「配属ガチャ」を嘆く人と異動できる人の決定的差
自らチャンスを広げられる人とそうではない人の働き方には、どんな違いがあるのでしょうか(写真:mayucolor/PIXTA)
「本当は、あんな仕事がしたいのに」「本当は、こんなポストに就きたいのに」と現状に不満を抱える若手社員も多いようです。自らチャンスを広げられる人とそうではない人の働き方にはどんな違いがあるのでしょうか。
『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』は、一時期、低迷していた任天堂の起死回生にアメリカ任天堂を通じて貢献したレジー・フィサメィによる企業再生の書。しかし他の企業再生本とは一味違うと話すのは起業家・経営者の池見幸浩氏だ。池見氏に本書の読みどころを聞いた。
自らチャンスを広げた著者の働き方とは
『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』は企業再生の書ですが、1つ、類書と大きく異なるところがあるとしたら、それは本社ではなく子会社を軸に語られている点でしょう。創業者一族でもなければ本社の社長でもなく、P&Gなどでマーケターとして実績を積んだ末に、アメリカ任天堂のセールス&マーケティングのEVP(エグゼクティブ・バイス・プレジデント)、後に社長兼COOに就任。そんな著者レジー・フィサメィが克明に記した、アメリカ任天堂復活までの道のりです。
もちろんアメリカは、世界のゲーム業界を押さえるうえで非常に重要なマーケットです。現にアメリカ任天堂は任天堂の最大の子会社であり、その復活は任天堂そのものの復活に直結していたと言えます。ただし本社幹部に比べれば、おそらく「子会社のセールス&マーケティングの責任者、後に社長兼COO」である著者が持ちえた情報も権限も限られていたはず。だからこそ、他の企業再生本にはない読みどころがあると感じました。
その読みどころとは「情報や権限が限られている中でも、目の前の仕事を当事者意識をもってしっかりとこなすことでチャンスをつかむ」という著者の働き方、生き方を追体験できることです。
つまり本書は企業再生ドキュメントでありながら、それを通じて個人の立身出世ストーリーを読み取ることもできるのです。
ビジネス書などで、よく「一社員であっても経営者の目線で考えよ」といった文言を見かけますが、そんなことは、ほぼできないだろうというのが僕の考えです。経営者と一社員とでは、持っている情報に格段の差があるからです。事業の背景事情から隠れたリスクまで、一社員では知り得ないことがたくさんある。もちろん権限も非常に限られています。そんな立場の違いによる情報格差・権限の違いを超えて、「経営者と同じ目線で考えよ」というほうが無理筋でしょう。
といっても、ひたすら経営陣が示す方針に従い、与えられる仕事を流れ作業でこなしていればいいかといえば、そうではありません。今、目の前にある業務に、自分が知りうる情報と武器をもって全力で取り組めば、必ず道は拓け、チャンスをつかめる。本書は、著者自身の体験を通じて、そのことを教えてくれています。
働く者すべてに「信念」が必要
本書の中で著者は「信念」の重要性を説いています。「情報や権限が限られている中でも、目の前の仕事をしっかりとこなす」という働き方の根底にあったのも、おそらく、揺るぎない信念なのでしょう。
たびたび岩田聡氏(任天堂前社長)や本社幹部に異論を唱えたり説得にかかったりするエピソードも出てきますが、それも信念ゆえのこと。特に「任天堂の再生をかけた大勝負」として挑んだゲームイベント「E3」で、自分が考えるベストなプレゼンをするために周囲を説得するくだりでは、過去のE3に対する不満を踏まえて「何としても成功させる」「そのためには周囲と衝突することもいとわない」という著者の熱い思いが伝わってきました。
著者は強い信念をもって自分の仕事に取り組んでいるからこそ、その思いをぶつけて相手を説得しにかかる。その真意を図りかねたり、賛同しかねたりする相手に対して、さらに食い下がる。当然、議論が巻き起こることになりますが、それこそが企業の伸び代の証しであり、イノベーションや他にない価値の創出につながっていくのです。
