患者も心理士も悩む「カウンセリング自費診療」の壁…漫画家・三森みさが伝えたい「複雑性PTSD」の難しさ【当事者対談】

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持続的な虐待やDVなどのトラウマ体験がきっかけとなって発症し、悪夢や感情のフラッシュバックなどが引き起こされる複雑性PTSD。

漫画家・三森みささんは自身の治療経験をコミックエッセイ『いいかげんに生きづらさを終わらせたい:トラウマ治療体験記』で赤裸々に公開。治療に繋がることの大切さを呼び掛けている。

前編記事『性加害のトラウマと向き合った漫画家が伝えたい「複雑性PTSD」の「想像を絶する症状」との向き合い方【当事者対談】』では自身も複雑性PTSDである筆者が三森さんに、受けた治療法や複雑性PTSDとの向き合い方について取材した。後編の今回は、治療を受ける中で当事者が感じた問題点を伝えつつ、生きづらさを解消したいと悩む当事者にエールを贈る。

患者も心理士も悩む「壁」

古川(筆者):カウンセリングって、どんな感情でも吐き出していい特別な場所ですよね。実は私、通い始めた頃、週1回の頻度で通わないと生きていけなくて、「依存しちゃったらどうしよう」と不安になったことがありました。三森さんはどうでしたか?

三森みささん(以下、三森):その不安感、分かります。私は依存症の自助グループに参加した時、これまでの全部を吐き出さないと、という衝動が強かったので…。心理療法も心と向き合う衝撃が強烈なので、依存が不安になる人やめげそうになる人も結構多いのでは…と感じます。

古川:そうですよね。私の場合はカウンセラーに「みんな、そうやって不安になるけど、ちゃんと離れていけるから大丈夫だよ」と言ってもらえて、少し楽になりました。実際、治療が進むうちに通院の期間を自然と空けられるようになってホっとしました。

三森:カウンセリングは自費診療なのも、辛いですよね。トラウマを抱えている人の中には、日常生活がままならない状態で保険診療しか難しい方も少なくないですし。

古川:公認心理師という国家資格ができたものの、日本では心理士の価値がまだ低いことが問題点ですよね。

三森:はい。習得するスキルの違いもあるそうですが、アメリカとは違って日本の心理士は高給ではないので、保険診療となると心理士の方々も生活が苦しくなってしまい、良いサイクルにならないことが歯がゆいですね。

古川:あと、一口にカウンセラーや精神科医といっても質の違いも大きいことも問題点ですよね。私が出会った精神科医みたいに頼ったことで逆に心が傷つき、治療に繋がることを避けてしまう人もいると思います。

三森:そういう話、聞きますよね。私の場合はトラウマ治療に関する知識を持った心理士の方が声をかけてくださったので、運が良かったのだと思います。

「いい心理士」の見極め方

古川:心の治療は、カウンセラーとの相性も重要ですしね。どこをどう見て、「いい心理士」を見極めればいいのかって難しい部分もありますが、三森さんとしてはどんなポイントが重要だと思われますか?

三森:やっぱり、話をちゃんと聞いてくれる人だと思います。単純に安心できますしね。心理士の方でも習得しているスキルや得意分野は違うので、何をもって「いい心理士」と判断するのかは難しいところがありますが、力関係が違いすぎると感じたり、納得できるリアクションが得られなかったりする場合は通院の継続を見直すことも大事だと思います。

古川:この機会にお伝えしたいんですが、三森さんが治療体験を描かれた著書、私にはすごく響きました。得体の知れない生きづらさに苦しんでいたのは、自分だけじゃなかったんだと思えて。

三森:ありがとうございます。実は私自身、精神的にキツかったからか長い間、字が頭に入って来なくて活字が読めなかったんです。だから、似たような当事者の方でも読めるように漫画にしようと思って。

古川:なるほど。そういう理由があったんですね。

三森:知識が得られる医療系の書籍って、じっくり読まないといけないことも多いじゃないですか。でも、フラッシュバックしている時に、そういう本を読むのは難しいこともありますよね。だから、当事者が生き延びるために必要な知識を入れ込んだ読みやすい作品を作りたかったんです。

古川:気遣いから生まれた作品だったんですね。

三森:精神世界や心理療法って言葉で伝えることが難しいし、「怪しい」と誤解されてしまうこともある。実際、私も心理療法の話をした時、心配されました。でも、漫画にしてSNSで公開したら、「これを求めてた」という声を多くいただけて。

表に出すことが大事

古川:まさに、私もその気持ちでした(笑)もし、読者の中に「自分も複雑性PTSDかも…」と思った方がいたら、三森さんはどんなアドバイスを送られますか。

三森:まず、自己判断せずに確定診断は病院で行ってほしいです。私は自分の体験を語ることでしか背中を押してあげられないけれど、この作品がノンフィクションであることに意味があると思っています。

古川:私は心の状態は安定してきたんですが、複雑性PTSDと知らずに今まで苦しんでいた時間を振り返ると、あまりにももったいなくて悲しくなることがあるんです。そういう気持ちとは、どう向き合ってこられましたか。

三森:全部が自分にとって必要なことだったんだと思いました。地獄みたいなことばかりで嫌な思いもたくさんしたけれど、それらがなければ、自分にはならなかったんだと。

表に出して初めて消化される想いって、あると思うんです。だから、こういう方法でしか生きづらさを解消できなかったという想いも、表に出すことが大事。そうすれば、自分の中で積み重ねてきた物語が消化されて終わるのだと思います。

古川:たしかに。どんな自分も想いも“私の一部”ですもんね。

三森:そうです。みんなでちゃんと回復していきたいですね。

自分のための人生を生きられない人に

なぜ、自分だけがこんなにも苦しみ続けなければならないのか。加害者ではなく、苦しめられた側の自分がどうして、金銭的な負担を感じてまで痛みと向き合わなければならないのか。複雑性PTSDの治療では、そんな苛立ちや憎しみが募ることもある。

だが、そうした苦しみを味わうことになると知っていても、いち当事者としてはひとりでも多くの方に心の治療と繋がってほしいと願わずにはいられない。雨の先では、これまで見たこともない虹のような景色に出会えるから。

自分のための人生を生きられていない。理由は分からないけれど、置き去りにしてきた自分がどこかにいるような気がする。そんな言葉にならない苦しみを抱えている方に、本稿や三森さんの著書が届くことを祈る。

性加害のトラウマと向き合った漫画家が伝えたい「複雑性PTSD」の「想像を絶する症状」との向き合い方【当事者対談】