日本サッカーは勤勉ではなかった! Jリーグとハーランドのデータに驚きの差
今夏のJリーグ対マンチェスター・シティ、バイエルンとの対戦の詳細なデータ分析が発表されている。走行距離やスプリント距離・回数などに差はなし。驚きなのは戦術的な走りの質の数字に大きな開きがあることだった。
【ボール保持時走行距離の差】『Jリーグと世界との差は何か』
少し前の話になるが、9月下旬にJリーグからそんなテーマのテクニカルレポートが発表された。
今夏に実現したマンチェスター・シティ対横浜F・マリノス戦と、バイエルン対川崎フロンターレ戦を振り返って、「トップレベルの試合をより意義深いものとし、Jリーグや日本サッカー界の発展につなげるために」(野々村芳和チェアマン)編集されたものだ。
今夏の横浜FM対マンチェスター・シティの詳細データが明らかに photo by Sano Miki
7月23日に国立競技場で行なわれた横浜FM対シティ戦については、筑波大学蹴球部の松野稜河アナリストによって、両チームのフィジカルにフォーカスした分析がなされた(ように見えた)。
だがこの現役大学4年生は、「フィジカル的な側面から世界と日本の差を見た時、走行距離、スプリント距離(25km/h以上での走行距離)、ハイスピード距離 (20km/h 以上25km/h 未満での走行距離)などで大きな差が開いているわけではない。加速・急加速の回数についても同様であった。つまり身体的な能力差を過度にクローズアップするのは正しくないと言えるかもしれない」と冒頭から記す。
『フィジカル・アナリシス』と題された記事で実際に考察されたのは、身体能力そのものよりも、動きの質、つまり戦術的な側面だったわけだ。
そのうえで取り上げられた数値は、ボール保持時走行距離(7km/h以上)と裏抜け数(自身がボールキープしていない状況で相手DFラインを突破した瞬間が存在する14km/h以上のラン)だ。
ひとつめの数値は、シティが39.2km、横浜FMが27.1kmだったという。横浜FMの7月のJ1リーグ平均値が32.3kmだったことを踏まえても、シティのこの数字は高いものと言える。
この背景にあるのは、周囲の味方のアクションの多さだと分析者は綴る。ボールホルダーの周りのチームメイトが的確かつ頻繁に動くことによって、ポゼッションが維持され、そのぶんボール保持時走行距離が伸びるという。
それがマンツーマン気味に守る横浜FMの守備陣のマークのずれを生み出し、72分に横浜FMのバイタルエリアにスペースができて、ロドリがミドルシュートでシティの4点目を決めたのも、その連動の成果だと続けた。
【ハーランドの圧倒的な裏抜け回数】ポゼッション時のアクションで顕著な差が見られたのは、「裏抜け」の数。実際、この試合では横浜FMの44回に対し、シティのそれは82回と、およそ倍だった。
選手別のランキングも表示され、シティの上位はアーリング・ハーランド(出場45分で21回)、ベルナルド・シウバ(出場30分で11回)、セルヒオ・ゴメス(出場45分で8回)で、横浜FMの上位はエウベル(出場73分で7回)、アンデルソン・ロペス(出場73分で7回)、永戸勝也(出場90分で7回)だった。
「ハーランドの21回は特筆に値する数字だ」と松野氏は書く。「2023シーズンのJ1リーグ2〜7月における1試合あたりの個人トップが29回なので、90分換算すると42回となるハーランドの数字がいかに突出しているかが理解できる」
それ以外にも、インサイドハーフやサイドバック、ウイングなど、あらゆるポジションの選手たちが敵の最終ラインを何度も突き、しかも相手ボックス内に侵入していることが多い。
確かにシティをはじめ、欧州のトップチームの試合を見ていると、チャンスの時に敵陣ペナルティエリアに多くの選手が入っているシーンを頻繁に見る。走力や持久力を高度に備えていることはもちろん、走り込むタイミングを日頃の練習から叩き込まれているのだろう。
ジョゼップ・グアルディオラのチームといえば、ショートパスの連続を思い浮かべるひとも多いはずだが、実際は在籍する選手の特性に合わせて戦い方を自在に変える。そして、現在のシティはフットボール史上最強との呼び声も高い、オールマイティーなチームだ。
ポゼッションをベースとしながらも、逆襲が有効な相手には引いて守って長いフィードをシンプルに前線に送り、ハーランドやケビン・デ・ブライネという特別なクオリティーを持つアタッカーに攻撃を託すこともある──昨季のプレミアリーグの大一番、ホームでのアーセナル戦のように。
近年は一線級のタフな守備者を集めたうえで彼らのボールスキルをさらに高め、センターバックだけでなく、サイドバックやセントラルMFとしても起用できるようにし、試合中のポジションチェンジによって相手の虚を突いていく。
また前線にもハーランドやフリアン・アルバレスのように、技術やスピードだけでなく、フィジカルに長じる選手を獲得している。
つまりグアルディオラは技術だけでなく、すべての側面を重視しているのだ。当たり前といえばそのとおりだが、彼が指導キャリアの初期に築いた黄金時代のバルセロナとは、やや趣が異なる。
【Jリーグは動きが少ない】そうした背景を考慮しても、この数字は注目に値する。一般的に、日本人選手や日本のチームの選手は「勤勉」と捉えられているが、この数値の違いが示すのは、動きの少なさだ。
しかも相手はシーズン開幕前の状態で、日本の猛暑にも慣れていなかった。やはりトップ中のトップレベルの選手たちは、走力をはじめフィジカルの能力が格段に優れている。
もうひとつの川崎対バイエルン戦のレポート(東京大学ア式蹴球部の3人による)でも、やはり裏抜けの数の差が取り上げられていた──90分換算で「川崎の114に対し、バイエルンは160だった」と。
またここでは、プレス時の加速の回数や、プレス数とコンタクト比率、コンタクト数と守備成功率も明示され、いずれもバイエルンが勝っていた。これが意味するのは、守備の際に相手に寄せきって球を奪うことが良しとされる欧州と、相手を見ながら味方の戻りを待って危険を遅らせることもひとつの守備の方法と信じられている日本の違いだ。
それはフットボールカルチャーの相違と言えるだろう。極東の島国では、多くのものが独自に発展し、時に「ガラパゴス化」と揶揄されることもあるように、このスポーツに関しても、ある意味でユニークな進化を遂げてきたところがある。
チャンスにシュートよりパスを選択する選手が少なからずいたり、股抜きのような曲芸的なスキルに歓声が上がったり、旧態依然とした悪しき伝統がいまだにこびりついていたり......。
近年では欧州で本場のフットボールに直接触れている選手たちが、それを日本に還元しようとする行動が顕著に見られるが、まだJリーグと欧州リーグのトップチームの間には、さまざまな差が顕在している。
今回のテクニカルレポートで炙り出された数値を、どう解釈し、どう活かしていくのか。真のトップレベルに追いつくには、フィジカルの向上や戦術の発展も必要に違いないが、個人的には、やはりカルチャー、つまり全体的な考え方やムードの進展も欠かせないと思う。