再開発したら20億円以上!?...資産家女性の土地に群がる《地上げ業者》、この土地に《地面師》が目を付けたワケ

写真拡大 (全5枚)

今Netflixで話題の「地面師」...地主一家全員の死も珍しくなかった終戦直後、土地所有者になりすまし土地を売る彼らは、書類が焼失し役人の数も圧倒的に足りない主要都市を舞台に暗躍し始めた。そして80年がたった今では、さらに洗練された手口で次々と犯行を重ね、警察組織や不動産業界を翻弄している。

そのNetflix「地面師たち」の主要な参考文献となったのが、ノンフィクション作家・森功氏の著書『地面師』だ。小説とは違う、すべて本当にあった話で構成されるノンフィクションだけに、その内容はリアルで緊張感に満ちている。

同書より、時にドラマより恐ろしい、本物の地面師たちの最新手口をお届けしよう。

『地面師』連載第27回

『16億円の資産家を狙った《地面師詐欺》に不動産業界が震撼...新橋の資産家女性はなぜ《白骨遺体》で見つかったのか?』より続く

群がった地上げ業者

事件の経過を追う前に、まずは地主である高橋家の歴史と土地の状況を簡単に振り返っておこう。教師だった父親が他界すると、高橋家が所有してきたマッカーサー道路から通り一本入った新橋4丁目の土地の一角に、4階建てのテナントビルが建てられた。それが1961年11月のことだ。もともと残された母と娘には都心にテナントビルを建ててひと儲けしようというつもりなどなかったのだろう。ビルを建設したのは高橋家とは関係のない「有限会社吉川加工」で、同社がそのまま建物を所有し、テナントを入居させて高橋家に借地料として敷地の地代を支払ってきた。

一般に土地の賃貸料は固定資産税の3〜4倍といわれる。新橋駅に近いこのあたりの地代は、安く見積もっても一坪あたり月額1万5000円以上する。平均的には2万円前後だ。ビルの敷地が40坪とすると彼女たちにはひと月80万円前後の地代が入ることになり、母と娘の2人で暮らすには、十分だった。

土地運用に興味のない娘が地主に

実際の地代はあくまで地主と借り主のあいだで決められるため、相場の何倍というケースもめずらしくない。とりわけ90年前後のバブル期の相場は50坪あれば地代がひと月数百万円というケースもざらだった。

だが、逆にバブル崩壊後は、そうはいかない。古ぼけたテナントビルは、櫛の歯が欠けるように店子が出ていった。東京都内で幅広くビジネス展開している、ある不動産ブローカーに会うと、新橋事情に詳しかった。こう話した。

「高橋さんはバブル崩壊後にも地代を倍に上げようとしたみたい。でも、ただでさえテナントが埋まらないビルのオーナーにしてみたら、値上げなんてとんでもない。それで揉めているうちにお母さんが亡くなってしまった。それでもともと賃貸業などやる気のない高橋(礼子)さんは新橋を離れてしまったのです」

本来、手元に現金があれば、建物の所有者に立ち退き料を支払ってビルを建て替える手もある。が、彼女にそこまでの事業欲があるわけでもなく、またその気もなかったようだ。くだんのテナントビル取引にかかわった不動産業者の一人、鶴橋保(仮名)が、こう打ち明けてくれた。

「高橋さんはちょっと変わった人でした。20年前にお母さんを亡くした彼女は帝国ホテルで一周忌の法要を済ませると、家を出ていったのです。で、近所の商店街との付き合いもしなくなった。町内会の行事に出てこないのはともかくとして、町内会費まで滞納するようになって町内会が困っていたそうです」

東京五輪招致で地上げ合戦が過熱

彼女は自宅に寄り付かなくなり、次第に生活が乱れていく。かつて高橋家の所有していた葉山の別荘なども放置し、放浪暮らしを始めた。新橋に近い帝国ホテルや東京プリンスホテルを定宿にし、渋谷のエクセルホテル東急にまで足を延ばして都内の高級ホテルを泊まり歩くようになったという。

その情報を嗅ぎつけたのが、再開発を目論む地上げ業者であり、地面師だった。地上げを生業とする先の鶴橋は、さすがに彼女の周辺事情もよく知っていた。高橋礼子の所有する新橋の土地は、再開発を目論むデベロッパーたちが目を付け、立ち退きや地上げ交渉を繰り返してきた地域だった、とこう続けた。

「あそこは、多くの不動産業者が狙いをつけてきた業界の注目物件でした。さらにそこへ都心の再開発ブームが起きたので、動きが激しくなったのだと思います。多くの業者の狙いは、自宅のある5丁目ではなく、テナントビルの建っている4丁目の土地でした。公示価格で8億円以上あるので、そこを再開発できれば、その数倍の価値を見込める。少なくとも20億〜30億円の価値に化けると目されていました」

2013年には東京五輪の招致が成功し、地上げ合戦に拍車がかかった。

難航する地上げ交渉の裏で…

都心の再開発プロジェクトでは、大手の開発業者が自ら物色した土地に計画を立て、知り合いの不動産業者に地上げを依頼するパターンと、地上げ業者が土地をまとめあげ、開発業者に売り込むパターンがある。この土地の場合は後者のケースだ。まず地上げ屋やブローカーが先行してマッカーサー道路沿いに長方形の土地をまとめ、それを高層テナントビル用地として売り込もうとした。

「再開発に興味を示していたのが、NTTグループでした。で、誰が土地を取りまとめてNTTへ売り渡すか、ブローカー連中が争い合っていたのです」

前出の鶴橋はそう話した。高橋家の土地をめぐり、多くの業者が入り乱れた。

「そうして地上げ業者や不動産ブローカーが、入れ代わり立ち代わり地主の高橋礼子さんにアプローチしていった。ただ、彼女は家にいないので、なかなかつかまらない。なんとかホテルにいるところを見つけ出して交渉しても、彼女はいっさい取り合わず、首を縦に振らなかった。だから、計画がなかなか進まなかったのです」

再開発計画は、他の多くのそれと同じように、虫食い状態では進められない。なかでも高橋家の土地は角地にあり、再開発に欠かせなかった。彼女が土地の売却に同意しないので、計画そのものが進まず、事実、再開発計画はほぼ頓挫していたという。

そして、そこから地面師たちによる“悪だくみ”の芽が生えた。

『「泥沼化する《数十億円の借地権》をめぐる争い」土地の所有者はアルコール依存症に...不動産ブローカーたちの《謀略》が「新橋の白骨死体事件」へと繋がっていく』へ続く

「泥沼化する《数十億円の借地権》をめぐる争い」土地の所有者はアルコール依存症に...不動産ブローカーたちの《謀略》が「新橋の白骨死体事件」へと繋がっていく