その歴史を「なかった」ことにしないために--『忘れられた日本史の現場を歩く』
『忘れられた日本史の現場を歩く』(辰巳出版・刊)は、ノンフィクション作家で写真家の八木澤高明さんが、忘れられた(忘れられつつある)歴史をめぐる紀行文。平家の落人たちの集落、からゆきさんがいた村、潜伏キリシタンたちの島、江戸の大飢饉で消えた村など、史跡としては残りにくい19の土地が紹介されています。
天下を統一した、日本の仕組みを変えたなど何かを成し遂げた人たちが歴史に名を残します。そして、教科書や本、ドラマなどを見て、私たちは歴史を知ったような気になります。
でも、いつの時代も普通の人たちが普通に生活をしていて、その生活が歴史を育んでいると思うのです。そしてその生活は歴史には残らない。八木澤さんがめぐったのはそんな場所です。本書で紹介されたどの土地の歴史も知らないことばかりでとても興味深いです。
高知の山間部に伝わる謎の信仰
高知県物部村(現・高知県香美市物部町)は「平家の落人伝説」のある山奥の集落です。平家の落人とは、源平合戦で敗れて山間部の僻地に逃れ住んだ敗残兵たちのこと。日本各地に「落人伝説」があり、この物部村もそのひとつ。八木澤さんが訪れたのは、落人伝説について調べるため……ではなく、拝み屋または太夫と呼ばれる人に会うためです。
物部村には「いざなぎ流」という信仰が残っており、太夫は病気の祈祷や村祭りなどの日常生活に関わり、ときには呪いをかけることもあったそう。じつはこの「いざなぎ流」は国重要無形文化財にもなっています。
八木澤さんは、最後の太夫である為近幾樹さんと出会います。97歳の為近さん曰く、彼がきちんと修業をした最後の太夫であるとのこと。そんな為近さんが語るいざなぎ流の祈祷や呪いの話は興味深く、「人間が一番難しいぞよ」という言葉が胸に深く残りました。
写真から染み出る情念
本書はオールカラーで、写真も多く掲載されています。八木澤さんが現地で撮影した写真を眺めるだけでもおもしろいのですが、その土地の歴史や情念まで写し取られているようで、背筋が寒くなるものもありました。私が特に惹かれたのは姥捨山の写真。何が映っているわけでもないのですが、ちょっと怖くないですか?
本書で紹介されている歴史と土地に行くのは、観光地ではないのでなかなかハードです。でも、本書を片手にその土地へ赴き「忘れられた歴史の現場」を体感し、歴史を「残す」作業をするのもよいかもしれません。
【書籍紹介】
忘れられた日本史の現場を歩く
著者:八木澤高明
刊行:辰巳出版
ノンフィクション作家であり、カメラマンでもある八木澤高明氏が、さまざまな理由で「日本史」において忘れられてしまった場所や遺構を訪れ、写真と文章によってその土地に眠る記憶を甦らせていきます。
北海道から九州まで、消えつつある風習や歴史を辿って旅した本作は、日本史好きはもちろん、ここ最近再び盛り上がりを見せている民俗学の視点でも楽しめる一冊です。
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