【パリオリンピック展望】日本競泳勢、瀬戸大也、本多灯、大橋悠依らは超速の海外勢をしのげるのか 伊藤華英が期待と危機感を語る
パリオリンピックに臨む本多灯(左)と寺門弦輝(右) photo by Getty Images
オリンピックにおいて競泳は、体操、柔道と並んで長きにわたって「日本のお家芸」と言われるほど、メダルを獲得してきた競技だ。前回大会でも2つの金メダルと1つの銀メダルを獲得した。そして、まもなく始まるパリオリンピックに挑む日本競泳陣にも大きな期待がかかる。競技は開会式の翌日、現地時間7月27日からスタート。はたして今大会では、どんな結果をもたらし、どのような感動を与えてくれるのだろうか。今回、テレビ解説者として現地入りする元競泳選手の伊藤華英さんに、日本人選手の見どころ、海外の注目選手たちを聞いてみた。
――日本では3月にパリオリンピックの代表選手選考会がありました。その後、日本人選手たちは、合宿や国際大会に出場するなどして、オリンピックに向けて調整を行なっています。選考会を含めて、ここまでの活躍や結果をどう見ていますか。
3月の代表選手選考会では、日本記録更新がでなくて、少し残念だなという思いはありました。しかしその後、選手たちはヨーロッパグランプリ(5〜6月@フランス・カネ、スペイン・バルセロナ、モナコ)や、セッテコリ国際(6月@イタリア・ローマ)などの大会に出場して、バタフライの寺門弦輝選手や個人メドレーの松下知之選手らをはじめ、何人かの選手の調子がよかったように見えました。選手個々を見みていくと、安定してきている選手、調整がスムーズに進んでいる選手はいると思っています。
――男子で注目している選手はいますか。
200mと400mの個人メドレーに出場予定の瀬戸大也選手は世界と戦う意欲や姿勢が一番あると思っていますので、その姿を若手の選手たちに見せてほしいですね。東京オリンピックの時には思うような結果を残せませんでしたので、相当悔しい思いをしていると思います。瀬戸選手の武器でもある集中力を、オリンピックの決勝でまた見たいです。
ロンドンオリンピック(2012年)の時には、400m個人メドレーで萩野公介選手がマイケル・フェルプス選手(アメリカ)に競り勝って銅メダルを獲得したことでチーム全体に勢いがつきました。競技2日目の7月28日(現地時間)に出場する瀬戸選手には、日本チームの雰囲気をガラッと変えるためにも、いい泳ぎをして、日本チームへいい風を送ってほしいです。
200m平泳ぎの渡辺一平選手や花車優選手にも期待しています。ふたりとも自分の力を発揮できれば、メダルを狙えると思います。渡辺選手は27歳ともうベテランですので、瀬戸選手同様、自分のレースをして決勝に残る、まずはそれが大事ですね。
それから、さきほど話しました200mバタフライの寺門選手には「絶対に決勝に進んで」と伝えています。彼は代表選考会の時に準決勝が不調だったので、「決勝では思いきってやったらいいレースができました」と言っていました(準決勝3位→決勝1位)。ですので、予選と準決勝でイメージしたレースをしっかり行なうことがポイント。そうすれば、自ずと決勝へのチケットは見えてきます。すごく楽しみな存在だと思っています。
同じく200mバタフライの本多灯選手は、2月の世界選手権でケガをしてしまって、それを選考会ではまだ引きずっているようでした。もしかしたら、ケガの面からみると、パリオリンピックの本番に絶好調で臨めないかもしれません。ただ彼は東京大会で銀メダルを獲得していますので、今大会も虎視眈々とメダルを狙っていると思います。彼がいいレースをできている時には、予選、準決勝、決勝、すべて全力なんですよね。ケガの影響があるのであれば、どうやって勝ちパターンに持っていくのかをコーチとしっかりと話し合いができていれば、いい結果が出ると思います。
――女子で注目の選手を教えてください。
