北川ひかるはパリオリンピックに「戦友」と挑む どん底で心の支えになった長谷川唯との連係
なでしこジャパン
北川ひかるインタビュー(後編)
まもなく始まるパリ五輪で、なでしこジャパンの起爆剤として期待される北川ひかる(INAC神戸レオネッサ)。身体を強く当てながら敵の突破を防ぐ姿、空中戦でもイニシアチブをとる姿、ドリブルで駆け上がっていく姿、ピンポイントでゴールに直結するパスを放つ姿、そして狙いすましてFKを蹴る姿――19歳で代表に招集されたときとは打って変わって、楽しそうにプレーしている。
同じピッチには、初めて日本の"代表"として戦った日から、互いに認め合う"戦友"がいる。北川がどん底にあえぐなかでも、その戦友は彼女の動向に気を配り、ずっと励まし続けてきた――。
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パリ五輪本番を前にして、明るい表情を見せる北川ひかる
満を持しての代表復帰だった。昨シーズン(2023−2024)、神戸で活躍した北川には、ようやく自信と実力と結果が伴い始めていた。しかも、なでしこジャパンの主要システムは、北川が躍進を遂げ、最も力を発揮できる形にあった。
「代表から離れてしまっていた時期も、また代表でやってみたいとはずっと思っていました。そうして、(神戸に移籍して)皇后杯も獲れて、自分自身も得点が増えてきていたので、今なら勝負できるんじゃないかなって。代表に行けば何かしらはできる、と思っていました。代表のシステムが3−4−3になったこともわかっていましたしね。この代表で、今の自分がやったらどれくらいできるのかなって、考えていました」
今年2月、代表復帰してスタメン出場したパリ五輪アジア最終予選の北朝鮮戦から、SheBelieves Cupのブラジル戦、国際親善試合のニュージーランドとの2戦、先のガーナ戦と5試合に出場。個人的なパフォーマンスはもとより、周囲とのコンビネーションも徐々に向上してきている。なでしこジャパンのウイングバック、サイドバックの在り方、役割をつかんできたようだ。
「(代表は)レベルが高いので、パスの出し入れもしやすいですし、あまり練習期間はないですけど、やりたいことの共通認識はできています。自分としては、神戸で一緒にやっているミナさん(田中美南)が同じピッチにいるので、あうんの呼吸じゃないですけど、日頃からやっている分、やりやすさはありますね。ミナさんという起点に(ボールを)つけられるプレーを多く出せます」
「やりやすさ」と言えば、中盤で攻守において大きな役割を担っている長谷川唯(マンチェスター・シティ)もいる。2014年のU−17女子W杯を制したときのチームメイトであり、なでしこジャパンに初招集されたときも、一緒に名を連ねていた。
そして今、なでしこジャパンのピッチ上では北川がダイレクトパスで長谷川を使う場面がしばしば見られる。その北川から供給されるパスには、長谷川も「ひかるからのパスを、自分も含めた前の選手は生かさないといけない」と信頼を寄せている。
ふたりの信頼関係は、傍から見ていても十分に伝わってくる。トレーニング後のクールダウンの際などでも、わずかなことで笑い転げているふたりの姿は本当にほほえましい。
「唯さんとはすごくやりやすくて、誤解を恐れずに言えば、近くでプレーすればするほど、"遊び"って感じるくらい楽しさに変わる感覚がある。だから、できるだけ近くでプレーできれば、フィニッシュまでいける面白さがあります。
唯さんは(学年が)ひとつ上なんですけど、めちゃくちゃ信頼してるし、尊敬してます。関係性的には、サッカー以外のところでも可愛がってもらっているんで(笑)。自分のなかで、唯さんは偉大です。
一緒にやってきた期間はありますけど、やっぱりどんどん上に上がっていく姿をずっと見てきて、すごいなって思う。サッカーに対して熱い人だし、でもなんだろう......(自分たちふたりは)確かに変な関係ですね(笑)」
