モデルで経済を分析することには、どのような利点があるのでしょうか(写真:ふじよ/PIXTA)

経済学の分野で、革新的な業績をあげ続けているスーパースターのチームが、大学の学部生のために執筆した教科書がある。『アセモグル/レイブソン/リスト 経済学』だ(日本語版は入門経済学/ミクロ経済学/マクロ経済学の3分冊で刊行)。

一流の経済学者は、これから経済学を学ぶ初心者にどんなことを教えようとしているのか。その一部を、抜粋・編集して紹介しよう。

大学には、進学する価値はあるのか?

大学に進学するのは大きな投資だ。


学費はコミュニティ・カレッジ(地域の公立教育機関)で年間2500ドル、公立大学で年間5000ドル、私立大学なら約2万5000ドルかかる(1ドル150円で換算すると、それぞれ37万5000円、75万円、375万円)。

それだけではない。1時間の労働の価値を10ドル以上とすれば、大学教育の機会費用(大学に行かずに時給10ドルの仕事をした場合の費用)は合計で年間2万ドル以上になる。

大学教育を投資ととらえるならば、その見返りをどう考えればいいだろうか? 「教育の便益」とは何だろうか? それを測定する方法はあるのだろうか? 

モデルとデータを使ってこの疑問に答えていこう。

経済学の第3の重要な原理は経験主義である。これは、データを使って世の中の出来事を分析するということだ(前回述べたように、第1の原理は最適化、第2の原理は均衡)。

経験主義は、すべての科学的分析において重要な概念である。

経済学者、社会科学者、自然科学者が以下のことを行うために使う一連のプロセスを科学的方法と言う。

1. 世の中の出来事を表すモデルを考え出す。

2. データを用いてそのモデルを検証する(モデルとデータが一致するかどうかを評価する)。

経済学者は、このプロセスで世の中を示す「真」のモデルを明らかにできると期待しているわけではない。世の中は非常に複雑だからだ。

経済学者が期待しているのは、世の中を理解するのに役立つモデルはどれかを見つけ出すことである。データを使って検証すれば、良いモデルと悪いモデルを区別できる。

モデルとは何か

良いモデルは、データとの整合性がより高い。モデルと実際のデータがあまりに食い違うときには、経済学者はモデルを修正したり、まったく別のモデルを用いたりする。

このプロセスを経ることで、過去の出来事を説明するのに役立つモデルや、ある程度の確からしさをもって将来を予測するのに役立つモデルを見つけることができる。

まず、モデルとは何か、データを使ってモデルをどうやって検証するのか、ということから説明しよう。

かつては誰もが、地球は平らだと信じていた。今では誰もが、地球はフリスビーではなくビーチボールのような丸い形だと知っている。

だが平面モデルはいまだに使われている。ガソリンスタンドで売っているのは、平面の道路地図だけだ。カーナビの地図も平面図で、車のダッシュボードに地球儀を入れている人はいない。

平面地図も地球儀も、どちらも地球の表面を表したモデルだ。モデルは、世の中の出来事を簡単化して描写したり、説明したりする。

シンプルで便利であることが大事

モデルは単純化されたものであり、現実を完全に再現したものではない。平面地図が地球の表面を正確に描いたモデルでないのは明らかだ。曲線の曲がり具合(曲率)が歪められている。

ただし、ニューヨークから東京に行くときは曲率は重要だが、ニューヨーク市内を観光するときには地球が球状かどうかを意識する必要はない。

科学者は(通勤者もそうだが)、当面の問題を分析するのに最も適したモデルを使用する。(地球は平らだという)間違った想定に基づくモデル(地図)であっても、将来の予測をしたり、計画を立てたりするのに役立つこともある。

モデルについて言えば、厳密に正確であるよりも、シンプルで便利であることのほうが重要性を持つ。


科学的モデルによる予測はすべて、世の中を描写する事実や測定結果、統計などのデータを使って検証できる。 

経済学者は実証的エビデンスを構築するためにデータを使用するので、自分たちを経験主義者または経験主義の実践者と呼ぶことがよくある。

このような用語はすべて、次の基本的アイデアに帰着する。それは、世の中の出来事に関する問題に答えるために、またモデルを検証するために、データを使用するということだ。

たとえば、ニューヨーク市内の地下鉄路線図なら、その地下鉄に実際に乗って路線図の正確性を確認することで地図モデルを検証できる。

経済学の実証分析では、モデルによる予測を仮説と呼ぶ。

その仮説が利用可能なデータと矛盾するたびに、経済学者はまた振り出しに戻って、新しい仮説を導き出す、より良いモデルを見つけようとする。

経済モデルの例

経済モデルの例を考えてみよう。ここでは極めて簡単化したモデルについて検討する。

しかし、ここでの例よりずっと複雑な経済モデルもまた、現実を極めて単純化したものである。


経済モデルはすべて仮定からはじまる。教育の便益について次のように仮定しよう。教育に投資する年数が1年増えるごとに、将来賃金は10%ずつ増える。

そして、この仮定をもとに、ある人の教育レベルと賃金を関連づけるモデルを作ろう。

賃金が10%増加するとは、元の賃金に1+0.10=1.10を掛けることと同じだ。

この仮定によれば、1年長く教育を受けた人はそうでない人と比較して1.10倍の賃金を得る。たとえば、13年間の教育を受けて時給15ドルで働いている人が、もう1年、計14年間の教育を受けたとしたら、その人の時給は1.10×15ドルで、16.50ドルに上昇することになる。

経済学では仮定を使って、インプリケーション(含意)を導き出す。

たとえばこの仮定に従うと、教育年数が2年増えたら、賃金が10%ずつ2回増えることになるので、合計で21%増える。

1.10×1.10=1.21

では教育年数が4年増えるとしてみよう。10%の賃金の増加が4回あるということなので、合計で46%増えることになる。

1.10×1.10×1.10×1.10=(1.10)4=1.46

これは、大学を卒業する(4年間の教育を受ける)と、高校で教育が終わった場合と比較して、所得が46%増えることを意味する。

言い換えると、このモデルの予測(仮説)では、大卒の所得は高卒の所得より46%高い、ということになる。

ちなみに、ほとんどの経済モデルは、これよりはるかに複雑だ。仮定からインプリケーションを導き出す数学的な分析に何ページも割いている経済モデルはたくさんある。

とはいえ簡単なモデルは、議論の良い出発点になる。

(ダロン・アセモグル : 米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授)
(デヴィッド・レイブソン : ハーバード大学経済学部ロバート・I・ゴールドマン記念教授)
(ジョン・A・リスト : シカゴ大学経済学部ケネス・C・グリフィン特別功労教授)