学校現場への影響は(写真はイメージです)

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 日本のPTA活動が今、曲がり角を迎えている。

 9月2日、岡山県内の市町村のPTAが加盟する、「岡山県PTA連合会」が今年度末で解散することを公表、上部組織である「日本PTA全国協議会(日P)」から年内に脱退することも明らかにした。

 会員数の大幅な減少などで、これ以上の活動の継続が難しいことが解散を決めた理由だが、この解散により、全国組織である「日P」の下に位置する「都道府県・政令指定都市のPTA協議会や連合会」約60団体のうちの一つが姿を消すこととなった。これは日本のPTAの歴史上初めてのケースである。苦渋の決断を下した会長に、その理由を聞いた。
【黒川祥子/ノンフィクション・ライター】

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【写真】 「活動が継続できない」と記された「解散のお知らせ」

「私が2018年に会長になった時には、すでに岡山市と倉敷市という大きな組織が『県P』から脱退していましたし、その時点で他にも、3団体が退会していました。その後も、毎年、2団体が退会するという流れが続き、昨年度は10団体あった中で、5団体が退会しました。この事実が分かった段階で、このまま行くと活動の継続は難しくなるというのはありました」

学校現場への影響は(写真はイメージです)

 こう語るのは、渦中の岡山県PTA連合会で会長を務める、神田敏和さん(51)だ。「県P」を構成するのは、各市町村におけるPTA協議会や連合会だ。会長となって7年、神田さんは櫛の歯が次々と欠けるような、退会の流れを受け止めるしかない年月を過ごしてきた。

PTAの抱える問題点が記されている

「今年度は残った5団体で、繰越金を使って活動はできますが、翌年度を考えると、活動自体が難しい。今、残っている団体についても連鎖するような形で、退会を検討していると聞いています。おそらく、今年度で会員がいなくなる。全てとは言いませんが、もはや、これでは県の組織としては成り立たない。なので、今年度を区切りとして、解散にしましょうという決断に至りました」

退会が相次いだ理由

 退会が相次いだ理由には、どのようなものがあったのだろう。

「各団体によりそれぞれですが、まず、会費に見合ったメリットが感じられないということですね。それと、研修や大会などへの人的動員の負担が大きいということ。研修のために遠くの地域に行く時間や労力も大変で、それよりは市町村のことに力を入れたいという声は根強くありました」

「人的負担」について、県のPTAには以下のような役割が課せられている。県内外における「研修会」開催の他に、イベントとして「県大会」、中国地方の「ブロック大会」、そして「全国大会」の開催や協力……。実際、岡山県PのHPを見ると、今年度だけでも、「スマホ等ネット利用に関する保護者や子どものための研修会」(9〜11月)、「広報紙研修会」(7月)、「『令和6年能登半島地震』支援募金」、「日本PTA中国ブロック研究大会」(11月)などの活動が予定、ないし実施されている。人的負担のみならず、金銭的負担ものしかかるイベント開催は、加入団体が減り、人員も会費も目減りしていく中、会員団体や「県P」自身にとって、どれほど大きな負担だっただろう。

 一方、「会費に見合うメリットが感じられない」という点については、各市町村のPTAはどのような活動を望んでいたのだろうか。「県P」では、PTA会員ひとりあたり130円の年会費を、傘下の市町村Pから徴収していたという。

「これだという一つの答えがあるわけではないのですが、必要な時に必要な情報が得られ、他団体と交流することで、運営や取り組みの参考にしたいという声が多く寄せられていました。役員研修会のような義務的な縛りの進行ではなく、他団体と自由に相談したり、交流したりできる時間を作ってほしいと。県の運営の仕方や会議が一方通行で、情報を伝えるだけだという批判がありました」

 つまり、研修会のような「縦」で一方向の情報発信ではなく、他団体との交流など、「横」で双方向の繋がりを望んでいたというわけだ。

 神田さんはこうした市町村からの声を受け、会議の時間配分を変え、交流が行えるような配慮に努めたものの、退会の「歯止め」とはならなかったと振り返る。

「研修会ひとつとっても、参加してよかったという声もあれば、逆の声もあるので、どちらの意見も聞いた時に、簡単に、会を止めることも縮小することもできませんでした。会員団体からの要望に、『県P』として、素早く対応していけなかったことは事実です」

上意下達の組織運営

 そもそも、「県P」という組織の役割とは何なのか。日本におけるPTAの組織は、見事なピラミッド型となっている。頂点に位置するのが「日本PTA全国協議会(日P)」で、その下に、岡山県PTA連合会も所属する「都道府県・政令指定都市の協議会・連合会」が位置し、さらにその下に「市町村の協議会・連合会」があり、PTAピラミッドの最下層に、子どもに直結する「単位PTA」と呼ばれる、「小中学校のPTA」がある。会員数は約720万人で、PTAは日本最大規模の公益社会法人でもある。

 神田さんは「市町村P」の会長から、「会議の運営が、一方通行」という批判を浴び続けてきたわけだが、「県P」に振られた役割からすれば、やむを得ないものでもあった。神田さんはこう語る。

「県Pの役割は、日Pからの情報や動向、他の県や教育委員会からの情報などを、市町村に伝えるということです。よく市町村から言われましたが、『それなら、資料で間に合うのではないか』と」