ただの旧知の仲、ということではない。おそらく北川が最もつらかったであろう時期、代表から遠ざかっている期間に支えのひとつになったのは、長谷川の存在だった。だからこそ、一緒につかみたいものがある。
「(自分が代表から)落ちたときっていうか、選ばれていないとき......唯さんは『がんばれよ』って言うんじゃなくて、『(代表に)早く戻ってこい!』って感じで連絡をくれていたんです。それは、デカかったですね。なんで、そんなに言ってくれるんだろう?って思うときもありました。だから今、一緒にやれているのはうれしいんです!」
そう遠くはない未来に、ふたりの鮮やかなコンビネーションによるゴールが量産されていく景色が想像できる。
ただその前に、北川には左サイドでの連係を、もう一段階引き上げなければいけない。タイプは異なれど、同じ"スピード"を売りにする前線の宮澤ひなた(マンチェスター・ユナイテッド)との共存だ。
初めて組んだニュージーランド戦(初戦)では、北川は生きたが、その道筋を作った宮澤の存在は消えていた。ここが活発になれば、なでしこジャパンの得点チャンスは倍増するはずだ。
「(宮澤と)初めてやったときは、相手チームがこちらのサイドでコンパクトに動いていたこともあって、ひなたとふたりで崩すのがなかなか難しかった。それで、自分が一個飛ばしてミナさんに当てて、違った展開ができたパターンもあったんですけど......。
ですからその後、ひなたと後ろの南萌華(ローマ)とも一緒に試合の映像を見て、いろいろと話をしました。3バックの左からのパスをどう受けるか。(宮澤との)ふたりの関係性はもちろんなんですけど、他の人も含めてどう連動していくか。
そうしたことができた次の試合では、自分が抜け出せたり、ひなたがターンして仕掛けていけたりする場面があった。立ち位置の感覚を合わせていくのと、ひなたの抜け出しに際して、自分がパスを出すのか、他の人が出すのか、その辺りをもう少しうまくやれるようにしたいです」
いよいよオリンピックまで秒読み段階に入った。7月25日(日本時間7月26日)、初戦のスペイン戦までの時間は限られているが、好調な北川には自信がみなぎっている。"世界"との真剣勝負を大いに楽しみにしている。
「オリンピックは、自分にとって夢の舞台。とにかく、笑顔でやりきりたいんです。初めての大舞台なんですけど、今自分のなかで想像できるのは、やっぱりいいプレーをしている自分の姿、勝利している姿を含めて喜んでいる姿、笑顔で終わっている姿が浮かぶんです。そういういいイメージが湧いています」
彼女が言うと、実現しそうな気がしてくる。まずはポジティブなマインドであることが勝利への第一歩。なんと心強いイメージだろう。それでこそ、北川ひかる、だ。
「ここまできたら、やるしかない!って感じなんですけどね(笑)。今の調子でもっとギアを上げて、自分らしくプレーできたらいいかなって思います。
個人的には左サイドを任されているので、当然左サイドの活性化はやっていきたい。起点になるプレーもですけど、ラストパス、逆からのクロスに対しては必ずシュートコースに入っていくことは絶対! その結果として、ゴールを決められたら最高ですし、そういうプレーでチームの勝利に貢献したいです!」
(おわり)
どん底にあった北川ひかる(左)にとって、大きな支えとなった長谷川唯(右)
北川ひかる(きたがわ・ひかる)
1997年5月10日生まれ。石川県出身。小学校卒業と同時に、JFAアカデミー福島に入校。2014年U−17女子W杯では日本の優勝に貢献する。2015年、特別指定選手として浦和レッズレディース入り。翌年、正式に入団。2018年、アルビレックス新潟レディースに完全移籍。2023年にはINAC神戸レオネッサに移籍し、主力として活躍。翌2024年、なでしこジャパンへ復帰。パリ五輪の代表メンバーとなり、大舞台での飛躍が期待される。