2014年『ビオレタ』で第4回ポプラ社小説新人賞を受賞しデビューして以来、『夜が暗いとは限らない』、『水を縫う』など、数々の話題作を世に生み出してきた、小説家・寺地はるなさん。

小説家・寺地はるなさん『わたしたちに翼はいらない』インタビュー

 8月18日に発売した、『わたしたちに翼はいらない』(新潮社刊)は、寺地さん自身が「これほど精神的肉体的に消耗する連載は初めてで、悩みまくりながら書いた、私にとって大事な作品」と語るほど、全力を注いだ作品です。そこで今回は、寺地さんに本作にまつわる話を伺いました。

●いろんな人に自分事として読んで欲しかった

『わたしたちに翼はいらない』は、生まれ育った地方都市で暮らす4歳の娘を育てるシングルマザーの朱音、朱音と同じ保育園に娘を預ける専業主婦・莉子、マンション管理会社勤務の独身・園田の3人を軸に展開する「心の傷が生んだサスペンス」です。しかし、元々の作品には“園田”という人物は存在していなかったのだとか。

「2019年に莉子と朱音を書いた短編があるのですが、編集担当の方がその短編を気に入ってくださったので、この前の連作短編の『希望のゆくえ』(新潮社刊)には入れませんでした。それを大幅改変して長編を書こう! となったのがこの作品のきっかけです。

でも、対照的な女性2人の主人公となると、女性が書いた女性の話で終わってしまう可能性があって…自分には関係ないと感じる人もいるかもしれない。できればいろんな人に自分事として読んでほしかったんです。だから、この2人とは違う属性で生きている人が必要で、そこに入れたのが園田でした」(寺地はるなさん、以下同)

3人の主人公たちには、原因や理由は異なりますが、“子どもの頃に負った心の傷を癒やせないまま大人になり、その呪縛から解放されていない”という共通点があります。

「性別が一緒で、子どもの人数が一緒だからと言って、私が莉子や朱音を理解できるかというとそんなわけでもないし、男性だから園田は私と違うというのでもない。莉子は、私と性格が全然違うタイプだなと思いながら書いてきたけど、それでも感情として理解できる場面はいろいろとあったし、だれかに特別共感できたというのはないかも…。全員が自分の一部であり、自分ではない。そんな感じですね」

主人公たちのだれにでも共感ができる…その言葉通り、性格や抱えている悩み自体に共感はできなくとも、心の中に芽生えた黒い感情や嫉妬、悩みなどは、自分にも思い当たるところがある、“他人事ではない”リアルさが本作には存在しています。

●小説に経験をそのまま入れ込むことはないけれど…

作中には、いじめ、モラハラ、ママ友マウント、親からの圧など、現代日本のさまざまな問題が描かれています。では、寺地さんは小説にご自身の経験を入れ込むことはあるのでしょうか?

「私は、経験をそのまま書くということはしません。でも、そのとき芽生えた“感情”は書き留めて、頭の中に取っておく。頭の中に感情を残しておくと、『なんかこんな感情あったな…』みたいな感じで出てくるんですよね。そして、その取っておいた感情を、そのときとは全然違う場面で作品にのせたりします」

“黒テラチの真骨頂”と表現される本作は、これまで上梓した作品とは少し違った人間の感情が描かれていますが、書き上げるときに大切にされたことを尋ねてみました。

「タイトルにもある“翼”は、『いじめられていた子が自分で努力して幸せになりました』、『私たちには翼があって新しい未来に羽ばたける』みたいな、その子の経験としてはイヤだった出来事のはずなのに、キレイな言葉や聞こえのいい言葉で伝えることはしたくなかったという意味があります。

そのとき感じたイヤな気持ちを必ずしも受け入れる必要は絶対ないし、許せないと思ったことは許さなくていい。忘れられないことは忘れなくていいということを本作では最後まで言いたかったし、言おうと思った。だから、話の中で分かりやすい和解とかキレイな結末にしないようにと思って書きました」

普段隠している嫉妬や劣等感に気づいたとき、心が苦しくなったりもしますが、それは悪いことではない、だれしもがそうなんだと思わせてくれるのも作品の魅力のひとつです。

●友達は少なくても、いなくてもいいんじゃないか

そして、作中でも何回か出てくる「友達」という言葉は、物語を語るうえで大変重要になってくるもの。そして、この「友達」という言葉は寺地さんからの強いメッセージも込められています。

「ある日、エゴサーチをしたときに、『主人公の友達に同性が出てこない、だから作者は友達がいないんだろう』って書かれた投稿があったんですよ。“ん?”なんて思いもしましたけれど、でもそれってなぜだろうか…? って考えたら、きっとその人自身が、『友達はいなきゃいけないもの』、『いないことが恥ずかしいこと』って意識があるからだと感じたんです。

確かに小説とかって主人公の周りには友達がいるんですよ! 私もほとんどの場面で書いているなって思ったし。でも、友達はすばらしいものだけど、いなきゃいけないものだと思いすぎている部分もある。それに、『友達はいいものだ』っていうメッセージがツラく感じてしまう方もいるかもしれないんですよね…。

だから、私はその友達が少なくても、いなくてもいいよってことをかけたらいいなと思ってこの作品を書きました。とくに、“友達”にまつわる小説の最後のフレーズがすごく好きなので、ぜひ最後の章にたどりつくまでがんばって読んでほしいです」