空の上では誰もが自由で平等になれた…米サウスウエスト航空が「自由席だけの飛行機」にこだわり続けた理由
■「全席自由席」のユニークな伝統が終わりを迎える
米格安航空会社・サウスウエスト航空が7月、早い者勝ちで好きな席を選ぶ「オープンシート(自由席)方式」の廃止を発表した。追加料金を請求されることなく、好みの座席を選べる制度だった。半世紀以上続いたユニークな伝統の幕引きに、ファンのあいだに大きな落胆が広がっている。
一般的な格安航空会社では、有料の座席指定オプションを購入しない場合、会社側から席を指定されてしまう。何かと窮屈な中央席を振られたり、極端な場合、連れ立って予約しても互いに離れた席を割り振られたりすることもあり得る。
一方、オープンシート方式では、高い追加料金を払った者だけが良い席を選べるわけでない。皆が平等に、好きな席を選べる方式として愛された。貧富の差が大きいアメリカで、空の上では誰もが平等になることができた。
創業以来の伝統的制度だったが、風向きは変わりつつあるようだ。アクティビスト投資家、いわゆる「物言う株主」に発言権を握られた同社は、熱狂的な人気を誇ったオープンシートの廃止を発表。会社のアイデンティティを捨て、有料席の販売に舵を切る模様だ。
■「まるで列車」早い者勝ちで席を選べる
オープンシート方式では、顧客が航空機内に足を踏み入れると、そこはまるで列車のように、ほぼ全席が自由席となっている。具体的には次のような利用手順となる。
乗客は、搭乗便の出発時刻の24時間前から、オンラインでチェックインできる。早くチェックインするほど、若い番号を取得できる。
当日、空港では、この番号順に搭乗する。搭乗時刻が迫ると、ゲート前で番号順の列を作り、整然と飛行機に乗り込む。あとは機内に入った者から早いもの順に、空いている座席を自由に選んで座ってよい。
この制度はよく知られており、時としてチェックインは熱戦となる。
サウスウエストのビジネス改革担当副社長であるライアン・グリーン氏は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の取材に対し、オンライン・チェックインの受付開始から30秒以内にフライトにチェックインする顧客は全体の60%近くに達し、1時間以内のチェックインを含めると75%に上ると話している。
タイミングをねらう手間はあるものの、一度決まった時刻にオンラインでチェックインさえ済ませれば、当日はストレスなく無料で良い席を選べるというわけだ。
サウスウエスト航空は、アメリカのテキサス州ダラスを拠点とする格安航空会社だ。1971年に就航を開始、順調に米国内に路線を拡大。今日までに、繁忙期には1日に4000便以上を飛ばす一大航空会社に成長した。
ユーモアを愛する社風と、追加料金なしで誰もが快適に利用できる「平等主義」で知られる。その象徴のひとつが、オープンシート方式だった。
■利用客に愛され続けた3つの理由
オープンシート方式は、顧客にさまざまなメリットをもたらしてきた。米CNNなどが指摘している。
第1に、乗客は自分の好みに応じて座席を選ぶ自由がある。座席に余裕があれば、より空いている後方のエリアを選んで座るのも自由であり、窓側など好みに応じた快適な座席を見つけて座るのもまた自由だ。
第2に、機内の状況を見てから席を決められる柔軟性も魅力だ。機内には咳をしている人もいれば、元気に動き回る子供もいる。自分と相性が悪いかもしれない客の近くに、あえて座る必要はない。多くの航空会社が採用している事前の座席指定制では、ほかの乗客までを加味した座席選びは難しい。
第3の点として、良席だからといって追加料金を支払う必要がない。多くの格安航空では、素早く降機できる機体前方や、足下の広い非常口席など、有利な席に座りたい場合は、数千円程度のオプション料金を支払う。サウスウエストのオープンシート方式では、そのような料金を一切請求していない。
■格安航空会社なのに「預け荷物2個まで無料」
そればかりか同社は、チェックインバゲージ(貨物室に託ける荷物)さえ無料で受け付けている。1点あたり約22.6キログラム以下を、2点まで無料で載せている。
アメリカの国内線・エコノミークラスの場合、たとえフルサービス・キャリア(格安航空ではない既存航空会社)であっても、1個目から追加料金を徴収するのが一般的だ。米フォーブス誌は、1点目の預け荷物に15〜40ドル(約2200〜5900円)、2点目はさらに割高な40〜60ドル(約5900〜8800円)を請求するのが一般的だとしている。
