木曜劇場『わたしの宝物』©フジテレビ

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 美羽(松本若菜)と同じ状況に陥った場合に、自分だったらどんな選択肢を取るだろうか。

参考:松本若菜、“悪女の顔”を演じる覚悟 三竿玲子Pと挑む主演ドラマ『わたしの宝物』への思い

 「托卵妻」というセンセーショナルなテーマゆえ、もっとドギツイ展開が待ち受けているのかと思いきや、思わず冒頭の自問自答をしていたほどに身近に感じられた『わたしの宝物』(フジテレビ系)第1話。

 夫・宏樹(田中圭)の希望で仕事を辞め、専業主婦になった美羽だが、生活の主導権は完全に宏樹に握られており、子どもの希望についてさえまともに話し合いができない。

 夜遅くに急に部下を引き連れて二次会会場代わりに帰宅する昭和の名残のような感覚が未だ健在で、自分の不機嫌をそのまま撒き散らし、美羽に一方的に気を遣わせる宏樹。しかも宏樹がタチの悪いのは、なぜ不機嫌なのかの理由の説明や話し合いは皆無ながらも、ただただ“自分が不機嫌である”事実だけを言動で全身から訴えること。いわば赤ちゃんと同じだ。そして妻という最も近い家族に気を遣わせることを厭わないし、むしろそれが当然だと完全に勘違いしている。さらにはなんとか妻がその場の空気が重くならないように笑顔を作れば、「笑うなよ」と今度はその笑顔に苛立ちをぶつける。幼稚で未熟な男が妻から経済力を取り上げた上で、完全に甘えているのだ。

 大手商社に勤務し外面ばかりいい宏樹は、美羽のことを家政婦かのように扱い、「こんなこともできないのかよ」と罵倒するが、それは完全にモラハラだ。“モラ夫”の顔色を窺いながら地雷を避けて、常に彼独自の“正解”を探そうと会話する美羽は、自身の気持ちなんて後回しで、自分がどんどん無色透明になっていくような感覚に襲われていたのだろう。

 そんな中、たまたま中学時代の幼なじみの冬月(深澤辰哉)と再会する。美羽の前では神経質なところばかりが目立つ宏樹とは対極で、冬月の眼差しの先には陽だまりが自然と出来上がるような、そんなあったかさが滲む。

 仲間とフェアトレードの会社を経営し、その経営を人に預けて間もなくアフリカに学校を建てに行くというキャリアや、人生の選択も、宏樹とは正反対と言える。

 自身が主催者のフリーマーケットで美羽のハンドメイド品を販売してみるように声を掛けてくれたり、当たり前に美羽のリアクションを確認してくれ、双方向のコミュニケーションが成り立っている。「夏野」と美羽のことを出会った頃の旧姓で呼び、酢こんぶなど当時の2人の共通の思い出アイテムを使って励ましてくれようとするさまには、心の中にじんわりと温かいものが広がる。美羽にとって、どれだけ救いになったことだろう。

 自分との今さえ蔑ろにする夫と、もう何十年も前のことなのに中学時代の自分との思い出を忘れずに大切に覚えてくれている冬月。そして期限付きの再会に「初恋の人で今も特別な人」発言まであれば、美羽の頭の中には考えても仕方のない“if”がいくつもよぎったことだろう。

 ただ、一線を越えるきっかけも雰囲気も皆無だった2人を結びつけたのも、やはりモラ夫・宏樹の暴走だった。こっそりとフリーマーケット会場に見学に来ると、美羽が自分の前では見せないような笑顔で接客する様子に耐えられなくなり、その場を後にする。そして自分の知らないところで妻が生き生きしていると、途端に焦り始め自信を失ったのか、突然無理矢理に抱こうとする。美羽の拒絶を力づくで解き行為に及ぶ宏樹の中にあるのは、もちろん愛情なんかではない。支配欲と所有欲のみだろう。

 明け方トボトボと一人彷徨う美羽の顔からは表情も温度も消え、まさに空っぽだ。近しい相手から尊厳を奪われ続けていたことをはっきりと自覚してしまった美羽は、冬月の言う通り“宝物をなくしてた”ことに気づいてしまう。

 美羽との思いがけない再会を「神様がくれたプレゼント」だと憚ることなく言ってくれた冬月と彼女との間に、間もなくもう1つの思いがけないプレゼントで宝物がやってきた。お腹の子の父親が冬月とわかったすぐ後に、なんとアフリカで起きた爆発事故によって冬月が犠牲になったことを知るジェットコースター展開に、美羽の中で迷いが吹っ切れたようだった。まるで彼の生まれ変わりかのように自分のお腹にやってきてくれた子を、美羽だって一人で育てたいのは山々だろう。しかし、今の自分には仕事もなければ子どもの養育費だけでなく、宏樹が払ってくれている母親の入院費に借金などを考えると、一人で子育てすることはあまりに非現実的すぎる。

 宏樹を騙して托卵妻になることを決意した彼女の嘘と覚悟を、他人が無責任に批判できるものではないだろう。そして宏樹に「あなたの子よ」と言い切った美羽は、既に見違えるほどに強くなっている。

 さて、この決断がそれぞれにどんな影響をもたらすのか。冬月亡き今、彼はどんなふうに物語に関わり登場するのか。また切ないのは、宏樹も以前は冬月のように一緒に涙してくれる優しさに溢れていたらしいところだが、何があって今のような全く別人かのような宏樹になってしまったのか。宏樹側の事情も気になるところだ。(文=佳香(かこ))