【中島茂信】フランス人シェフが「日本のラーメン」を絶賛の理由…明かされたフレンチとの意外な共通点

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2021年7月、藤本壮介設計で新校舎「Village as Institute」となった東京日仏学院。その1階に今夏、ベルナール・ロワゾーグループの海外1号店となるビストロ「ロワゾー・ドゥ・フランス」がオープンした。フランス・ブルゴーニュの「ラ・コート・ドール」を三ツ星レストランにし、早逝した天才シェフであるベルナール・ロワゾー。そんなベルナールの遺志を受け継ぐ、娘のブランシュ・ロワゾーはオープンに合わせてしばらく日本に滞在している。フレンチの名店が東京を海外1号店に選んだ理由とは。好きな日本食から日本とフランスの厨房の違いまで、インタビューを敢行した。

取材・文/中島茂信

通訳/ジャバリ・アミン(神戸北野ホテル)

日本の料理が大好き

「ラーメン、餃子、うどん……。日本の料理が大好き」とブランシュ・ロワゾーは目を細めた。

「父が神戸にレストランを持っていたこともあり、小さい頃から日本が気になっていました」(ブランシュ。以下括弧内は敬称略)

ブランシュがいう父とは、故ベルナール・ロワゾー、その人。ベルナール率いる、ブルゴーニュの「ラ・コート・ドール」をミシュラン3つ星にした、フランス料理界のレジェンド・シェフ。バターやクリームを使わず素材の味を生かす「水の料理」で、フランス料理界に革命をもたらしたことでも知られている。

ベルナールの長女で、ブランシュの姉ベランジェール・ロワゾーが、23年にベルナール・ロワゾーグループのCEOに就任。

現在、旧「ラ・コート・ドール」の「ルレ・ベルナール・ロワゾー」を含め、フランス国内にレストランを5軒、ホテルを2軒経営している。そして2024年6月。6軒目のレストランとなるビストロ「ロワゾー・ドゥ・フランス」を東京・飯田橋にある東京日仏学院の1階にオープンさせた。

東京を選んだ理由

6軒目がなぜ東京だったのか。シェフに着任したブランシュに話を聞いた。

東京を選んだ理由は3つあるという。姉ベランジェールが日本に留学していたことがあるから。「ルレ・ベルナール・ロワゾー」には、日本人客が多いことも東京に出店した理由だ。

「でも、父が92年に『ラ・コート・ドール神戸』をオープンさせたことが、東京を選んだ一番の理由です」(ブランシュ)

初の海外支店となった神戸店は、95年の阪神・淡路大震災であえなく閉店。そのときシェフだったのが、現「神戸北野ホテル」の総支配人・総料理長の山口浩だ。山口は20代後半で「ラ・コート・ドール」に入店。ベルナールの薫陶を受け、水の料理を学んだ。現在はロワゾー・ドゥ・フランスの運営会社社長も務める山口にも取材に同席してもらった。

フレンチを気軽に楽しんでほしい

レストランではなく、なぜビストロにしたのか。

「昨23年、シックをテーマしたビストロ『ロワゾー・デュ・タン』をブルゴーニュのブザンソンにオープンさせました。それもあり、東京の新店舗もシックなビストロにしました」(ブランシュ)

ビストロというとカジュアルな飲食店であるイメージがある。けれど、「ロワゾー・ドゥ・フランス」は、サービスも料理も雰囲気も正統派のフレンチに近い。ランチコースもあれば、記念日などのための特別ディナーも提供している。

加えて東京日仏学院内に店があることも配慮した。店のエントランスにはスナッキングエリアがあり、飲み物やサンドイッチ、スープなどを気軽に購入できる。テラス席でサンドイッチを食べる学生も多い。店のエントランス脇にあるソフトクリームマシーンで、ソフトクリームを作るシェフを見かけることもある。

「新しいスタイルのフランス料理を大勢の方に提供したいし、気軽に楽しんでほしい。そういう思いもあり、ビストロにしました」(ブランシュ)

