日本人大好き「焼肉店」倒産続いている最大の理由
焼き肉店が相次いで倒産の危機に追い込まれている理由とは(写真:ocsa/PIXTA)
「2023年1〜8月に発生した焼肉店の倒産は16件。2022年の同期間に比べ約3倍となった他、1〜8月の累計としては過去10年間で最多ペースに迫る」という帝国データバンクのニュースが話題になり、私、肉おじさんのところにもこれは本当か? との問い合わせがありました。
換気が良く3密回避ができ、1人焼肉スタイルも登場し、コロナ禍でも好調と言われ、店舗数も増えた焼肉店が、今年になって苦戦。とはいえ、倒産、廃業しているのは、実は町場の個人経営の焼肉店がほとんどで、多店舗展開をしている焼肉店の倒産の話はあまり聞きません。
焼肉店は「五重苦」に見舞われている
そもそも今回の焼肉店が倒産に追い込まれている理由は、
1. ウクライナ危機をきっかけとする、輸入頼みの餌代の高騰による牛肉(和牛、国産牛)の値上げ、円安による輸入牛肉価格の高騰
2. 「ワタミ」や「幸楽苑」などの大手の参入
3. デフレ慣れした消費者が多く、値上げができにくい現状
――この三重苦と言われていますが、実は、
4. 人手不足による人件費の高騰
5. 光熱費の値上がりと設備投資の高騰
――の2つを合わせた「五重苦」というのが現実です。
特に、人材不足は深刻で、コロナ禍をきっかけに人と接触するサービス業の中でも飲食業を敬遠する傾向が強く、社員のみならず、アルバイトのスタッフの採用は非常に困難な状況です。
とはいえ、今回倒産が続いている最大の理由はやはり、大手飲食企業による焼肉業界への参入があると思います。資金力、体力、組織力がある大手企業は、価格はギリギリ安く設定しつつ、食べ放題やデザートの強化、子ども向けサービスなど、専門店ではできないプラスαで集客し、利益を上げて、あっという間に地域の人気店になってしまいます。
つまり焼肉店が、居酒屋化、ファミレス化する中、大手による焼肉店の出店が増加。競合店が各地に出現し、町場の焼肉店は、価格競争もメニューの多様性でも対応できず、廃業に追い込まれるというのが多いのです。
従来焼肉店は、新規参入するのが難しい業種でした。ロースターや換気設備などを整えないといけないので、初期投資が大きく、一般の飲食店の1.3〜1.5倍の費用がかかる。牛肉は、部位が多く、扱いも実は難しいので、職人の技が必要で温度管理が厳しい。市場に行って仕入れればよいというものではなく、肉を仕入れるルートを確保するのが難しいとも言われた業界でした。
しかし、大手企業は、資金力も組織力もあり、ルート開発の人材もいるので、焼肉業界への参入も難しくなく、コロナ禍をきっかけに店舗を広げていったのです。居酒屋やファミレスより客単価が高く、子どもから大人、ファミリー層などあらゆる客層が狙えるのに、今まで大手企業の参入がなかった、まさに空白のマーケットを狙った進出だったのです。
3年前は寿司店の倒産が多かった
実は3年前は、寿司店の倒産増!というニュースが話題となったのを覚えているでしょうか?
