サガン鳥栖・川井健太監督のキャリアハイを生む選手育成術「ミスを認めない選手が一番、タチが悪い」
今シーズンのサガン鳥栖は、小泉慶(FC東京)など、多くの選手がJ1のクラブに移籍する一方、在籍選手も目覚ましい台頭を見せた。昨季、川井健太監督が就任して以降、新加入選手にJ1のレギュラーだった選手はいない。しかし、今シーズンがJ1初挑戦だった河原創や山崎浩介は、今や他クラブから舌なめずりされる存在だ。愛媛FC時代からの秘蔵っ子である長沼洋一は、新境地で10得点。小野裕二(シーズン終了後、アルビレックス新潟に移籍)は30代でキャリアハイの9得点を挙げた。
川井監督にインタビューを行なったのは8月。直前のアビスパ福岡戦は、相手を圧倒しながら0−1で敗れていた。愛媛では川村拓夢(サンフレッチェ広島)、モンテディオ山形でも半田陸(ガンバ大阪)という日本代表選手に多大な影響を与えた指導者の論理とは?
試合中、選手に指示を与える川井健太監督(サガン鳥栖)photo by Fujita Masato
――鳥栖はほとんどの選手がそれまではJ1のサブ、もしくはJ2でしたが、その戦力で上位を窺い、ひとりひとりの価値は高騰しています。選手の成長こそ、何より川井監督の成果の象徴ではないかと。
「そういう選手を持ちたい、作りたい、とは思っているので、仕組みを与えました。よく体現してくれているな、と思っています」
――たとえば、堀米勇輝は今やJリーグで屈指の左利きアタッカーです。
「堀米は持っている力があったんです。僕が『作る』という作業で、その分の時間は要らなかった。堀米が持つ個人技術、戦術があったわけですが、僕がやりたいフットボールのなかでどこに立ってほしいか、このボール状況だったらどこにいてほしいか、ひとつずつ説明することは不可能ですが、新たな正解を与える、というアプローチをしてきました。
僕が大切にしているのは、スペース、前に行くことで、これは選手全員同じですが、そのキーワードを持ちながらトレーニングをした。堀米の場合は、コーチだった山形の時に、個別にやったのは大きかったですね。鳥栖に来て、それをアップデートさせた。今では案外、個でもグッと(前に)いけるんですよね。(アビスパ福岡戦では強度に特徴がある)井手口(陽介)選手より前に出ていました。ああいうシーンが毎試合、一、二度はあるんですよ」
【使い続ける選手には理由がある】
――プラチナ世代で「天才」と言われていた堀米ですが、脆さが足かせになっていました。
「弱さというのはありました。そこで、『なるべく当たらないのが一番いい』とは伝えました。なぜかと言うと、ボールを正確に扱えるし、正確に前に運べるので。ただその上で、相手が邪魔をしてくる競技なので、フィジカルコンタクトは避けられないということがあって、そうなったらそうなったで『勝ちなさい』、と。そうならないようにするのが大前提ですが、そうなっても嫌がるのではなくて、『そうなるよね』っていうトレーニングもしてきました」
――堀米は技術の高さもさることながら、高速プレーのなか、的確な判断で知性を感じさせます。
「堀米は、僕がすごく大切にしている判断のところを間違えない。ちょっとしたキックのズレとかはあるんですけど。たとえば福岡戦は、100分間ピッチに立って、判断を間違えたことは一度もなかったかもしれない。ボールを失うこともなかった。(オフサイドでゴールを取り消された横山歩夢へのラストパスでは)最後は味方のパスがズレたんですけど、そのなかでベターを探していった。その能力はかなり高いと思います。Jリーグでも際立っていますね」
――川井監督が考える、選手を使う基準はどこにありますか? はっきり言えば、好き嫌いがあるのも感じます。
「使い続ける選手には理由がありますね。それこそ感覚だと思います。結局はフィーリングで、監督である以上に、人間には好き嫌いがあるし、それもフットボールで勝つための基準かもしれません。
好き嫌い=選手選考で、(自分が)使い続ける選手は、変われる人間で、受け入れるメンタリティがあるか。僕はこのふたつを重要視しています。ミスはあるもので、ミスを認めない選手が一番、タチが悪い。なぜなら、『変わる必要がない、自分は悪くない』と思ってしまうと、『何が悪かったの?』とミスを受け入れられないからです。僕ら指導者は、(選手が)変わろうとするところでアプローチできるわけで、僕の好き嫌いはそこです」