フランスのテロワールを伝える

日本のフレンチは大別して2種類あるとフランス人シェフは指摘する。ひとつは、フランスでも王道とされている、クラシックなフランス料理を提供するレストラン。もうひとつは、日本の食文化や日本らしさを加味したフランス料理を出すレストランだ。

一方、「ロワゾー・ドゥ・フランス」では、フランス各地の郷土料理を供している。なぜベルナールが活躍した、ブルゴーニュの郷土料理のみを出そうと思わなかったのか。

「フランスのテロワールのアンバサダーを目指しています。フランスへ行ったことがある人のためにも各地方の郷土料理を提供することにしました」(ブランシュ)

テロワール(terroir)。ワイン用語として耳にする機会が多いこの言葉は、地方や地方色という意味がある。けれど、日本人からすると抽象的で、いまいちピンとこない。

「土や土地を意味するテール(terre)がルーツです。土が育てた食材や料理であったり、各地方のアイデンティティや食文化も含めてテロワールと呼んでいます」(ブランシュ)

「ブルゴーニュ、プロヴァンス、リヨン、パリなど各地の郷土料理を、フランス各地のワインと一緒に味わっていただいています」(山口)

ベルナールの「水の料理」

ブルゴーニュの郷土料理、ブッフ・ブルギニヨン(牛肉のブルゴーニュ風)もメニューに掲げている。この料理は、ベルナールがアレンジしたレシピで提供していると山口は説く。伝統的な作り方とベルナール流は何が違うのか。

「小麦粉を炒めて濃厚なソースを作るのが昔ながらのレシピです。この店のブッフ・ブルギニヨンは、バターもクリームも使わない、ベルナールの水の料理を継承しています」(山口)

小麦粉も使わず、野菜のピューレでソースに濃度をつけるため、濃厚でありながらキレの良い味わいを持たせているという。ブルゴーニュのテロワールを、ベルナール流に解釈し、進化させた一品といえるだろう。

デザートはワゴンサービスで

「デザートのワゴンサービスも、日本に紹介したいテロワールのひとつです」(ブランシュ)

食事が終わった頃、ホールスタッフがワゴンを運んでくる。ワゴンのなかには、オペラやパリ・ブレストなどのクラシックなデザートが4種類ほど並んでいる。

「私と日本人パティシエールが作っています」(ブランシュ)

フランスのレストランでは、デザートをワゴンで提供するのが一般的だったそうだ。ところが、近年はワゴンサービスをしないレストランが増えつつあるとブランシュは嘆く。

おいしそうなデザートのなかから「どれにしようか」と悩みながら選ぶのは楽しいものだ。

「食事の最後に口にするデザートは大事。父から学んだデザートを大切にしています」(ブランシュ)

フランスと日本、厨房の違い

父の影響で小さい頃から日本が気になっていた。日本の文化をより身近に知るために日本料理店で働くことにした。

「都内の店で9か月、京都と金沢の店で1か月ずつ働きました」(ブランシュ)

調理場に立ちつつ、各地で生活することで日本の文化を肌で体験した。それと並行して裏千家で1年間茶道を学んだ。

フランスのレストランで長年働いてきた彼女の目には、日本料理店の調理場はどう映ったのか。

「フランスではみんながエネルギッシュに動いていて、キッチンにスピード感があります。片や、日本は穏やかで、落ち着いていました。静かで、とても平和。生涯忘れられない経験でした」(ブランシュ)

動と静。それ以外には両国の調理場に違いを感じなかった。むしろ、共通点のほうが圧倒的に多かったと振り返る。

「季節を大切にするところも、食材を大事に扱うところも、食材を産地で選ぶところも似ていました」(ブランシュ)

ベルナールの厨房はオーケストラのよう

山口は20代後半で渡仏。ベルナールの「ラ・コート・ドール」で働きはじめた。山口の目には、ベルナールが立つ厨房はどう映ったのか。

「ひと言でいうと、オーケストラのようでした」(山口)