 わざわざ、「情報伝達」のために時間やお金を割いて「会議」を開く必要があるのか――。「県P」のあり方への正面からの疑問だった。

 では逆に、「単位PTA」から成り立つ「市町村P」の声を、「県P」が上部組織である「日P」へ届けていくという、下からの動きを吸い上げる役割はあったのだろうか。神田さんは「国」どころか、「県」に対しても、その意向はなかったと率直な思いを語る。

「岡山県や県の教育委員会への要望は、私が会長になった時にはやられていないことでした。そうなった経緯はわからないのですが、むしろ市町村としては県に要望するより、市町村に要望すれば、それで事が足りるわけです。改めて思えば、『県P』として、県に予算の確保や教員の働き方改革など、要望としてやれることはあったのかもしれません」

国の教育方針の伝達が役割

 日Pの発行物によれば、PTAそれぞれの組織の関係は「上下」ではなく、相互交流的な「横並び」の独立した機関として謳われている。しかし、神田会長の証言から浮かび上がるのは、日Pを頂点、単位PTAを最下層とした、上から下へのトップダウン体制が組織に色濃く残っているという内実だ。

 筆者は6年前、『PTA不要論』(新潮新書)という著書を出版した。その際、「日P」へも取材を行ったが、当時の専務理事はPTAの役割についてこう断言していた。

「我々の最も重要な役割は、国の教育方針を伝えることです」

 歴史を紐解けば、PTAは決して末端の保護者や教員の必要性に応じて生まれた組織ではなく、国主導で作られた「社会教育団体」であることがわかる。PTAがなぜピラミッド組織を必要とし、その始まりから、上意下達組織を構築したのかといえば、スムーズに国の教育方針や意向を、上から下に隈なく届けるために効率が良かったからだろう。逆に、国の教育方針に「日P」が賛同すれば、「単位PTA」720万人会員の了承を得たと言い切れるシステムにもなるわけだ。PTAはその成り立ちからして、ピラミッド型の上位下達組織が想定されていたものだった。

 しかし、PTAの発足から70年余りが立ち、保護者の生活スタイルも社会意識も様変わりしている。現代の保護者が、上意下達、一方向的な運営の組織に、時間やお金を割いてまで協力する魅力を感じないであろうことは、明らかであろう。

中央への上納金に大批判

 もう一つ、退会理由の中に「会費問題」があったことも見逃せない。

「岡山市と倉敷市が抜けた後の2016年に、会費を100円、値上げしました。この値上げにより、県に納める会費の割合が増え、市町村でやりたい活動ができないと、大きな批判があったことは確かです」

 1人当たり30円から130円にアップしたわけだから、実に4倍以上の値上げだ。

「単位PTA」で徴収されるPTA会費には、自動的に上部組織(市町村・都道府県・全国)への会費が含まれている。子どものためにと払っているPTA会費から、会員は自動的に上部団体へも費用を収めているわけだ。「都道府県P」はピラミッドの頂点にある「日P」に会員一人当たり10円を納めている。単純計算で720万人×10円=7,200万円が、「日P」の年間収入となる。しかし、昨年度は「日P」の元参与が、修繕費30万円を2,000万円として水増し請求をした「背任容疑」で逮捕されるなど、杜撰な会費の使途が明らかになっている。

 神田さんによれば、「県P」が「日P」から退会したということは、自動的に「日P」への会費負担も無くなるそうだ。「県P」も来年3月で解散するため、これにより、来年度以降、岡山県内のPTA会員の会費はすべて「市町村 P」と、各学校のPTA活動を担うものとして使われる。使途不明のものに利用されることはないと、内心、ほっとする保護者も少なくないだろう。

 実は解散には、岡山県ならではの事情もあった。

「岡山県は、岡山市や倉敷市が早い時期に抜け、退会できるという前例が身近にあり、県P連として大きく変化していけなかった中で、退会という選択肢が常に検討されるなど独自の歩みがあったと思います。県Pを退会して、市町村でやっていこうという。歴史ある組織を解散するのは苦しい決断でしたが、組織の実が伴わない状況である以上、自分が責任を取るしかない、ということです」

 どれほどの苦渋の決断だったか、神田さんの苦悩ははかり知れない。今回の「岡山県P」の解散によって、日P(や都道府県・政令指定都市P)などの上部組織が、下部組織から存在意義を疑問視されている現状が、白日の下に晒されたことは間違いない。この流れが、岡山県のみで止まるとは私には思えない。実際、昨年は東京都小学校PTA協議会、今年に入っても千葉市とさいたま市のP教が日Pから退会している。奈良市や高知市小中学校など、市町村のPTAにも県Pから退会する動きが相次いでいる。PTAは果たして、このままでいいのか。変わるべき時、あるいは存在の必要性を含め、改めて考えるべき時に来ているのかもしれない。

黒川祥子(くろかわしょうこ)
ノンフィクション・ライター。福島県生まれ。東京女子大学卒業後、専門紙記者、タウン誌記者を経て独立。家族や子ども、教育を主たるテーマに取材を続ける。著書『誕生日を知らない女の子』で開高健ノンフィクション賞を受賞。他に『PTA不要論』『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』『シングルマザー、その後』など。雑誌記事も多数。

デイリー新潮編集部