米編集者のメレディス・ケアリー氏は、旅行誌のコンデ・ナスト・トラベラーに、「このようなことは格安航空会社だけでなく、アメリカ国内線を運行するほぼすべての航空会社において行われていません」と言う。予約時、諸々のオプション料金を考えなくて良いことが魅力だ。
旅行に行くのなら普通は荷物を伴うし、機内の席も自分で好きな場所を選びたい。それらを切り売りして「はい別料金ですよ」というようなことは、しない。これが長年、サウスウエストの矜持だった。
■「追加料金」を徴収すれば儲かるのに…
サウスウエスト航空としては、座席指定のオプション料金を取り逃しているようにさえ思える。
本来、チケットの安い格安航空にとって、オプション料金は貴重な追加収入源だ。有料手荷物や座席指定、機内食などがこれに当たる。英テレグラフ紙は昨年、イギリスの乗客が「涙が出そうなほど」高いオプション料金に直面していると報じている。
予約客1人当たりの平均オプション料金収入は、ライアンエアーで22.80ユーロ(約3660円)、イージージェットで20.22ポンド(約3770円)だ。いずれも増加傾向にある。イージージェットの場合、総収入に占めるオプション料金の割合は、2017年の5分の1から、昨年にはほぼ3分の1を占めるまでに増加した。
一方、サウスウエスト航空の創業者であるハーバート・ケレハー氏は、異なるアプローチを採用した。低コスト・高効率の航空会社を目指し、あえて複雑なオプション料金を設定しなかった。興味深いことにオープンシート方式は、サウスウエスト自身にとっても有利に働いた。
■自由席方式で「見えないコスト」を削減
フォーブス誌はケレハー氏の発言をもとに、「自由席制度は、乗客に選択の自由を与えると同時に、スムーズな搭乗プロセスを実現する重要な要素だ」と述べている。キーワードは、「スムーズな搭乗プロセス」だ。
あらかじめ番号を割り振られた乗客たちは、整然と列になって搭乗ゲートを通過し、機内では目当ての席へと我先に直行する。航空会社が乗客を一切急かさずとも、乗客のあいだに自発的な競争原理が働く。
結果、搭乗時間は自然と短縮される。機体の運航効率が向上することから、限られた機材で1日により多くの便を飛ばすことができる。同時に、空港運営会社から駐機スポットの占有時間に応じて請求される駐機料金も、自ずと低減する。
これにより、コスト削減や定時運航率の向上が実現し、チケットを低価格で売りながらも競争力を維持することができた。
■「富裕層以外にも空の旅を」共同創立者のこだわり
オープンシート方式は、共同創立者であり元CEOのハーバート・ケレハー氏によって導入された。CNNは、サウスウエストの創業当時、「格安運賃を提供することで航空業界に変革をもたらし、アメリカの富裕層以外にも空の旅を開放することに貢献した」と意義を強調する。
米フォーブス誌は、ケレハー氏が「現代で最も愛された指導者の一人」であると称える。
「人と接するとき、階級や民族、肩書きで区別しなかった」というケレハー氏は、人間が大好きだった。ある従業員は、1年前に1度話したきりだが、自分の名前を完璧に覚えていたと語る。
また、あるとき、ケレハー氏が他社のCEOとエレベーターに乗った際、そのCEOは偶然乗り合わせた人物が自社の従業員であることに気づかなかった。これをからかうのが、ケレハー氏のお気に入りのジョークだったという。CEOなら従業員の顔くらいはみな覚えて当然、というわけだ。
ユーモア好きな人柄で人を惹きつける彼は、アメリカの空の旅を貧富の差を超えてあらゆる人に開放しようと、日夜業務にいそしんだ。
■利用者を惹きつける経営哲学
その独自の哲学を愛するファンは多い。
米市場調査会社のJ.D.パワーが実施した「2024年北米航空会社顧客満足度調査」では、エコノミー/ベーシックエコノミー部門のエアライン11社中、1位に輝いた。1000点満点中685点を獲得し、2位デルタ航空の651点、6位アメリカン航空の611点、10位スピリット航空の507点などに明確な差を付けた。
米公共ラジオ放送のNPRは、「サウスウエスト航空が1970年代に初めて離陸したときから、その型破りな搭乗手続きは売り込みの一部だった」と振り返る。
創業者のハーバート・ケレハー氏は、70年代のTVコマーシャルに自ら出演。オープンシート方式によるスムーズな搭乗と、迅速な離陸の大切さをアピールした。
「私たちの飛行機はボーディングブリッジに接続すると、お客様を乗せ、10分以内に離れます。空へと迅速に向かうほど、目的地に着くのも早くなる。私たちはそう考えます」
