【連載】
谷口彰悟「30歳を過ぎた僕が今、伝えたいこと」<第21回>

◆【連載・谷口彰悟】第1回から読む>>
◆第20回>>「大学4年間の取り組みが、のちのち大きな差となった」

 現地時間7月19日、ベルギー1部に所属するシント・トロイデンが谷口彰悟の加入を発表した。プロサッカー選手としてスタートを切った川崎フロンターレを2022シーズンかぎりで離れ、自身初の海外クラブとなるカタールのアル・ラーヤンSCへ移籍。そして33歳になった今夏、谷口は新たな戦いの舞台にヨーロッパの地を選んだ。

 熊本(大津高)から茨城(筑波大)に拠点を移し、神奈川で9年間を過ごしたのち、1年半のカタール生活を経て欧州ベルギーへ。地元・熊本を離れてから実に15年が経つ。シント・トロイデンへの旅立ちの前に、谷口は生まれ育った熊本で念願だったサッカースクールを開いた。

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子どもたちとサッカーボールで遊ぶ谷口彰悟 photo by Shiraki Yoshikazu

 自分を育ててくれた熊本に貢献したい。それも自分を育ててくれたサッカーで──。

 シーズンオフだった6月15日、地元である熊本県で、自分が初めて主催・企画したサッカースクールを開催した。

 熊本県に生まれた僕は、大学に進学するまで、ずっと熊本に育ててもらった。その後、大学で活躍し、プロサッカー選手になれたのも、すべては熊本での日々があったからだ。

 そこから今日まで、キャリアを歩んでいくなかで、地元に対する感謝、思いは日に日に増し、自分にできることはないか、貢献できることは何かを考えるようになっていた。

 協調性、向上心、そして人間力......サッカーによってすべてを培ってきた自分は、地元・熊本でサッカーをがんばっている子どもたちに、サッカーを通じて刺激を与えることができればと考えた。そこには、近しい存在である兄や姉の子どもである甥っ子たちが、サッカーを始めたという影響もあっただろう。

 自分自身がサッカーによってさまざまなものを与えてもらってきたように、今度は自分が、その"何か"を与えられるような存在になりたい。そして、子どもたちに何かを感じ取ってもらえたらと思うようにもなっていた。

【500名もの応募から責任を持って選んだ】

 かねてから構想は練っていたが、時期やタイミングが合わず、行動に移せずにいた。その思いを今年、ようやくひとつ具現化させることができた。

 それが地元・熊本にて『SHOGO TANIGUCHI SOCCER SCHOOL』を開催しようと思った経緯だ。

 これまでも折をみて、地元での活動にゲストとして参加させてもらう機会はあったが、自分が主導となり、イベントを開催するのは初の試みだった。それをひとつの目標としていただけに、僕にとっては大きな、大きな"一歩"を踏み出せた実感がある。

 ただ、告知する前は、少なからず不安もあった。参加者を募っても、人が集まらないのではないか。誰も興味や関心を寄せてくれないのではないだろうか。不安はあったが、自分のSNSで告知すると、ありがたいことに定員である60名に対して、熊本在住に限定して告知したにもかかわらず、県外からの希望者も含めると約500名もの応募があった。

 その数字を聞いた時には、安堵感を覚えるとともに、なおさらイベントをよりよいものに、充実したものにしなければならないとの責任感も増した。

 開催したサッカースクールには、小学1年生から3年生までの30人、小学4年生から6年生までの30人に参加してもらった。約500人の応募から60人の参加者を決めるのは容易ではなかったが、応募の際の情報にも目を通しながら、責任をもって選ばせてもらった。

 僕がこだわったポイントはいくつかある。ひとつは熊本に住んでいる子どもであること。他県からの応募もたくさんあり、その気持ちや意欲はありがたかったが、地元に貢献したいという思いを優先して、今回は熊本に住む子どもたちに参加してもらった。

 次にこだわったのが、サッカー歴や所属チームだった。低学年と高学年に分かれて行なったイベントでは、あえてサッカー歴がバラバラになるようにした。

 サッカー歴がすでに数年という子どももいれば、これを機にサッカーを始めたいと考えている子どもも選んだ。所属チームも偏らないようにしたのは、初対面の相手とのプレーやコミュニケーションを図る機会をつくり、楽しんでもらいたいと思ったからだ。

