JR南武線、小田急小田原線の2路線が交差する登戸駅(川崎市多摩区)では1988(昭和63)年頃から土地区画整理事業が続けられてきました。事業が終盤に差し掛かったところで、駅前の顔となる再開発事業の都市計画が決定しました。大きく変貌する登戸の様子を見てきました。

工事が進む登戸駅前。正面奥に見えているのがJR南武線の、左側が小田急小田原線の駅(筆者撮影)

江戸時代は宿場町、渡し場として栄えた登戸

多摩川を渡る小田急線。多摩川の対岸は東京都狛江市(筆者撮影)

川崎市多摩区にある登戸駅は、新宿を出発した小田急小田原線が多摩川を渡ったところにある駅です。江戸時代には津久井地方(相模原市)で生産される絹や麻生地区(川崎市麻生区)の日本最古の甘柿・禅寺丸柿などの産物を江戸に運ぶための流通の道・津久井道の宿場町として栄え、多摩川の渡し船が発着する要衝地でもありました。

登戸エリアは多摩川と生田緑地などのある多摩丘陵の間の細長い平地にあります(筆者撮影)

多摩川と多摩丘陵の間にあるため、水田にできる平坦な土地が少なく、登戸周辺に住んでいた人たちは米作りに加え、職人としても働いていたとか。川崎市が作っている「登戸地区の津久井道とは」という地域の歴史を継承するために作られているページによると、江戸時代には100メートルの間に14軒もが下駄を作っていたそう。今の登戸の風景からは想像もできません。

昭和末から土地区画整理事業がスタート

登戸の歴史的変化。1909(明治42)年の時点では周辺は水田(出典:登戸・向ヶ丘遊園駅周辺地区まちづくりビジョン 川崎市)

といっても明治期の地図では、街道沿い以外は水田が広がっています。1927(昭和2)年には南武線(当時は南武鉄道)、小田急小田原線(当時は小田原急行)が開業していますが、市街化が本格的に進展するのは川崎市全体の人口が急増したと同じ昭和30代以降。

1988(昭和63)年頃から土地区画整理事業が行われ、2018(平成30)年頃までには駅のペデストリアンデッキや多摩病院などが開業しています(出典:登戸・向ヶ丘遊園駅周辺地区まちづくりビジョン 川崎市)

ただ、インフラが未整備のままに市街化が進展したことで防災面での不安、生活環境の悪化などが進み、市では1988(昭和63)年頃から土地区画整理事業に着手します。

川崎市北部エリアの地域生活拠点として期待

それから2023年時点で35年。すでに市街地化していた地域の土地区画整理は難航、長い年月がかかりましたが、2025年度末の完成が目前となり、事業はすでに終盤に差し掛かりました。今後は駅前広場や公園の整備が進められる予定と川崎市の「登戸・向ヶ丘遊園駅周辺地区まちづくりビジョン」(2021年)は伝えています。

登戸で開発が進む3つの理由

川崎市では市を4つのエリアに分けてそれぞれにまちづくりを行っています。登戸は北部エリアにあります。(出典:登戸・向ヶ丘遊園駅周辺地区まちづくりビジョン 川崎市)

これだけ長い時間をかけて土地区画整理をしてきたのは、川崎市総合計画の中で登戸駅と隣駅である向ヶ丘遊園駅周辺地区を北部エリアの地域生活拠点として位置付けているからです。

多摩区内でのそれぞれの地域に位置付け(出典:登戸・向ヶ丘遊園駅周辺地区まちづくりビジョン 川崎市)

多摩区で見ても登戸駅・向ヶ丘遊園駅周辺が中心とされており、そこから郊外部に向けて多様な街を作ろうという計画となっています。

年々高くなる交通利便性が第一の理由

南武線の改札。左に出てペデストリアンデッキを抜けたところが小田急小田原線の駅。再開発エリアはこちら側にあります(筆者撮影)

登戸駅・向ヶ丘遊園駅周辺が北部エリアの中心として選ばれている背景にはいくつかの理由があります。ひとつは交通の利便性が高いエリアであること。登戸駅は前述したように2路線が利用できる駅で、JR南武線利用で川崎駅まで約21分(快速)、小田急小田原線利用で町田駅まで約15分(快速急行)。

小田急線の複々線化、登戸駅に快速急行が止まるようになったことから都心へのアクセスは年々便利になっており、実際、乗客数も増加しています。

小田急線は小田原や箱根などの観光地へのアクセスも良い路線。仕事だけでなく、遊びにも便利なのです。

車利用でも中央自動車道、東名高速道路の各インターまで車で約20分。都心へも、郊外へも行きやすい立地です。

地域資源の豊かさにも注目

川崎市でもっとも人気の施設は「藤子・F・不二雄ミュージアム」とのことで、登戸駅からは便利な直行バスが運行中。登戸駅構内にはおなじみのキャラクターの像があります(筆者撮影)