もちろん著者は最初からアメリカ任天堂の責任ある立場に就いていたわけですが、たとえ一社員であっても信念をもって働くことは重要です。時には強い思いを上司にぶつけ、上司の考えを変えようとするぐらいの気概は、どのような立場であっても持っていていいものではないでしょうか。
まず、目の前の仕事に全力で取り組む
では自分の仕事に対する信念とは何か。どのように醸成されるものなのか。ここで重要となるのが消極的・受動的ではなく積極的・能動的に仕事をするオーナーシップです。
たとえば、当社Grooves(グルーヴス)には、クレーム対応など人的サポートを担っているアルバイトがいるのですが、僕からはつねに「みなさんの仕事は、レストランで言えば料理をお客様のテーブルまで運ぶという非常に重要な仕事です」と伝えています。厨房でどれほどおいしい料理を作っても、それを運ぶ人がいなくてはお客様に喜んでいただくことはできません。
料理を作るシェフだけが偉いのではなく、料理をテーブルまで運ぶ人、丁寧にお皿を洗う人などなど、それぞれに立派な役割がある。同様に、クレームに対応して社内の間違いを正すことも当社に欠かせない立派な仕事であると理解したうえで、オーナーシップをもって全力で取り組んでほしいと思っています。
というのも僕自身、起業前に勤めていた会社で任されていた作業に全力投球した経験があるからです。それは傍から見れば本当に些末な雑務だったと思いますが、つねに十二分の出来になるよう、いろいろと工夫を凝らした。「しょせんは上司から与えられた雑務」と割り切って流れ作業でこなすのではなく、オーナーシップをもって取り組んだことが確実にチャンスにつながったという実感があります。
また、世の中には「本当は、あんな仕事がしたいのに」「本当は、こんなポストに就きたいのに」と現状に不満を抱える若手社員も多いようです。
たしかに「隣の芝は青く見える」ものかもしれません。今とは違う活躍の場を求めること自体は前向きな思考と言ってもいいでしょう。ただ、今、目の前にある仕事すら全力で遂行できないのなら、次でも中途半端になってしまう可能性も高いでしょう。
「今いる場所ではやりたいことができない」と決めつけるのではなく、「今いる場所で、いかにやりたいことを仕事に取り入れるか」を考える。三振に終わってもいいから、まず今、いる場所で打席に立ってフルスイングする。やはりオーナーシップをもって今の仕事に全力で取り組んだほうが、よほど未来は明るいはずです。
今、目の前にあることに力を尽くし、失敗も体験しながら、時には上司に楯突くくらいの強い想いをもって仕事に取り組む、その繰り返しによってこそ、道は拓かれるのです。
本書を読んでいても、著者が強烈なオーナーシップの持ち主であることがうかがわれます。それをもって全力で仕事に取り組むことで、確実に信頼を勝ち取り、チャンスをつかみ、ふさわしいポストに就いていく様子に胸が熱くなりました。
入社1年目から経営者まで参考になる書
本書では、著者がどんなことを大事にしているのか、どうやって周囲とコミュニケーションを図り、アメリカ任天堂および任天堂本社で信頼を醸成したのか、時には周囲とぶつかりながら、いかに「こう」と思ったことに心血を注いだのかなどが、つぶさに語られています。
また、冒頭でも述べたように、本書は企業再生本でありながらも、全編を通して、いちマーケターからアメリカ任天堂のセールス&マーケティングの責任者、社長兼COO、さらには任天堂本社の執行役員にまでなった著者の立身出世ストーリーでもあります。一人のビジネスパーソンとして成長し、チャンスをつかむには、どう仕事に向き合うべきなのか。
著者は一種の「成り上がり」を成功させたという目で読めば、入社1年目〜数年の若手社員や中堅社員も多くを学び取ることができるはずです。
(後編に続く)
(構成:福島結実子)
(池見 幸浩 : grooves(グルーヴス)代表取締役)