鹿島アントラーズで引退のクォン・スンテは来日前から日本漫画好き アニメで聞き取り練習
韓国人Jリーガーインタビュー
クォン・スンテ(鹿島アントラーズ) 前編
Jリーグ30年の歴史のなかで、これまで多くの韓国人選手がプレーしてきた。彼らはどのようなきっかけで来日し、日本のサッカー、日本での生活をどう感じているのか。今回は今季限りで引退を表明した鹿島アントラーズのGKクォン・スンテに話を聞いた。
【韓国最強チームで守護神の地位を確立】勝利への強いこだわり、責任感、はっきりとした口調。
クォン・スンテのキャラクターはそういったところだ。これで日本の地でも周囲を惹きつけてきた。
鹿島アントラーズのGKクォン・スンテは今季限りで引退を発表した photo by Yoshizaki Eijinho
自身の現役ラストゲームとなった12月3日のJ1リーグ第34節横浜FC戦では、ベンチで岩政大樹監督に出場を促されながらそれを固辞している。「クラブのホームゲーム最終戦という点のほうが大切でしたから」と。
そういったキャラクター、韓国で兵役を経た影響もありますか?
本人にそう聞いてみた。12月6日の引退会見後のことだ。自身は2006年に全州大学から全北現代モータースに加入後、2011年と12年の2シーズンに渡り兵役義務を果たした。その間、国軍体育部隊のチーム、尚武でプレーしている。
返事はこうだった。
「韓国の男はやっぱりね、軍隊に行ったほうがいいと思うんですよ。兵役生活では『死にたくなければ、死ぬまで戦え』というマインドを教えられます。プレーの面ではすべてがいいことでもなかったですが、男として学んだことは多いです」
そんな彼が日本にやってきたのは2017年だった。
まさか来るとは、という印象だった。
韓国では、最強を誇った全北現代で守護神の地位を確立していた。2006年からの在籍で、リーグ優勝3回。2006年と2016年にはアジアチャンピオンズリーグで優勝を果たした。「ミスター全北」としての立場は約束されたも同然だった。
何より自身、33歳になるシーズンでの移籍。本人も全北のサポーターから「なんで日本に行くの?」「ここで引退すべきじゃ?」と言われたという。
じつのところ鹿島アントラーズからの「ACL優勝にはあなたが必要」という声に心が揺れ、5年契約の2年を残しての移籍を決意したのだった。韓国ではKリーグ無敵を誇った状況にあって、ちょっとしたマンネリを感じていたのも確かだった。
【日本のアニメをたくさん見ていた】とはいえ、本人は「いつか海外移籍を」などとキャリアを描いたこともなかった。
近年の韓国人選手にとってのJリーグとは、「欧州移籍のための最初のステップとして海外生活を経験する場」であったり、あるいは「精密な戦術や技術を学び、自分のスキルを上昇させる場」だったりする。
一方、韓国のGKにとっては同ポジション選手の欧州での成功例がないなか、Jリーグは「数少ない海外移籍先」でもある。
クォン・スンテは自国では韓国の年代別代表を経て、全州大学では1年時からポジションを獲得した存在だった。全北現代には当時Kリーグで実施されていたドラフトで「地域優先指名(ホームタウン出身の選手を優先的に指名)」枠で入団した。
なかなかのエリートにも思えるが、自身の若き日の姿を「キャッチングができなくて解説者にミドルシュートを狙えと言われていた」と笑う。A代表キャップは6、合計4失点で終わったが、「代表を目指せる格ではないと思っていた」とも。
だからか、1984年生まれの自身が10代だった1990年代後半から2000年代前半にかけて「韓国代表のトップクラスがこぞってJリーグに移籍」といった事象にも大きな関心はなかった。日本とは「なんとなく近くにある国」、そしてより重要な点はほかにあった。
「漫画やアニメが好きなんですよ。たくさん見ましたね〜。『スラムダンク』『ワンピース』『呪術廻戦』...『ドラゴンボール』はZが出る前に漫画で全部読んで、その後にアニメで見ました。
好きなキャラクターはドラゴンボールならクリリンとか、スラムダンクならチェ・チス(赤木剛憲)、チョン・デマン(三井寿)だとか、脇役に肩入れ傾向があるみたいです。鹿島に来た頃にも日本語を勉強するにあたって、アニメは活用しましたね。語学の本はしっかり読んだ上で、アニメで聞きとり練習をする、という風に」
【日本での上下関係の感覚がわからなかった】アニメのイメージがほとんどすべてだった国、日本。クォン・スンテは2017年のシーズン開幕前にそこにやってきた。
海外移籍への願望も強くなく、異文化への「予習」もしていなかった韓国の実力派GKを日本で待ち構えたのは、ある日の練習時のチームメイトの強烈な"洗礼"だった。
"お〜いスンテ〜 元気?"
8歳年下の若手選手からの挨拶だった。
挑発してるのか?
そう思ったスンテは本気でやり返そうかとも思った。
「韓国で先輩と言えば、礼儀を尽くすべき相手で、敬意をもって接するべきものなんですが...当初は日本語があまり理解できなかった上に、仮にそれがユーモアだったとしてもピンと来なかった。日本での上下関係の感覚もわかっていませんでしたし」
相手はシンプルに「仲良くなりたい」と思って声をかけてきたのだった。これぞブラジル人が多く在籍してきた鹿島らしい話だ。ブラジルなどキリスト教圏では各自が「神とつながっている尊厳のある個人」(阿部謹也著『「世間」とは何か』より)と捉えているため、年齢による上下関係が希薄だ。
一方のクォン・スンテたるや、儒教の国からやってきた。しかも軍隊で徹底的な上意下達を叩き込まれた男だ。ましてや日本は「漫画を通じたファンタジーの国」というイメージだったのだ。
「日本の選手たちを眺めていくうちに、理解ができてきたんですよ。敬語を使って話すこともあるし、リラックスして自然に会話することもある。文化的な違いなんだな、と」
後編「クォン・スンテが振り返る鹿島での7年間」につづく>>
クォン・スンテ
權純泰/1984年9月11日生まれ。韓国江原道江陵市出身。GK。全州大学から2006年にKリーグ全北現代モータースに入団。2011−12年の尚武(兵役)でのプレーを経て、2016年まで在籍。Kリーグ優勝3回、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝2回を経験した。韓国代表では国際Aマッチ6試合に出場。2017年に鹿島アントラーズへ移籍すると、2018年のACL優勝などに貢献。7シーズンのプレーの後、2023年シーズンをもって引退を発表した。