じつは、5000万年前くらいまでは4本の脚をもつ陸上動物だったクジラ。でも、現在は海にすむ脚のない生き物への変わっていったのでしょうか? きっと「すんでいた陸地が海になってしまったので、徐々に海での生活に適応する体の形に変わっていった」と考える方が多いかと思います。

意外と知らない!驚きの「リアル進化論」

その考えの基本にあるのは、進化論の父と呼ばれるチャールズ・ダーウィンが1859年に書いた『種の起源』の中にある、「環境に適応的なものは徐々に子孫を増やし、逆に不適応なものは徐々に子孫を減らし、その結果、適応的なものが徐々に多くなる」という「自然選択説」です。

上記の考えが進化の常識であるかのように思われていますが、生物学者の池田清彦先生は、「生物は適応することを目的に進化するわけではない」と断言します。

●環境に適応的なものが生き延びる、はウソ!?

「最初に断っておきますが、ダーウィンの自然選択説や、そこにメンデルの遺伝学説を融合させた『ネオダーウィニズム』が主張する進化のメカニズムの存在を、私は否定したいわけではありません。遺伝子の突然変異によって形質が変わり、オリジナルのものよりも環境に対してより適応的だったことで、その変異個体が徐々に集団内に広がっていくケースは確かにありますからね。

でも、『4本脚だったクジラが徐々に海の生活に適応する形質に変わっていった』というのはかなりアヤシイと思います。徐々に変化するのだとしたら、環境に適応するカラダになるまでに相当な年月を要するはずですし、そもそも立派な脚があるうちは陸地で生きるほうが明らかにラクなのですから、水中にとどまって徐々に適応的な変異が起こるのを待つより、とにかく陸地を探して生きやすい場所に早く戻ろうとするのが、動物の本能でしょう。

つまり、環境の変化に合わせて脚が短くなった、というのはあまりにも無理があるのです。そうではなくて、まず先に脚が短くなるという突然変異が起き、陸にいると短い脚のせいで敵から逃げられず命の危険にさらされることが多くなって、仕方なく浅瀬に飛び込み、代を重ねるごとに脚がついになくなってしまい、浅瀬でも生きづらいからついには大海原に飛び出した、と考えるほうが自然ではないですか?

私はこれを『能動的適応』と呼んでいますが、この例に限らず、生物というのは本来的に、形質が先に変化して、その形質に適した環境を探して生きていくものなのです。自分に合わない場所でも我慢して生きられる動物は人間だけですよ」

●少し不適応でも、生物は生きられる

あまりにも「生きること」に対して不適応な場合は別として、取り立てて適応的でなくても、あるいは、ちょっとくらい不適応でも、生物が生き続けることはできると池田先生は言います。

「ヒトの無毛という形質も、服がなければ体温調節が難しいわけですから、決して適応的だとは言えませんよね。また、無心に生物を観察すれば、いったいなんの機能をもつのかさっぱりわからない形質をもったものもたくさんいます。

たとえば、ツノゼミという半翅目(はんしもく)の昆虫は胸部背面に種ごとにさまざまな奇妙な飾りがありますが、多くの昆虫学者や進化学者が、この飾りの機能的な意味をいまだに見いだせていません。たぶん意味などないのだと私は思いますよ。ツノゼミは、こんな変な飾りをもっているにもかかわらず、絶滅しないで立派に生き延びているというだけなのです。

座るために椅子をつくるとか、ものを書くために机をつくるとか、人間のちつくりだすものというのはたいがい目的があるので、多くの人はそれが当たり前だと思いがちです。でも、生物というのは、目的のためにつくられるわけではありません。

だから実際には、ツノゼミの飾りとか人間のはだかのように、無駄だったり、ときには不適応だとしか思えない形質をもつことは決してあり得ないことではないし、そのままでも立派に生きることはできるのです」

●「機能第一主義」が生きづらさの元凶

「生物は環境に適応するように進化する」というダーウィンの言明は、「機能第一主義」の権化だと話す池田先生。そして、そんな「機能第一主義」的な価値観が現代の多くの人の頭の中に刷り込まれているのは疑いようのない事実であり、それこそが、生きづらさの元凶だと分析します。

「『たいして役に立たない自分にここにいる意味があるのか』などと思い悩む人があとを絶たないのはまさにそのせいでしょう。なかには『生きる意味』を延々と模索する人もいるようですが、私に言わせれば死んでないから生きているだけで、そもそも生きることに意味などありません。別に意味なんてなくていいのだというふうに割り切れば、うんと気楽に生きられるのです。

また、『適応する』ことが常に正しいのだと思い込むと、自分を環境に合わせたり、環境が変わるたびにそれまでの自分のやり方を変えなくてはなりません。自分のもっとも得意なやり方を遂行できる環境に自ら移動していく『能動的適応』のほうが、本来の生き方なのだと私は思います。みなさんもその価値観をリセットしてみてはいかがですか?」

『驚きの「リアル進化論」』(扶桑社刊)では、ネオダーウィニズムの矛盾にさらに斬り込み、池田先生が打ち出したそれとは全く異なる進化のメカニズム(「構造主義進化論」)も紹介します。また、進化論の歴史や、ダーウィンにまつわる意外なエピソードなども盛り込まれ、あなたの知的好奇心を刺激する一冊です。