100m平泳ぎの青木玲緒樹選手も自己ベストを狙っていると思います。東京大会では予選落ちしたりして、これまでは国際大会だと力を発揮できない時がありました。自己ベストが1分05秒19(日本記録)なので、力を出しきり、4秒台が見えてくれば、表彰台に足がかかる存在なのは間違いないです。ほかの選手の様子を見ながら作戦を立ててくると思います。
池江璃花子選手ですが、セッテコリ国際で50mと100mバタフライで2位に入ったことは見事です。ただそのレースを見る限り、まだ(泳ぎが)少し重たい印象がありました。それでも病気をされてから、ここまで戻してこれらたことは本当にすばらしいと思います。代表選考会後もオーストラリアでの試合、ヨーロッパでの試合で着実に力がついてきているのが、うかがえます。
また、東京大会で2つの金メダル(女子200mと400m個人メドレー)を獲得した大橋悠依選手ですが、今回は「決勝に残りたい」という控えめな発言をしています。というのも、個人メドレーはレベルが上がっていて、前回のようにはいかないからだと思います。大橋選手は準決勝にすべてを注いでくるのではないでしょうか。その意味での「決勝に残りたい」ということだと思います。
そのほかの注目で言うと、200mバタフライの三井愛梨選手もメダルに近い存在だと思いますね。
――今大会では、若手選手たちにも期待が集まっています。代表的な選手で言うと、17歳の平井瑞希選手と成田実生選手となりますが、彼女たちをどのように見ていますか。
平井瑞希選手は女子100mバタフライで選考会では56秒91を出していますが、6月に行なわれた、神奈川県高校総体では、56秒33の自己ベストを更新しています。まさに、伸び盛りです。メダルを手に入れるためには55秒前半が必要です。彼女がバルセロナオリンピック(1992年)で金メダルを獲った岩崎恭子さん(当時14歳)みたいに急激な成長を遂げれば期待はできます。伸び盛りの今を生かして、予選から自己ベストを狙い、決勝で日本記録(56秒08)を出せれば、入賞できると思います。
成田実生選手については、6月のモナコでのレースを見ましたが、彼女の出場する400m個人メドレーのレベルが今はとても高くなっています。あとでお話しますが、同じ年のカナダのサマー・マッキントッシュ選手は5月の代表選考会で、世界記録(4分24秒38)を出しています(※成田の自己ベストは4分35秒40)。本当に速いので、私としては危機感を抱いています。世界で戦うためにも、新人として臨むのではなく、しっかりと戦ってきてほしいなと思います。
【とにかく速い海外勢】――近年では海外の選手たちの活躍が目覚ましいです。注目している男子選手はいますか。
フランスのレオン・マルシャン選手は、昨年の世界水泳の400m個人メドレーでマイケル・フェルプス(アメリカ)の世界記録を破ったことで大きな話題になりましたし、200m個人メドレー、200mバタフライでも優勝しましたから、彼がパリオリンピックの主役になると思っています。今大会では、200mと400mの個人メドレー、200mの平泳ぎとバタフライにエントリーしていますので、瀬戸選手や本多選手、寺門選手の脅威になることは間違いないでしょう。
100mと200mのバタフライにエントリーしているハンガリーのクリストフ・ミラーク選手も復活してきています。ミラーク選手、マルシャン選手としのぎを削って、本多選手と寺門選手には3位争いをしてくれたらうれしいですね。寺門選手には200mバタフライの準決勝で自己ベストを出す気持ちで臨んでほしいです。1分54秒台を出せば決勝に残れると思います。
あとは100mと200m背泳ぎにエントリーしているイタリアのトマス・チェッコン選手もヨーロッパグランプリで強かったです。190センチと長身で細身なんですが、背泳ぎではそういうタイプの選手のほうが速い傾向がありますね。
――では女子選手の注目は誰ですか。
まずはさきほども触れた、カナダのマッキントッシュ選手です。17歳と若いですし、本当に速い。昨年の世界水泳では2種目で金メダルを獲得していますし、5月には400m個人メドレーで世界記録も出しています。パリ大会では、400m自由形、200mバタフライ、200m個人メドレー、400m個人メドレーにエントリーしていますが、すべて金メダルを狙ってくるのは間違いないと思います。先日の公開練習では、100m自由形で一本に集中して全力を出しきる練習をしていましたが、練習用水着であっても、相当速く泳いでいました。後半の強さを確信するような泳ぎでした。
