くなった空間で、Adoのパフォーマンスはさらに飛翔していく。大きく動き回りながらの「アタシは問題作」ではアクションにも声にもさらなる力感が宿り、オーディエンスのシンガロングも広がった「クラクラ」では鮮やかなロングトーンを響かせる。パフォーマンスの躍動感が増すにつれて会場の一体感もどんどん上昇。「夜のピエロ」のTeddyLoidによるリミックスバージョンが鳴り響き、アップリフティングなビートが場内に鳴り響く頃には、Kアリーナは最高潮を迎えていた。

 ポップな映像とともに「オールナイトレディオ」を届けると、「Value」を経てライブはラストスパートへと突入していく。ここで披露されたのが、2022年のまふまふのトリビュートアルバムでAyase(YOASOBI)とコラボレーションしてカバーしていた「立ち入り禁止」。言うまでもなくまふまふはAdoにとってとても重要なクリエイターであり、その歌声にもさらに力と感情が乗っているように聴こえる。さらにその「立ち入り禁止」に続いて聴こえてきたのは「0」。アルバム『残夢』のラストに収められた楽曲だが、これまでライブで歌われることは一度もなかった。イントロが鳴り出した瞬間に場内にどよめきのような声が起きたのも当然だが、それ以上に驚いたのがAdoのパフォーマンスだ。スキャットのような早口ボーカルと、トライバルなリズム。かなり複雑な楽曲だが、それを彼女はノリノリで超えていく。あらためてAdoというアーティストの底力を見るような瞬間だった。

 「0」を終え、ついにAdoが話し出した。「みなさんこんばんは、Adoです」という挨拶から始まったMCは、「私の新たな一歩を見届けていただいて嬉しい気持ちでした」とライブを駆け抜けてきた感慨へと続いていった。初のワールドツアーに国立競技場でのワンマンライブなど、彼女はこの2024年も数々の挑戦を重ねてきた。そのなかでたくさんの意見や言葉に触れ、「自分がどう見られているか、どう思われているかに向き合って過ごすことができた」のだという。数々の金字塔を打ち立ててきたAdoだが、その挑戦はまだまだ終わらない。「今を人生の最高点にはしたくない。私はまだまだ私のことが嫌いです。昔よりはマシだと思っていますが、私はいつか、ちゃんと自分を愛せるようになって、たくさんの人のためになりたいと思っています。自分の存在が誰かのためになれたら、私は私を好きになれる」――。自分を愛するために、自分を知り、その自分を塗り替え、今まで見せていなかった“横顔”も見せていく。それがこの「モナ・リザの横顔」というツアーに込められた思いであり、この日Kアリーナで彼女が繰り広げたパフォーマンスの意味だ。

 「“できない”を“できる”にして未来に進んでいきます。みなさんが考える私とは違う一面が出てくるかもしれません。わがままなお願いですが、ちゃんと未来に進んでいるんだなと思ってもらえたら嬉しいです」。そう伝えると、Adoは深々と一礼。そうして歌われたのが「FREEDOM」だった。〈嫌われないように/ビクビク下ばかり見ていたって/何も変わんないさ/迷わずに突き進め STEP & STEP〉――Adoの姿勢を楽曲が支え、補強するようにして、ライブ本編は終わりを迎えた。

 だが、Adoの「新たな一面」はこれでは終わらなかった。アンコール、スクリーンに青いストラトキャスターをかき鳴らすAdoの手元が映る。ボックスが取り払われたステージに立つ彼女のシルエット。文字通り今まで見たことのないAdoの姿に、驚きと感嘆の入り混じった歓声が上がる。そうして突入した「Hello Signals」から始まったパフォーマンス、続いて演奏されたのは結束バンド「あのバンド」のカバーだった。ステージに立ってギターを弾いて歌うというまさに“バンド”な姿に、これほどぴったりな楽曲もない。さらにAdoはアコースティックギターに持ち替えて「向日葵」を披露。シンガーソングライターのみゆはんが提供した楽曲だが、その美しいメロディはAdoがこうやって歌うことを待っていたかのようだ。当然、歌い方が変わればその印象も変わる。感情を溢れさせるようないつものAdoの歌もいいのだが、ギターに託しながら丁寧に音を紡いでいくようなその歌唱には新鮮な魅力がある。

 先ほど弾いていたストラトは彼女が13歳の頃に初めて買ってもらったギターだと明かし、「自分が背を向けてきたことにもう一度向き合う」という思いを語るAdo。さまざまなイメージがひとり歩きするなかで高まった「私はここにいてちゃんと自分の足で立っている。過去の自分も未来も愛したい」という思いを消化するべく、ライブの最後に「私の横顔とともに」歌われたのが、Adoが初めて世に発表した自作曲「初夏」だった。思いの丈を曝け出すような歌詞と、感情を込めた歌がKアリーナに広がる。誰も見たことのないAdo、しかし間違いなくAdoそのものがそこにはいた。これまでも自らの手で未来を開いてきた彼女だが、このツアー、そしてそこでこの曲を歌ったことは、Adoの物語の新たな転換点となるだろう。そんな確信とともに『モナ・リザの横顔』は終幕を迎えたのだった。

(文=小川智宏)