「サウスウエスト航空では、お客様に地上ではなく、空中で過ごしていただきたいのです」
加えて、ビジネスクラスなどの座席クラスという考え方が存在しないこともポイントだ。サウスウエストとしては、座席の管理や変更にかかる手間とコストが削減される。このように、オープンシート方式はサウスウエスト航空の運営に多大なメリットをもたらしてきた。
■ビジネスクラスも、ファーストクラスもない
なお、平等主義のサウスウエストにも、例外的に有料の優遇措置は存在する。
追加料金を払うことでAグループ1〜15番を発券できる「アップグレード搭乗」と、通常のチェックイン時間よりも前からチェックイン可能な「アーリーバード・チェックイン」だ。マイレージ会員向けの「Aリスト」プログラムでも優先搭乗が可能だ。
だが、これらは席取り競争に有利だが、なおも指定席制ではない。また、座席クラスの違いも存在しない。サウスウエストをよく利用していたという米ミネアポリスの64歳男性は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に対し、ファーストクラス独特のいやらしさを感じずに済むことがサウスウエストの良さだったと語る。
「もしかすると私が年老いた社会主義者になってしまっただけなのかもしれませんが……」と前置きしながらこの男性は、「自分の席に向かう途中、(ファーストクラスに座る)立派な人々の間を通り抜ける必要がないのが気に入っていましたね」と振り返る。
■なぜ、いま廃止するのか
好評を博してきたユニークな座席システムを、なぜ変更する必要があるのか。ニュースリリースでこう説明する。「調査の結果明らかに、サウスウエストの顧客の80%、潜在顧客の86%が、指定席を好んでいるという結果が出ました」
この説明は、確かに一理ある。一家で並んで座れる席を予約したい家族連れを中心に、オープンシート方式への不満が聞かれることはあった。搭乗順が終盤になれば、まばらな空席しか残っておらず、離ればなれで座ることになるためだ。
サウスウエストは、特に長距離便において、
だが、会社の利益を優先した措置である、との指摘もある。フォーブス誌は、「ウォール街最恐の物言う株主」と言われるポール・シンガー氏が所有するエリオット・インベストメント・マネジメント社(EIM)から、サウスウエスト航空が圧力を受けていると指摘する。
■「物言う株主」への警戒感
サウスウエストのボブ・ジョーダンCEOは声明で、「当社独自のオープン座席モデルは、サウスウエスト航空の創業以来の一部でしたが、当社の詳細かつ広範な調査により、これが顧客、従業員、株主にとって、適切な選択であり時期も適切であることは、明らかです」と述べ、顧客利益の尊重を強調した。
フォーブス誌は、「この最後の言葉が鍵だ」と指摘する。「株主」の影響を大きく受けたのではないか、との読みだ。
同誌によると、EIMはサウスウエスト航空株の約11%を保有し、株主価値の最大化を強く求めている。EIMは、現在ごく一部に設けられているプレミアムシートの拡大や、手荷物料金の無料化の廃止など、収益性を高めるための具体的な施策を迫っている。
「物言う株主」に対し、サウスウエスト側は警戒感を高める。敵対的買収の回避策(いわゆる「ポイズンピル」)を採用し、特定の株主が12.5%以上の株式を取得した場合、その他の既存の株主が50%の割引価格で株式を購入できる措置を講じた。EIMの影響力を抑制し、会社の独立性を保つための防衛策とみられる。
■コロナ禍まで47年連続黒字だったが…
だが、当面の方向性としては、なおも収益向上策の重視が続きそうだ。今年第2四半期、同社の売り上げは好調だったが、純利益は半減している。前年同期の6億8300万ドル(約1000億円)から、3億6700万ドル(約540億円)への急激な下降線だ。
格安航空とフルサービス・キャリアのハイブリッド、とも形容されるサウスウエスト航空は、サービスで優れるアメリカン航空やユナイテッド航空との競争に加え、スピリットやフロンティアなど格安航空との価格競争にもさらされている。この経営環境において、コロナ前の2019年まで47年連続で黒字を確保したことは驚異的だ。
同社は目下、足元スペースに余裕のある座席の導入を進めている。通常の32インチ間隔よりも広い「エクストラ・レッグルーム」席だ。7月25日のリリースを通じ、現在ごく一部に設定されているこのシートを全座席の約3分の1にまで拡大し、より快適な空の旅の提供を目指すと発表した。「顧客体験の変革」の一環だという。