「2020年1〜9月のすし店の倒産は23件(前年同期比53.3%増、前年同期15件)で、前年同期比約1.5倍増と急増。このペースで推移すると、4年ぶりに年間30件台の可能性が高まっている」という東京商工リサーチの調査結果がありました。これも、町の個人経営の寿司店の倒産が多かったと思います。つまり、3年前に寿司業界に起こった同じことが、焼肉業界にも今起こっているというわけ。
そもそも日本は、寿司、鰻、そば、うどんなどなど、専門店が多く、それが日本の食の魅力になっています。しかし、居酒屋やファミレスなど大手の飲食チェーンが専門店のメニューを取り入れるようになったほか、洋食嗜好の高まりなど食の多様化が進み、今や専門店は味、提供スタイル、ほかにはないメニューなど、個性やこだわりがないとやっていけない業態になってきています。
その現象が、コロナ禍を経て焼肉業界にもやってきて、昔からのスタイルのメニュー構成の店舗は、世の中のニーズに合わなくなってしまったのです。焼肉業界も多様性が求められるようになったというわけです。
寿司店の倒産は、コロナによる飲食店への休業・時短要請、外出自粛などが大きな原因と思いますが、回転寿司店の出店増加がやはり今も影響を与えています。その証拠に、いまだに回転寿司の出店数は右肩上がりです。その一方で、名店で修業して独立した高級寿司店も実はここ数年増えていて、寿司は高いか安いかの二極化となりました。
新しい提案をする焼肉店が続々登場
では、焼肉店の今はというと、「一部位フューチャー型」や「割烹スタイル」「フュージョンスタイル」など、今までとは違う提供の仕方をするお店が出てきて話題となっています。つまり“売り”をアピールしている焼肉店は、元気なのです。
例えば、「タンとハラミ MEAT BANK.jp」(新宿、人形町など)は、焼肉で人気部位のタンとハラミにこだわって提供している焼肉店で、霜降りのタンを“エロタン”と呼び、話題となっています。青山に本店を構える「よろにく」は、一口ご飯の肉巻き、卵黄を絡める焼肉、ぶっかけトリュフすき焼きなど、どんどん新しい焼肉の楽しみ方を提案して10数年以上ずっと人気は絶えません。
赤坂の「思食」では、日式の焼肉に、フレンチシェフによるエッセンスと韓国の小皿料理を現代風にアレンジしたものも加わり、イノベーデイブ焼肉を提供して予約困難店になっているそうです。
肉の部位にこだわったり、新しい食べ方の提案をしたり、和食と焼肉を融合させたりと、個性を前面に出している焼肉店が多くなっているのです。このような個性は、個人店や規模が小さい企業の焼肉店だからできること。小回りが利き、奇抜なアイデアにも挑戦できると思います。
「格之進」も創業の頃は、熟成肉も一頭買いの概念もなかった頃だったので、苦労もしましたがずっと続けるうちにブームになり、希少部位が注目され、塊焼きも話題になりコロナ禍もなんとか凌ぐことができました。これも小さな会社だからできたことだと思います。
大手企業は、食材を切らすことなく広く流通させる必要があり、数が少ないもの、手間のかかるものは対応しにくいからです。個性的な店舗運営は、個人店だからこそできるのです。
焼肉店経営は、個性を磨くことがポイント
食材費、牛肉価格の高騰は、生産の現場のことを考えると致し方がないと思います。そもそも牛肉は、肥育原価が高く、鶏肉、豚肉に比べ利益率が悪いので、餌代も光熱費もあらゆるものが値上がりしている今は、生産者の利益はどんどん減るばかりか、経営が厳しい状態が加速ししているのです。
鶏肉(一般的なブロイラー)は、肥育50〜60日、豚肉は、150〜180日ほどで商品=お肉になりますが、牛肉は、840〜1000日もかかるので、肥育コストが高く、収入を得るまでに時間がかかります。生産の現場は限界に来ているので、牛肉の値上げは仕方がないのです。
そして、人件費。これは、デフレからインフレに移行している今の日本は、どの業種でも賃金アップしないと生活していけないので、人件費の値上げも仕方がないですね。
株価は高値が続いており、景気の回復傾向が見えてきていると言われる昨今。そして10年以上続いている肉ブームの中、焼肉はまだまだ可能性がある業態だと思います。「あの店の⚪︎⚪︎が食べたい!」と言わせることが大事で、個性に磨きをかける経営をすれば、大丈夫なのではないでしょうか。
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(千葉 祐士 : 門崎熟成肉 格之進 代表)