ライオンズ「若手の"やる気"頼らない研修」の裏側
2014年から西武のマイドセット講習を担当する株式会社ホープスの坂井伸一郎社長(筆者撮影)
西武やヤクルト、プロバスケットボールチームなどで行われている「マインドセット研修」が今、一般企業から注目を集めている。
アスリートを一流に育て上げる手法が、Z世代の育成にも通じるからだ。
スポーツチームの監督や一般企業の管理職は、どうすればチーム全員を戦力にするような“采配”を振れるのか。その真髄に迫る。
*1回目の記事:「西武ライオンズ『若手の伸び悩み』解消する新挑戦」
*2回目の記事:「西武ライオンズ『獅考トレーニング』驚きの全貌
*4回目の記事:「西武ライオンズ『"正しく走る"トレーニング』驚く全貌」
「プロアスリート」と「Z世代」の共通点
プロ野球やプロバスケットボールのチームなどに「思考力」や「マインドセット」の研修を提供している株式会社ホープスには、最近、一般企業からの依頼も増えている。
「Z世代の人材育成に四苦八苦され、スポーツ界の手法を活かせないかと考える人事の方が増えているからです」
そう説明するのが、同社の坂井伸一郎社長だ。
「プロアスリート」と「Z世代」には共通点がある。自分が興味を持つことには熱心になる一方、そうでないものにはなかなか関心を示さないことだ。
ホープスは2014年から埼玉西武ライオンズの若手選手たちに対し、思考力を伸ばす研修を担当している。
当初、ドラフト1位で入団した森友哉(現オリックス・バファローズ)や同2位の山川穂高らが参加したものの、“学級崩壊”の様相だったという。
「アスリートの研修では『つまらない』と彼らは寝るんです。もしくは聞かない。現在のように、ライオンズの選手たちが真剣に耳を傾けてくれるようになるまで、ある程度の時間がかかりました」
「なぜ、選手たちは話を聞かないのか」講師側がそう一方的に思い込むことが、失敗の一歩目だったと坂井氏は振り返る。
「反省したのは、我々が企業研修と同じスタンスでのぞんだことです。
ビジネスパーソン向けの場合、会社から『このセミナーを受けなさい』と言われ、人事が研修を後ろで見ているから、社員はお行儀よく受けるのが一般的でした。
聞く姿勢のできたオーディエンスだから、講師も『これが大事だよ』と言えばいいという前提で行われていた。セミナーを提供する側が『俺たちはいいことを言っているんだから、聞かないヤツはバカだ』という研修がすごく多かったんです。
でも、アスリートの研修は、それではうまくいきません」
アスリート研修で培ったノウハウが、ビジネスパーソンに対しても活きているという坂井氏(筆者撮影)
「これを覚えておいて」は通用しない
プロ野球選手たちには学生の頃、授業を熱心に聞いていなかった者も少なくない。端的に言えば、つまらないからだ。
子どもの頃から野球で人生を切り開こうと考え、勉強しても役に立たないと思うから耳を傾けない。
そうして育った選手たちに、どうすれば話を聞いてもらえるか。坂井氏が続ける。
「例えば資料で普通は『テーマ1、テーマ2』とするところを『1回、2回』と野球にちなんだものにしたり、パワーポイントの挿絵にボールやバットを織り交ぜたり、選手たちが“拒否反応”を示さないものを散りばめていきます。
講師にも、野球経験のある人を連れてくる。どうすれば、選手たちが研修に向き合ってもらえるかと考えました。
ティーチング一辺倒になり『これを覚えておいて』という研修は、アスリートには通用しません。Z世代にも同じことが言えます」
アスリートやZ世代を対象にしたセミナーでポイントになるのは、どうすれば、やる気のない者に話を聞いてもらえるかだ。昨今、一般企業からもそうしたアプローチが求められていると坂井氏が語る。
「人の首に縄をつけて、どっちかに引っ張っていくような育成やマネジメントはもう通用しない世の中になっているからです。その前提に立って、あらゆることを再構成しなければいけない。
社員のやる気を当てにしてマネジメントするのは、これからの時代はうまくいきません。
やる気がない人にやる気を起こさせるのではなく、やる気がないままどうすればミニマムの戦力になってもらえるか。やる気がないなりに自分の役割や居場所が組織の中にできると、少しずつモチベーションにつながるかもしれません。
モチベーションにつながらなくても、少しずつ『やってもいいかな』『もう少しこうしたら、さらによくなるのに』とやる気がグッと首をもたげてくることもあります」
やる気の低い者も含め、ベンチにいる全員を戦力にできたほうが勝利に近づくと坂井氏は語る(筆者撮影)
やる気は、第三者にはコントロールできない
やる気のない者を見捨てるのではなく、少しでも戦力になるように仕向けていく。坂井氏がそうした発想を持つきっかけは、社会人野球のホンダで監督を務めた長谷川寿氏に聞いた話だった。
「ビジネスの世界では組織の全員に対し、自分の持っている力を発揮することを求めますよね?