■「自由と平等を愛したアメリカ文化が腐敗しつつある」
現在、指定席制に移行することのみが発表されている。具体的な展開方法は、9月の投資家向け説明会で発表予定だ。エクストラ・レッグルーム席は別料金になるとの観測がある。仮にそうなれば、サウスウエストがかつて誇らしげに示した「平等主義」の衰退を意味する。
これは単に一社の方針変更というだけでなく、アメリカ全体に蔓延しつつある「追加料金制度」の象徴だとする受け止め方もあるようだ。例えばディズニーランドの優先列の有償販売や、混雑日のチケット高額化など、低所得層を切り捨てる戦略がこのところ目立って報じられている。
ワシントン・ポスト紙編集者のマーク・フィッシャー氏は、オープンシート方式の廃止について、かつて自由と平等を愛したアメリカ文化が腐敗しつつある「強い象徴」である、との私見を述べる。
■指定席のテスト導入は不評だった
オープンシート方式の廃止は、かつてのサウスウエストを愛した利用者たちから、大きな反発を受けている。
シンプル・フライングによると、サウスウエストはかつて、指定席制をテスト導入したことがあった。2006年、同社はサンディエゴ発の200便と、サンアントニオ発の200便で部分的に導入した。
サウスウエストのゲイリー・ケリーCEO(当時。現会長)は、結果を受け、「顧客はオープンシートの座席を好むという明確な結論が得られた」と発表していた。80%が指定席を好むという今回の同社発表は、これと矛盾する。
同社を愛した長年の顧客たちは、「ひどい決断」だと落胆している。ソーシャルメディアの「X」では、オープンシート方式廃止の報を受け、「本当にひどい判断だ。オープンシートだったからこそ、サウスウエストは私の人生の中で一番好きな航空会社であり続けたのに」との声が聞かれる。
別のユーザーはリプライで、「長年Aリストを利用してきた顧客として、同じ意見だ。指定席が良いなら、その時は他の航空会社を使えばいいだけだった」と、唯一無二だった制度の消滅を惜しんだ。
■ユーモアと人間味で熱心なファンを獲得してきた
サウスウエスト航空はユニークな会社として、利用者を集めてきた。利用者はもはや顧客というより、ファンに近い存在だ。
ユーモアを愛する企業としても親しまれる。パイロットが行ったラップ調の機内アナウンスや、頭上の荷物入れ(オーバーヘッド・コンパートメント)にキャビンアテンダントが隠れて乗客を迎えるなど、ときおり繰り広げられるサプライズで話題を集めている。
社員を家族のように愛する社風でも知られる。2022年には、母と娘が機長と副操縦士として、同じ便に乗務したことで温かい話題となった。
娘と乗務した機長のホーリー・ペティットさんは、朝の情報番組「グッドモーニング・アメリカ」に、「小さな赤ちゃんを腕に抱いていたかと思ったら、気づけばあっという間にフライトデッキに座っているんです」と喜びの胸中を明かした。
サウスウエストはニュースリリースで、「人間を第一に考える企業」であると強調し、だからこそ親子のパイロットが誕生したことに興奮している、と述べている。日に4000便を飛ばす同社で2人は“偶然”同じ便に乗務したが、そこには社としての取り計らいがあったことだろう。
■ファンを切り捨て「目先の利益」を優先するべきなのか
こうした温かい話題の一方で、アメリカ文化の象徴とまで言われ、半世紀以上にわたり愛されてきたオープンシート方式が幕を下ろそうとしている。
一企業として、利益を追求するのは当然の姿勢だ。しかし、ファンと共に成長したサウスウエスト航空の突然の方針転換は、長期的に吉と出るか。人間第一の姿勢を打ち出し、従業員にも顧客にも誠実であり続けたからこそ、競争の激しい航空業界で成長を遂げられた。
オープンシート方式の廃止で、熱心だったファン層は一定程度離れるだろう。フルサービス・キャリアと格安勢に挟まれながら、なおも同社の強力なアピールポイントとして機能してきた、最大のアイデンティティを失うことになる。
歴史的に何の関係もなかった「物言う株主」が主導する「改革」により、企業文化の中核を成してきたサービスのひとつが消失しようとしている。短期的に収益性は向上するだろうが、ほかの格安航空と変わらなくなったサウスウエストは、引き続き強い訴求力を維持できるか。急旋回した同社の針路に、嵐の予感が立ちこめる。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)