特色ある文化・観光施設や多摩川、生田緑地などの自然環境といった地域資源に恵まれているというのが2点目の理由。

川崎市内の主要観光施設の入込観光客数をリスト化したもの(出典:登戸・向ヶ丘遊園駅周辺地区まちづくりビジョン 川崎市)

川崎市の施設のうちでも集客力がある「藤子・F・不二雄ミュージアム」「かわさき宙と緑の科学館」「日本民家園」「岡本太郎美術館」などがこのエリアにある生田緑地内にあるのです。

多摩川は憩いの場、アクティビティの場として、また災害時には広域避難所としても地域にとって大事な存在。子どもたちの自然教育の場としても使われています。

地域資源のうちには大学の存在もあります。川崎市は専修大学、明治大学と協定を結んでおり、大学と地域社会との連携に取り組んできました。このエリアは学生の多い街でもあるのです。

若い人が多く、人口も増えている登戸エリア

もうひとつの理由は以上の2点を受けてか、多摩区の人口に占める20~30代の比率が川崎市内では最も高く、さらに登戸駅、向ヶ丘遊園駅周辺は人口が増加している地域ともなっています。

土地区画整理が進み、交通利便性が高く、集客できる施設も多い地域で人口も増加しているとなれば、そこを拠点に地域を考えていこうとするのは当然でしょう。

駅周辺には複合的な土地利用を誘導

では、具体的に駅周辺をどのように変えようとしているのでしょうか。同ビジョンによると〈登戸駅・向ヶ丘遊園駅を中心に形成された拠点地域は、商業・業務、文化施設等が調和した、高密度の複合的な土地利用を誘導する「商業業務エリア」に位置して〉いるとされており、〈土地区画整理事業を推進するとともに地区計画等を活用し、基盤整備と一体となった土地の高度利用による計画的な市街地形成を促進する〉としています。

整理された土地の上に計画的で暮らしやすい新しい街を作ろうというわけで、それにあたっては安全、安心、快適に移動できる交通環境の形成、乗り継ぎの利便性、駅周辺の回遊性、駅前広場、歩行者空間、自転車の利用環境の整備などが検討されています。

加えて、歩きたくなる街をめざした商店街の整備、街路樹や緑地、屋上緑化、壁面緑化への配慮、多摩川を生かした魅力ある水辺空間作りなど目指すものは多彩で、それがひとつずつ実現されていくとしたら、このエリアは大きく変わるはずです。

駅周辺の地価は上昇中

これから住宅を購入する人からするとあまりうれしくはありませんが、このエリアの地価は上昇傾向にあるとのこと(出典:登戸・向ヶ丘遊園駅周辺地区まちづくりビジョン 川崎市)

実際、そうした変化への期待からでしょうか、同ビジョンではここ10年間、駅周辺の地価が上昇していることを伝えています。

筆者はこの事業が進展している間、何度も登戸を訪れていますが、当初残されていた細い道、木造の古い建物は徐々に新しくなっており、今では別の街を見ているようです。

駅前再開発の全容は?

その登戸駅前で2023年11月に「(仮称)登戸駅前地区第一種市街地再開発事業」の都市計画が決定されました。

これは土地区画整理事業区域内の街区の一部、約0.6ヘクタールを一体的に整備する再開発事業で、計画建物の低層部にはにぎわいを創出する商業機能、高層部には都市型住宅を整備するほか、駅と街をつなぐ歩行者デッキ、多世代の多様な利用ニーズに対応した魅力的なオープンスペースの整備を行うというもの。

現地は駅の真ん前と言っても良い場所ですから、駅前の顔となるべき建物といっても良いでしょう。

地上38階、高さ140メートルのタワーを建設

プレスリリースから再開発エリアの位置と物件パース(出典:(仮称)登戸駅前地区第一種市街地再開発事業」都市計画決定のお知らせ)

建物は地上38階、高さ140メートルのタワーで、住宅、店舗、駐車場が入ります。2024年度に市街地再開発組合設立、認可を経て2025年度に権利変換計画の認可を受けて着工、2028年度の竣工を目指しています。

