腸内で作られる「長寿物質」ポリアミン…?!認知症予防研究から見えてきた「驚きのメカニズム」

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「お腹の調子が悪くて気分が落ち込む」という経験がある人は多いのではないだろうか。これは「脳腸相関」と呼ばれるメカニズムによるものだ。腸と脳は情報のやりとりをしてお互いの機能を調整するしくみがあり、いま世界中の研究者が注目する研究対象となっている。

腸内環境が乱れると不眠、うつ、発達障害、認知症、糖尿病、肥満、高血圧、免疫疾患や感染症の重症化……と、全身のあらゆる不調に関わることがわかってきているという。いったいなぜか? 脳腸相関の最新研究を解説した『「腸と脳」の科学』から、その一部を紹介していこう。

*本記事は、『「腸と脳」の科学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

「長生きできるか」を左右する腸内代謝物ポリアミン

こうした研究から、認知症の発症と相関関係のある腸内代謝物の一つとしてポリアミンが同定されました。ポリアミンは、プトレッシン、スペルミジン、スペルミンの総称で、すべての生き物の細胞で合成され、細胞の増殖や分化など、細胞のさまざまな生命活動に関わっています(※参考文献4-7)。ポリアミンは細胞を正常に保ち、生命活動を維持するのに必要不可欠な物質です。

残念ながら、ポリアミンを産生する能力は、加齢とともに低下していきます。ちなみにポリアミンは、さまざまな食品にも含まれていて、小麦胚芽や納豆、大豆、熟成チーズやキノコ、エンドウ豆、ブロッコリーなどにも含まれています。

細胞を構成しているタンパク質は、時間とともに自然に壊れてしまうのではなく、一定時間後に細胞によって能動的に分解されます。つまり私たちは、タンパク質の合成と分解のバランスによって生きています。このタンパク質の分解には、寿命の短いタンパク質の分解を司るオートファジーと呼ばれるしくみと、寿命の長いタンパク質(ほとんどの細胞を構成するために必要なタンパク質)の分解を司るプロテアソーム系と呼ばれるしくみがあります。

オートファジーとは

オートファジーは、細胞内に異常なタンパク質が蓄積するのを防いだり、過剰に合成したタンパク質を除去したり、栄養環境が悪化した場合、自分自身のタンパク質を分解してエネルギーを産生したりすることに役立っています(※参考文献4-8,4-9)。なお、オートファジーのしくみを解明した大隅良典博士は、2016年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

このオートファジーの機能の調節に、ポリアミンが重要な役割をしています。具体的には、細胞内で増加したポリアミンが、オートファジーを促して細胞内に蓄積した老廃物を取り除くように作用し、細胞内の環境をよい状態に保つことがわかったのです。

ヒトのさまざまな臓器や組織にもポリアミンは含まれていますが、そのポリアミン濃度(とくにスペルミジン)は、加齢とともに減少します(※参考文献4-10)。30〜50歳代の血中スペルミジン濃度の平均値は、60〜80歳代の平均値と比較して約3倍高くなっています。

一方で、90〜100歳超の平均値は、30〜50歳代の平均濃度と同程度であることが報告されています(※参考文献4-11)。どうしてかというと、90〜100歳超でスペルミジンの合成量が増加するというわけではなく、血中のスペルミジンを高濃度に維持できた人だけが長く生きることができるということを示唆しています。

これらのことから、老化に伴い細胞内のポリアミンの濃度が低下することで、老化によるさまざまな現象、例えば心疾患や認知症などが引き起こされるのではないかと考えられるようになりました。

ポリアミンを補充したら記憶学習能力がアップした

では、加齢によって体内で産生されるポリアミンの量が低下するのは、仕方のないことなのでしょうか? じつは、体外からポリアミンを補充することができるのです。実際、先ほど紹介したように、さまざまな食品にポリアミンは含まれています。腸内マイクロバイオータもポリアミンを産生します(※参考文献4-12)。これら体外由来のポリアミンは、ヒトの場合、小腸や大腸から吸収され、血中へ移行します(※参考文献4-13)。

そこでポリアミンを培養液や餌などに添加して酵母やショウジョウバエ、線虫に与えたところ、寿命が延びたのです(※参考文献4-14)。また心疾患モデルマウスにポリアミンの一つ(スペルミジン)を経口投与したところ、心機能が改善されました(※参考文献4-15)。