でも野球では、調子が悪い選手に『お前の力はこんなはずではない』と言ったところで調子はよくなりません。調子が悪い選手や、波に乗っていない選手も含めて、チームにいる選手たちをどう起用して今日の試合に勝つか。それが“采配”なんです」
やる気は他人の中にあるものであり、第三者にはコントロールできない。「天気をあてにするようなものだ」と坂井氏はたとえる。
監督や経営者の立場からすれば、チームがどんな状態でも勝利を目指さなければならない。「他者のやる気」という不確定要素の強いものをあてにする時点で、勝利に対して遠回りになってしまうわけだ。
“采配”を振る者は、やる気や能力の異なる者たちからパフォーマンスをできる限り引き出し、戦力にしていく必要がある。
現代の監督や経営者にそうした考え方が求められるのは、社会や人々の変容も関係していると坂井氏が説明する。
「野村克也さんは監督時代、『プロでありながらモチベーションだ、やる気だなんて言っている奴は三流だ』ということをおっしゃっていました。当時はそれが正解だったのでしょう。
でも、令和のアスリートに野村さんの言葉は通じないと思います。特にZ世代に対しては、そうです。
むしろ監督やコーチは、やる気がない選手をどう采配するか。選手がプロであれ、アマチュアであれ、一般企業の社員であってもそれは同じ。世の中が変わっているので、どんなチームや組織も変わっていく必要があります」
時代を大きく変革させているYouTube
時代を大きく変革させているもののひとつがYouTubeだ。
デジタルネイティブのZ世代にとって生まれながらに存在する一方、中年以上にとってはそうではない。後者からすれば、YouTubeの動画は所詮“素人”が制作していて、プロのレベルに及ばないと考えられる場合もある。
坂井氏は野球指導者にYouTubeの使い方をアドバイスすることも(筆者撮影)
「坂井先生、この前、若い選手が『YouTubeで紹介されているこの練習法をどう思いますか?』って言ってきたんです。
そういうときは好きなようにやらせて、1回失敗させたほうがいいんですかね?『YouTubeなんかあてにするな』と言うのも違う気がして……」
プロ野球の指導者研修で、50代のコーチから坂井氏はそう尋ねられた。質問を聞き、若い世代とのズレを感じた。
「それはつまり、あなたの中に『YouTubeに載っているものなんてたいしたものではない。どうせ、学ぶに値しないものだ。クソの役にも立たない』っていう先入観がありますよね。
我々が初めてインターネットに触れた20年前のコンテンツのクオリティはそうだったかもしれないけど、今のYouTubeは、日本のプロ野球界の常識より、はるかに高いレベルのものもあるし、下のものもあるんです」
坂井氏がそう返答すると、そのコーチはハッとした顔になり、「自分が先入観にとらわれていて、時代の変化に対応できてないってことですね」と返した。
そのうえで坂井氏に聞いたのが、どう対応すればいいのかだった。
若い選手たちが先輩に求めているのは“目利き”
「一緒にそのYouTubeを見て、『俺の目から見て、これは参考になると思うよ』とか『参考にならないよ』と伝えてあげることが大事だと話しました。
今、若い選手たちが先輩に求めているのは“目利き”です。
門前払いされたら次から聞きに行けなくなるので、結果的に彼らが“玉”ではなく“石”を使うことが起きてしまう。今の時代、指導者側の先入観や思い込みを排除していくことが、すごく重要です」
時代が刻々と変化しているからこそ、上に立つ者は先入観や思い込みをなくし、柔軟に物事を見られるようになっていく必要がある。
それができなければ、Z世代やさらに若い人たちとうまくコミュニケーションを図ることはできないだろう。
言うは易く行うは難しだが、野球チームの指導者や企業の経営者、管理職にとって、不可欠な能力となっている。
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*2回目の記事:「西武ライオンズ『獅考トレーニング』驚きの全貌」
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(中島 大輔 : スポーツライター)