製紙大手2社の姿勢試すエクアドルでの労働問題
エクアドルの人権機関「Defensoría del Pueblo de Ecuador」が2019年に発表した報告書。写真は労災事故にあった子どもたち(記者撮影)
「私たちは家畜のように扱われた」 エクアドル人106人が現代奴隷制度で日本企業を提訴――。
スペイン語圏の大手新聞『エル・パイス』は今年2月、このような見出しの記事を掲載した。日本企業とは1963年設立の古川拓殖エクアドル(FPC)だ。中南米のエクアドルでアバカを栽培する農園を経営する。アバカはバナナに似た品種でマニラ麻とも呼ばれ特殊紙などに使われる。
記事は、農園経営者らの刑事責任を問うための手続きが進行中という内容だった。これとは別に、農園で働く労働者らがFPCに強制労働をさせられたとして憲法違反を問う裁判も進められている。こちらは2021年に一審と控訴審で労働者に有利な判決が下された。現在は最終審の判断を待つ。
一連の訴訟は、エクアドルの人権機関による2019年の告発をきっかけに始まった。人権機関は、FPCの農園で働く労働者の置かれた境遇について以下のように指摘した。
国連の人権理事会の専門家も懸念
「農園内のキャンプで一家が生活しているが、建物は狭く古いうえ、きれいな飲み水を確保することすら難しい。アバカの伐採や繊維を機械で抽出する際の安全対策が不十分で、手や腕を切断する事故が発生している。アバカを加工場に輸送する過程で児童労働も行われ、農園内には無戸籍の人もいる」
国連の人権理事会の専門家も強い懸念を持っている。今年4月、人権理事会の小保方智也特別報告者(イギリスのヨーク大学教授)などがまとめた声明文では、FPCが60年以上にわたり強制労働などの深刻な人権侵害を行っていると指摘。速やかに実効性のある賠償が行われるべきだと訴えた。
FPCはエクアドルに拠点を構えているが、親会社のマヴェンズは東京都中央区にある。アバカの輸出入業などを手がけており、直近でわかる2019年9月期の売上高は7億8000万円。従業員は数人の中小企業だ。
そのマヴェンズの日本人経営者から記者にメールが届いた。「偏った情報を基に取材を進められるとビジネスに影響が出るので説明をしたい」との申し出だった。
マヴェンズのオフィスを訪れると、待っていたのは日本人経営者だけではなかった。FPCのマネジャーや弁護士など4人のエクアドル人も同席した。
訴訟に対するマヴェンズとFPCのスタンスはこうだ。「裁判はまだ最終審での判決が下されておらず確定していない」「農園を巡っては複数の裁判が行われており、多くの裁判で勝訴している」。
憲法違反をめぐる訴訟で原告の主張が認められたことについては、「政治のプレッシャーがあったからだ」とエクアドル人弁護士が主張した。また、同様の憲法違反を問うた別の裁判では「第一審、控訴審ともにFPCが勝訴している」という。
「なぜ裁判になっているのか」「労働者側の言い分をどう受け止めるのか」を尋ねると、エクアドル人たちは一斉に首を横に振り始めた。弁護士が「彼らは労働者ではない。インベーダー(侵略者)だ」と断じ、説明を始めた。話を総合すると次のようになる。
「インベーダーが占拠」と反論
FPCは直営農園800ヘクタールのほかに、土地をリースしている農園1200ヘクタールを持っていた。後者では、FPCから借り受けた土地で借地人がアバカを栽培し、加工した繊維をFPCなどの事業者に販売していた。
FPCが2018年に農園をすべて直営に改めようとしたところ、武装勢力に農園を占拠されたそうだ。直営に改めようとしたのは「労働者の生活環境を向上させるためだった」(マヴェンズ経営者)とする。
古川拓殖エクアドル(FPC)のホームページ
労働環境については、プロモーション映像を流してまで安全に十分配慮していると力説したが、土地のリース先の労働者がどういう状況だったのかは知らないという。人権機関の報告書に掲載された写真は、「インベーダーに占拠された後のキャンプのものだ」(同)と主張する。
「われわれは事実無根の問題に対して、正義のために戦っている」(同)と強調したマヴェンズとFPC。原告の労働者側の主張との隔たりは大きい。
FPCと取引を行う日本企業はこの状況をどう見るのか。国連の人権理事会で2011年に承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」では、取引先で起きた人権問題についても是正に向けて関与するよう求めている。多くの日本企業がこの「指導原則」を支持して人権方針を策定している。
取材を進める中でFPCと取引関係のある日本企業は、三菱製紙や日本製紙であるとわかった。FPCや関連企業との取引関係や対応状況を確認するため、東洋経済は2社に質問状を送付した。
「子会社で取引関係がある」と回答したのは三菱製紙だ。人権問題については、「3〜4年前に強制労働の疑いが欧州で取り上げられたが、そのような実態はないとマヴェンズから説明を受けた」とする。
また、「現地を訪問した第三者企業から児童労働や強制労働の実態はないと説明があった」と補足した。ただ、第三者企業とは何かという再質問には回答しなかった。
日本製紙は「守秘義務の観点から回答を控える」とだけコメントし、取引関係の有無すら明かさなかった。しかしマヴェンズは日本製紙との取引を認めている。日本製紙は情報開示の乏しさが際立つ。
2社も国連の指導原則を支持して人権方針を策定しているが、この問題にどこまで向き合ったのか。小保方氏は、「古川拓殖側の意見のみを聞いたということであれば対応は不十分。被害を訴える側の話を聞くのが重要だ」と指摘する。
伊藤忠商事との古き縁
先述したように小保方氏らがまとめた声明文は、FPCが60年以上にわたって強制労働などの深刻な人権侵害を行っていると指摘していた。そうなるとクローズアップされる日本企業がもう1社出てくる。総合商社の伊藤忠商事だ。
1963年にFPCを設立したのは古川義三氏。伊藤忠の創業者、伊藤忠兵衛の妻の甥だ。1910年代に古川氏が立ち上げたのが古川拓殖で、フィリピンでアバカの栽培を行っていた。敗戦によってフィリピンの農園が没収された後、古川氏はエクアドルに新天地を求めた。
伊藤忠の広報部によると、「古川拓殖へ資本参加を過去行っていたが現在、資本関係はない」「FPCへの資本参加も行っていたが1978年に売却しており、資本関係はない」。
ただ、FPCの元幹部で古株的存在だったM氏は、短い期間とはいえ伊藤忠エクアドル社で幹部を務めていた。先述したように刑事手続きが進んでいる中、その対象者の1人になっている。伊藤忠の広報部は「古川拓殖、(すでに退職している)M氏ともに現在は当社と関係がないためコメントを差し控える」とする。
FPCを巡る問題では、日本企業の「ビジネスと人権」に対する姿勢が試されているといえる。人権方針の制定など関連施策を推進してきた企業は多い一方、横並びの対応で実態が伴っていないのではないかとの批判があった。頬かむりを決め込んだと見られないような対応が望まれる。
(大塚 隆史 : 東洋経済 記者)