シェフのベルナールは、料理を盛り付けるパスと呼ばれる位置に立っていた。肉を焼く人、魚を焼く人、ガルニチュール(付け合せ)を作る人。それぞれが作った料理がパスに集められ、ベルナールの元で最終盛り付けが行なわれる。

料理をパスに届けるために各パートの担当が調理時間を逆算し、声を掛け合いながら仕事を進める。あるパートがタイムラグを起こすと、全パートが料理を作り直すこともあった。

「ひと皿を作り上げるために統制の取れた、優れた集団だと痛感しました」(山口)

東京にある、「ロワゾー・ドゥ・フランス」のキッチンはどうなのだろうか。

「ブランシュも含め、5人のオーケストラで料理を作っています」(山口)

「でも、ここはとても静か。雰囲気は日本料理店(笑)」(ブランシュ)

ラーメンは日本のテロワール

シンプルで、おいしいものを作るのは難しいとフランスではいわれているという。日本料理店で働いていたとき、シンプルさと完璧さも追求する料理人を目の当たりにした。シンプルな焼き魚にしても食材を吟味し、細心の注意を払い火を入れていた。

「シンプルでありながら、奥深さを感じました。ラーメンもそう。そのスープには、フランス料理のブイヨンやソースにも共通するところがあります。だからラーメンが好き」(ブランシュ)

北海道の味噌ラーメン、東京の鶏ガララーメン、九州の豚骨ラーメンなど、来日するたびに各地のラーメンを食べ歩いた。

「ラーメンには、日本のテロワールがしっかりと表現されています」(ブランシュ)

フランス人シェフがラーメン好きであることに驚いたし、ワイン用語だと思っていたテロワールという言葉がラーメンに使われたことも新鮮だった。

山口によれば、ラーメンだけでなく、寿司店やうどん店や京都の老舗料亭にも行っているし、姉と2人で餃子専門店をハシゴしたことがあるという。

「自国にはないカルチャーを求めています。僕もフランス滞在中はフレンチだけでなく、新しい料理を探し歩きます。料理人の性であり、宿命です」(山口)

ラーメンとフレンチの共通点

ただ、日本にはいろいろな価格帯のレストランがあり、気軽においしいものを楽しめる。それが日本の食文化の魅力だ。そのひとつにラーメンがある。山口が経営する神戸北野ホテルで働くフランス人の若者の大半が、ラーメンにハマるそうだ。その理由を山口が考察する。

フランス料理は、タンパク質と脂質と糖質をつなぎ合わせて作ります。ラーメンも同じようにタンパク質と脂質と糖質を組み合わせていますが、『UMAMI(旨味)』をフューチャーした料理構成に魅了されるのでしょうね」(山口)

フランス料理に近い構成要素を持ちつつも、UMAMIを強く感じるため、ラーメンに敏感になるというのだ。

うどんや味噌汁のだしにもUMAMIが含まれているが、脂質を含まないためあっさりしている。ところが、ラーメンのスープは、ブイヨンのように濃厚なところもフランス人を魅了する要素のひとつのようだ。

フランスに帰国後は……

ブランシュは2024年10月中旬に帰国する。その後は、ソーリューにある「ルレ・ベルナール・ロワゾー」の厨房に立つそうだ。

「新店舗のオープン準備をする予定です。まだ何も決まっていませんけど」(ブランシュ)

「ロワゾー・ドゥ・フランス」で食べてほしい料理を3品上げてもらった。

「ウッフ・ムーレット(ポーチドエッグと赤ワインソースの料理)とブッフ・ブルギニヨン。デザートはパリ・ブレストを食べてほしいです(笑)」(ブランシュ)

ブランシュにも食べてほしいものがある。都内某所にある老舗鰻料理店の暖簾をくぐってほしい。父ベルナールが好きだった鰻料理店の鰻をどう思うか。ベルナールを案内した山口に連れて行ってもらえることを願っている。

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