【一緒に身体を動かし、一緒に楽しんだ】

 経験年数もバラバラならば、所属チームもバラバラ。男女も分け隔てなく選んだ。

 これは、サッカーに限ったことではないが、年齢を重ねていくにつれて、初対面の人たちと行動、活動する機会も増えてくる。人見知りの子もいれば、コミュニケーションに積極的な子もいるように、お互いに助け合いながら、何かを一緒にやる楽しさや喜び、さらには達成感を感じてもらいたかった。

 初めて会う人同士でも、サッカーはボールがひとつあれば、楽しめる。同時に競技の魅力も感じてもらいたかった。

 自分が主催するからこそ、そうした細部にも自分の考えを組み込ませてもらった。

 当日のレクリエーションのメニューについては、ふだんから子どもたちに接し、指導しているスペシャリストに任せたが、その分、自分も彼ら彼女たちと同じ目線になり、プレーヤーとして一緒に楽しもうと考えた。そのほうが、子どもたちとの心の距離が近くなると思ったからだ。だから、ウォーミングアップも含め、一緒に身体を動かし、一緒に楽しんだ。

 イベント中は、積極的に子どもたちに声をかけ、できたことを褒め、楽しい空気をつくるように心がけた。時間が経つにつれて、子どもたちが照れや恥ずかしさを忘れ、一生懸命にボールを追う姿や、真剣な表情でボールを奪い合う姿が見られてうれしかった。

 イベントを終えた子どもたちから「楽しかった」「また、やってください」との声を聞いた時には、僕自身がうれしくなってしまった。心の底から「やってよかったな」と思った。

 子どもたちに夢や希望を抱くきっかけとなる刺激を与えたい。それは幼いころの自分が、両親や出会った指導者からもらったものでもあった。

 僕が本格的にサッカーを始めた熊本ユナイテッドSCは、通っていた幼稚園の先生や両親たちが中心になって発足したチームだった。運動、特にサッカーが好きな子どもたちがプレーする環境をつくろうと、チームを立ち上げ、僕らがサッカーを楽しめる環境を整えてくれた。

【未来を思い描いて、踏み出した一歩】

 それによって、時には喜びを、時には悔しさを、その刺激により喜怒哀楽を知り、チームワークを養い、向上心を抱き......自分を形成するすべてを育ててもらった。

 その感謝が根底にあるからこそ、今、熊本でサッカーをしている子どもたちに、自分が"刺激"を与える存在になれたら。

 子どものころ、サッカーを通じて友だちができ、ボールを蹴って絆を深め、いろいろなチームと対戦して、勝ったり負けたりと、感情を揺さぶられた。そのたびに楽しさを、そのたびに悔しさを、そして、もっとうまくなりたい、強くなりたいと思っていた。

 サッカーがいろいろなことを経験させてくれたから、今度は自分がそれを経験させる存在になりたい。その思いから開催したイベントだった。

 "一歩"と記したように、今回のスクールは初のことだっただけに、日数や人数も限定して開催させてもらった。今後、こうしたイベントを継続してくことで、刺激を与えられる子どもたちの数や回数を増やしていければと考えている。

 子どもたちがサッカーを通じて、さらに喜怒哀楽を感じる大きな舞台を提供することができれば──。それを多くの人たちに知ってもらい、見てもらう機会にできれば、これまでになかった新しい刺激になるだろう。

 そうした未来を思い描いて、踏み出した一歩だった。

◆第22回につづく>>


【profile】
谷口彰悟(たにぐち・しょうご)
1991年7月15日生まれ、熊本県熊本市出身。大津高→筑波大を経て2014年に川崎フロンターレに正式入団。高い守備能力でスタメンを奪取し、4度のリーグ優勝に貢献する。Jリーグベストイレブンにも4度選出。2015年6月のイラク戦で日本代表デビュー。カタールW杯スペイン戦では日本代表選手・最年長31歳139日でW杯初出場を果たす。2023年からカタールのアル・ラーヤンSCでプレーしたのち、2024年7月にベルギーのシント・トロイデンに完全移籍する。ポジション=DF。身長183cm、体重75kg。