小規模な臨床試験ですが、体格指数(BMI)が高め(つまり肥満気味)のヒトに、腸内のポリアミン濃度を高めることができる、ある種のビフィズス菌とアミノ酸の一つであるL−アルギニンの混合物を摂取してもらうと、動脈硬化に対して予防効果があることも報告されました(※参考文献4-16)。

またポリアミンが認知機能にも作用するか、研究が進められました。ヒトと同様に、マウスも高齢になると認知機能が低下します。そこで高齢マウスにポリアミンの一つであるスペルミジンを経口投与し、認知機能への影響が解析されました。

ヒトの脳にもマウスの脳にも、血中に含まれる病原体や有害物質の侵入を防ぐためのバリア機能として血液脳関門という構造があります。そのため、経口投与したスペルミジンが脳内に到達するかどうかはわかりませんでしたが、解析の結果、経口投与したスペルミジンが、マウスの脳に直接到達していることがわかりました。

そこでスペルミジンを経口投与し続けた高齢マウスに認知機能テストを行い、認知機能にどのような効果が見られるのか確かめました。その結果、空間学習能力や記憶力に改善が見られたのです。これは、脳の海馬と呼ばれる記憶学習を司る部位のニューロンが、ポリアミン(スペルミジン)の摂取により活性化されやすくなっており、その結果、弱い刺激でも効率的に記憶学習が起こるように変化していたのです。

記憶学習能力とオートファジーの関係性

ショウジョウバエもヒトやマウスと同様に高齢になると記憶学習能力が低下します。そこで、高齢ショウジョウバエにスペルミジンを与えたところ、嫌いなにおいを記憶する能力が向上しました(※参考文献4-17)。ニューロンの活性がどのように変化したのか解析すると、マウスと同様に、弱い刺激でも記憶学習が起こるようにニューロンが活性化されやすくなっていたのです。

一方、オートファジーの機能を調節するのに必要なタンパク質(Atg7)を作れないようにしたショウジョウバエでは、スペルミジンを与えても、ニューロンの活性状態は変化しませんでした。つまり、オートファジーが記憶学習能力の調節に関与している可能性が示されたのです。

最後に、スペルミジン摂取がヒトの認知機能にどのような影響を与えるのかについて、食物摂取頻度調査が行われました。具体的には、一定期間内の食品ごとの摂取頻度と1回当たりの摂取重量を調査しました。解析の結果、食事から摂取するスペルミジンの量と認知機能の低下との間には「負の相関」が見られたのです。つまり、ポリアミンの一つであるスペルミジンを摂取することで、認知機能の低下を抑制できる可能性があることが示唆されたのです(※参考文献4-18)(図4─1)。

しかし、注意しなければならないのは、スペルミジンがどのようにして認知機能を改善するのか、また1日の食事でどれくらいの量のスペルミジンをどれくらいの期間にわたって摂取すればよいのか(毎日摂取するのがよいのか、週に1度の摂取でよいのかなど)、といった因果関係については明らかになっていません。今後の研究に期待したいと思います。

※参考文献

4-7 Madeo F et al., Science 359, eaan2788, 2018.

4-8 Tsukada M, Ohsumi Y, FEBS Letters 333, 169-174, 1993.

4-9 Mizushima N et al., Nature 395, 395-398, 1998.

4-10 Jänne J et al., Acta Physiologica Scandinavica 62, 352-358, 1964.

4-11 Pucciarelli S et al., Rejuvenation Research 15, 590-595, 2012.

4-12 Matsumoto M, Biological and Pharmaceutical Bulletin 43, 221-229, 2020.

4-13 Nakamura A et al., Nature Communications 12, 2105, 2021.

4-14 Eisenberg T et al., Nature Cell Biology 11, 1305-1314, 2009.

4-15 Eisenberg T et al., Nature Medicine 22, 1428-1438, 2016.

4-16 Matsumoto M et al., Nutrients 11, 1188, 2019.

4-17 Gupta VK et al., Nature Neuroscience 16, 1453-1460, 2013.

4-18 Schroeder S et al., Cell Reports 35, 108985, 2021.

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