ガザのパレスチナ自治区を実効支配するハマスがイスラエルを攻撃したのを皮切りに、両者が戦争状態に突入してから1カ月が経とうとしている。多くの尊い命が犠牲となり、甚大な被害が生まれているが、スポーツの世界もまたその影響を大きく受けている。ガザで、ヨルダン川西岸で、そしてイスラエル全土で、あらゆるスポーツイベントが停止している。

 国際試合で最初に動いたのはバスケットボールのユーロリーグだった。同リーグはハマスの襲撃の数日後に行なわれる予定だった2試合の延期を発表した。イスラエルのマッカビ・テルアビブは、ユーロリーグを6回も制したヨーロッパ屈指の強豪である。彼らのホーム戦は延期になった末、相手チームの本拠地でプレーされることとなった。

 それに続いたのがサッカーだ。UEFAは、イスラエル代表のユーロ2024予選、対コソボ戦とスイス戦、また、イスラエルU−21代表のエストニア戦とドイツ戦を延期。さらにイスラエル、ベルギー、ジブラルタル、ウェールズが対戦するはずだったU−17のトーナメントも延期された。また、イスラエルのクラブチーム、マッカビ・ハイファはヨーロッパリーグに参戦しているが、ホームで行なわれるはずだった第4節ビジャレアル戦は、中立地のキプロスで、無観客で行なわれた。


ヨーロッパリーグのマッカビ・ハイファのホーム戦はキプロスで無観客で行なわれたphoto by Danil Shamkin/NurPhoto via Getty Images

 ちなみにイスラエルのスポーツのほとんどは、アジアではなくヨーロッパの団体に属している。これは近隣のアラブ諸国がイスラエルと対戦することを拒むからである。対戦してしまえば、彼らから見て領土を不法に占領しているイスラエルをひとつの国として認めてしまうことになるのだ。

 一方、パレスチナでは紛争のために空港が使えなくなり、ヨルダンとの陸路も閉鎖されたため、サッカーの代表チームは10月13日から17日までマレーシアで開催された親善試合、ムルデカトーナメントに出場することができなかった。

 パレスチナ代表は近年、ガザを拠点とする選手への依存度が下がっており、優秀な選手の多くは、より良い報酬と条件を求めて、ヨルダン川西岸地区やエジプトのリーグに集まっていた。だが、イスラエルのガザ侵攻による影響で、ウェストバンク(ヨルダン川西岸)プレミアリーグも無期限中断となった。

【さまざまなジャンルのスポーツで犠牲者が】

 スポーツ選手の犠牲者はあとを絶たない。

 イスラエルの元サッカー選手で、国内の数々のトップチームでプレーしていたリオル・アスリンは43歳の誕生日の翌日、イスラエル南部で開催された音楽祭に参加中に殺害された。2部のクラブでプレーするサッカー選手ベン・ビンヤミンもこのフェスに参加しており、命は助かったものの、大事な足を切断する重傷を負った。

 イスラエル・ラクロス協会は、代表選手のモル・コーエン(24歳)がハマスの激しい攻撃を受けたアシュケロンで、遺体で発見されたと発表。柔道のジュニアチャンピオンで、将来を期待されていたヨナタン・グティン(20歳)は兵士として戦い、戦死した。4×100リレーでイスラエル王者だったシラズ・ブロデシュ(23歳)は、ロケット弾から逃げる途中、パートナーとともに世を去った。体操選手のカリーナ・プリティカ(23歳)、新体操選手のミハエル・ルアイミ(22歳)、水泳選手ガン・エダン・ニムリ(22歳)も若い才能を散らしてしまった。

 一方、パレスチナ側の犠牲者も数多く、いまだに把握できないぐらいである。確認されている死者のなかには、バスケットボール選手バシム・アル・ナバヒン(27歳)、サッカー選手ラシッド・ダブール(28歳)、パラリンピックのパレスチナ代表だったアフマド・アワド(21歳)など、多岐に渡るスポーツの選手・関係者が含まれているという。

 パレスチナの有名なサッカー解説者でありアナリストでもあるハリル・ジャダラは、この戦争で亡くなったサッカー選手で、優秀なチームを作ることができたと嘆いている。

 紛争によりイスラエルとパレスチナのスポーツ界が受けている被害は、人的損失や試合ができないこと以外にもある。こんな状況下で、選手は落ち着いて練習などできるわけはない。街にサイレンが鳴り、多くが家族を失っている。まともな練習場やプレーする場所もない。ガザのヤルムーク・スタジアムはイスラエルの空爆により破壊された。

 イスラエルのサッカーU−19代表チームは、2022年のU−19ヨーロッパ選手権で多くの欧州の強豪を破って2位につけ、今年6月にアルゼンチンで行なわれたU−20W杯では日本などを破って3位となった。イスラエル代表がサッカーの国際大会でこれほど高い順位についたことはいまだかつてなかった。

 12年ぶりに2024年パリオリンピックの出場権も獲得し、大きな期待がかかっていた。しかし、大会まで1年をきり、他の国の選手たちが練習にいそしむなか、彼らはほとんど何もできない状態にある。選手たちのほとんどはイスラエル国内のクラブチームに所属しており、大きな後れを取ることは確かだろう。

 サッカーのパレスチナ代表は、これまで一度もW杯に出場したことはない。しかし2026年大会は、アジアに8.5の出場枠が与えられるとあって、他のW杯未出場国と同様、「もしかしたら......」という期待を抱いていた。現在のパレスチナのFIFAランキングはアジア46カ国中、16位だ。まるで非現実的な話ではないだろう。

 パレスチナはホームで圧倒的な強さを誇る。実はW杯予選で、ホームでは一度も負けたことがない。だからこそW杯という夢を掴むには、ホーム戦が大きなカギを握っていた。それなのにパレスチナは自国でプレーできない。ホーム戦だったはずの11月21日のオーストラリア戦は、中立地のクウェートで戦うことになった。しかし、それさえもまだ確実ではない。

 この戦争はスポーツの「現在」ばかりではなく、「未来」までも奪おうとしている。