アメリカのケイティ・レデッキー選手も注目です。ロンドン大会、リオ大会、東京大会の800m自由形で金メダルを獲得していますので、このパリ大会で金を獲れば4連覇になります。今回も400m、800m、1500mにエントリーしていますので、東京大会と同様、複数のメダルを獲るんじゃないかと思います。レジェンドスイマーであり、ロールモデルとも言えるアスリートです。
それから私は、オーストラリアのアリアン・ティットマス選手が一番好きですね。泳ぎがとにかくきれいで、無駄がないです。200m、400m、800mの自由形に出ますので、いい記録を出してくれると期待しています。
そのほかにも男女ともにたくさんの注目選手がいます。男子50m自由形のフローラン・マナドゥー選手(フランス)、男子100m・200m平泳ぎのタン・カイヨウ選手(中国)、女子200m平泳ぎと200m個人メドレーのケイト・ダグラス選手(アメリカ)、女子100m・200m背泳ぎと200mバタフライのリーガン・スミス選手(アメリカ)、女子100m・200m自由形のモリー・オキャラハン選手(オーストラリア)なども金メダル争いに絡んでくると思います。
【レース時間も勝負のカギ】――そのほか、パリオリンピックで注目すべき点はどんなところですか。
レースの時間帯です。海外の選手の多くは、午前のレースだとタイムがでなくて、夜のレースだと速い印象があります。東京大会では予選を夜に行なったのですが、それだと予選のタイムが速くなる傾向があって、力を調整して予選に臨んだ実力のある何人かの選手たちが、脱落してしまいました。パリ大会では、予選を午前中にやって、準決勝・決勝を夜の時間帯にやるスケジュールになっています。そうなってくると、日本人選手にとっては準決勝で急にレベルが上がると予想して、そこに照準を合わせた調整をしていくほうがいいかと思っています。
――選手たちにはどんな気持ちで大会に臨んでほしいですか。
競泳って泳ぐ立場の人は、正直苦しいんです。一直線の道を行って帰ってくるだけ。景色は変わらないし楽しさもあまりないです。だからこそ、泳ぎにその選手の生き様がすごく出ると思っています。苦しいからこそ、選手はひとりでは戦えません。一緒に苦楽をともにした仲間やコーチと一緒に戦うのが競泳です。選手たちもチームという意識を持って、団結して戦ってほしいなと思います。
正直に言って、今の日本競泳界はかつてのような勢いがなく、いい時期ではないかもしれません。でもこれから先の未来に向かって、今の選手たちの色で、日本競泳界を作り上げていってほしいと思っています。自分たちチームはこれだ、というものをパリオリンピックで見せてほしいと願っています。
私は今回現地で解説を行ないますが、その選手の生き様にフォーカスした解説をしたいと考えています。その選手がどれだけ頑張れたか、どれだけ成長できたか、その選手の尺度を見て話したいと思います。日本のみなさんにも日本の競泳陣をぜひ応援してほしいと思っています。
【Profile】
伊藤華英(いとう・はなえ)
1985年1月18日生まれ、埼玉県出身。元競泳選手。2000年、15歳で日本選手権に出場。2006年に200m背泳ぎで日本新、2008年に100m背泳ぎでも日本新を樹立した。同年の北京五輪に出場し、100m背泳ぎで8位入賞。続くロンドン五輪では自由形の選手として出場し、400mと800mのリレーでともに入賞した。2012年10月に現役を引退。その後、早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科に通い、順天堂大学大学院スポーツ健康科学部博士号を取得した。現、全日本柔道連盟ブランディング戦略推進特別委員会副委員長、日本卓球協会理事。