【開眼した選手は何人もいる】
――逆に中野伸哉のガンバ大阪移籍は、"ミステリー"でした。あれだけの天分を持ちながら結果が出ず、夏には放出をせざるを得なくなった......。
「伸哉は何ひとつサボっていなかったです。僕が言った、『ミスを受け入れる』『変わろうとするメンタリティ』、ふたつとも持っていて、人間的にも悪くない。ただ、できることが多すぎたんです。
多くの選手は、ミスがあったとして、改善するために『この中から探せばいい』となる。でも伸哉の幅は広くて、僕らもその中でいろんなものを触ったんですけど、『左サイドバックのこれ』では終わらない。たとえば、『左足コントロールでそっち側に』と思うんですけど、彼にとっては右足ワンタッチで蹴れる。そうした小さなズレがたくさんあって、僕らもたくさんアプローチし、彼も変わろうとしていたけど、時間は止められないので、成長のためには環境を変えるのが大事じゃないかと。それで彼のメンタル、フィジカルの回線がつながったらと思っています」
――麾下選手では、誰が一番、開眼しましたか?
「何人もいますよ、長沼、堀米はもともと持っていましたが、菊地(泰智)と手塚(康平)は変わったかなって。手塚は特に変わりました」
――当初、横浜FCから獲得した手塚を使ってはいませんでした。
「手塚はミスを認めるメンタリティ、変われるメンタリティがありました。ただ、フィジカル的な問題があったのと、考え方のところで......。これは習慣だったんでしょうけど、僕らが求めているものとは(ポジショニングなどが)180度違いました。それを変えていく作業に時間がかかったんです。鳥栖に来たのも、そこが未熟で足りないからで、回線がつながるように体に染み込ませました」
――左サイドバックに関しては、本来アタッカーである菊地の抜擢は"発明"に近いです。
「確かに、どの監督も生まないですよね(笑)。ディフェンスとしての判断で、ベターなものができるようになってきました」
――ウイングバックだった長沼は複数のポジションをこなすようになり、ストライカーとしても覚醒した感があります。
「ペナルティエリアでは、顔を変えないといけないんですよ。エリアの外では、ある程度、みんな同じような顔で問題ないのですが。辿り着いたところで、フィニッシャーの顔になれるか」
――横山歩夢にも爆発力を感じます。
「横山はケガもあって出遅れましたが、成長していますよ。(波はありますが)今はそれでいいです。賢さを身につけるトレーニングもしているし、本来のフィニッシャーの顔、リンクマンの顔(フィニッシャー以外のフィールドプレーヤーの顔)、同時進行でよくなっていますよ」
――小野、長沼という純然たるストライカーではなかった選手の得点が増えました。
「『FWは感覚で教えられないから、外国人FWに頼る』という発想も悪いことではないし、僕らにもその可能性はあります。では、なぜ小野、長沼がそれだけ得点をとっているのか。しっかりロジックで伝えているつもりです。彼らはキャリアハイの得点で、とり方のパターンもこれまでと違います。トレーニングで教わって自分に取り込み、『こういうことね』と納得してゴールできています。僕らスタッフは、"ペナルティエリアの中も教えられる"と信じています」
J1において鳥栖は戦力予算が下から1、2番目のチームである事実を忘れてはならないだろう。そのなかで、能動的フットボールで降格を回避。選手が確実に覚醒を続けているのは福音である。
Profile
川井健太(かわい・けんた)
1981年6月7日、愛媛県生まれ。現役時代は愛媛FCでプレー。指導者としては環太平洋短期大学部サッカー部監督を皮切りに、愛媛FCレディースヘッドコーチ、日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチ、愛媛FCレディース監督、愛媛FC U‐18監督、愛媛FC監督、モンテディオ山形コーチを経て、2022シーズンからサガン鳥栖監督に就任した。