まだ都市計画決定の段階ですから、詳細は分かりませんが、これから大きく変わろうとする登戸のシンボルとなる建物になるであろうことは間違いありません。

魅力的な施設、場所が駅周辺に集中

南武線の改札からペデストリアンデッキを抜けたところにある小田急小田原線登戸駅。この写真左手あたりから再開発エリアが一望できます(筆者撮影)

さて、最後に現在の登戸の様子を紹介しておきましょう。JR南武線と小田急小田原線の駅は直交しており、乗り換えは一度改札を出る必要があります。

JR南武線改札向かいには複合商業施設

駅構内にある複合商業施設。それ以外にも街中にはスーパーなど店がオープンし始めていました(筆者撮影)
生鮮食料品、お総菜など品ぞろえも充実(筆者撮影)

JR南武線の改札を出ると反対側には味の食彩館のぼりとという複合商業施設があり、生鮮食料品、書店、飲食店が入っています。特に生鮮食料品店はかなり充実しているので帰り道で買い物する人には便利でしょう。市の行政サービスコーナーも入っています。

駅直結の地域の拠点病院

駅から屋根のある歩道が川崎市立多摩病院まで続いています(筆者撮影)
20科目ほどの診療科がある川崎市立多摩病院。病院前にはバス停もありました(筆者撮影)

そこから多摩川方面に出ると、目の前を多摩エリアと川崎を結ぶ多摩沿線道路が走っています。地上に降りたところで右手を見ると駅から屋根のある歩道が続き、その先には市立多摩病院があります。学校法人聖マリアンナ医科大学が指定管理者として運営しており、救急医療、小児救急、急性期医療などにも積極的に取り組んでいるのだとか。376床を擁する地域の拠点病院です。

多摩川近くに住むという魅力も

多摩川の案内図。東京湾に出るまでにはまだまだ流れが続いています(筆者撮影)

多摩沿線道路から東側へ向かうと、多摩川沿いに多摩川とかわさきの水辺の情報館・二ヶ領せせらぎ館という施設があります。ここでは写真展や植物画教室、郷土史の勉強会などさまざまなイベントが開催されており、水辺に親しむだけでなく、地域の人たちと交流を楽しむこともできます。

子ども達向けには「かわさき水辺の楽校」なる自然体験をする活動が行われています。

多摩川沿いの遊歩道。走っても歩いても気持ちの良い空間でした(筆者撮影)

多摩川沿いには遊歩道があり、サイクリングしている人や散歩する人の姿もちらほら。遮るもののない水辺の道を走るのは爽快そうです。

新築建物に空き地もある区画整理終了エリア

小田急小田原線の西側エリアでは道路も建物も新しく、工事中の場所も(筆者撮影)

続いては多摩川とは反対側、小田急小田原線の西側へ。このエリアは土地区画整理が終わって新たに建設された建物が多いエリアで、ところどころには空き地も。まだまだこれからできていく街というわけです。

にぎわいを生み出し、参入する事業者を探そうとイベントなどが行われています。高架の向こうが再開発エリア(筆者撮影)

小田急小田原線の高架下など道路や宅地として使用を開始していない土地を使っては街ににぎわいを生み、参入するプレイヤーを探すために市と小田急電鉄が連携、登戸・遊園ミライノバという取り組みが行われています。

これは非日常のイベントと定期的にキッチンカーなどが出店する日常の2つの取り組みからなっており、2023年11月には市制100周年記念プレ事業として大がかりなイベントも開かれたそうです。

隣駅の向ヶ丘遊園と一体となって地域が変わる

中央が再開発エリア。それ以外でも建築中の建物があり、今後一気に変わっていくことが予想されます(筆者撮影)

小田急線の高架を潜って東側に行くと、両線の出口が向き合う一画になっており、駅前は道路も含めて絶賛工事中。今後、交通広場が整備されていくことになっており、再開発予定地はその向かい。駅と向かい合うような場所です。

一時は駅前に更地が広がり、殺風景なまちとなっていた登戸ですが、あと2~3年もすれば駅前の風景は大きく変わるでしょう。タワーマンション以外の区画にも開発計画があるようですし、変化を想像しつつ、登戸駅周辺を歩いてこのまちで生活することをイメージしてみてはどうでしょう。

多摩区の区役所と駅の間くらいの場所から駅方向を撮影したもの。奥に見えているのはやはり再開発で誕生したタワーマンション。その手前でも現在マンション建設が進んでいます(筆者撮影)

ちなみにお隣、向ヶ丘遊園駅前でも同様に開発が続けられています。両駅間は600メートルほどで十分歩ける距離。市ではこの2駅をひとつのエリアとして考えており、今後、両駅間で開発が行われていくことで地域全体は大きな変貌を遂げることでしょう。