反乱!? 武装組織「ワグネル」とは何なのか? ロシアじゃ違法な存在 プーチンとのキナ臭い関係も
2023年6月24日に突如、ロシア軍の地方司令部を占拠し、首都モスクワへ向けて進撃する素振りを見せた「ワグネル」戦闘部隊。ロシア軍の指揮系統にない、この武装組織はいったい何者なのでしょうか。
ロシアでは民間軍事会社は違法、でも活動する武装組織って?
2023年6月23日、ロシアにおいて民間軍事会社「ワグネル」の戦闘部隊を率いていたエフゲニー・ヴィクトロヴィッチ・プリゴジン氏が武装蜂起を宣言。これを受け、かつて盟友だったプーチン大統領が「裏切者」として断固たる処置を講じると発表しました。
ワグネルといえば、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻の最中、バフムトを巡りロシア軍と共に戦って名を馳せたことでも知られます。軍とは異なる武装組織、ワグネルとはどのような集団なのでしょうか。
2023年6月24日、ロストフ・ナ・ドヌ市で撮影された「ワグネル」所属のT-72戦車。砲口に花を挿している(画像:Fargoh[CC0])。
そもそも民間軍事会社とは、その名の通り民間企業として軍事に関するサービスを、公的機関や私人問わず提供する組織です。具体的には、直接戦闘に従事するだけでなく、教育訓練の受託や要人(VIP)警護、車列や重要施設などの警備、給食や武器装備の整備・供給といったロジスティクス(兵站)支援など、幅広い軍事的サービスを行っています。
有名なところでは、2000年代初頭にイラク戦争で知られるようになったブラックウォーターUSA(現アカデミ)をはじめ、日本国内でも在日米軍を支援するために練習機や訓練機を飛ばしているアメリカ企業ドラケン・インターナショナルなどが該当します。
ただ、ロシアでは民間軍事会社の設立は禁じられています。では、なぜワグネルは堂々と存続しているのでしょうか。さかのぼると同社の創設者は、ロシアの元軍人で、特殊部隊「スペツナズ」などにも在籍した経験を持つドミトリー・ヴァレリエヴィチ・ウトキンという人物だそう。
彼はロシア軍の精鋭部隊である第76親衛空挺師団に所属し、その後、GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)の第2独立特殊任務旅団第700独立特殊任務部隊(スペツナズ)を中佐で退役したとされています。
「ワグネル」が活動許され、ウクライナ侵攻にも関与したワケ
ウトキン氏のコールサインは「ワグナー」ですが、これは19世紀のドイツの著名な作曲家で、かつ思想家でもあったリヒャルト・ワーグナーにちなむものともいわれます。なお、ワーグナーは第2次世界大戦時にドイツを率いたアドルフ・ヒトラーが好んだことから、ウトキン氏をネオナチとする説もあります。
とはいえ、ウトキン氏は「初期の現場責任者」というポジション。本当の創設者兼資金源となったのが、このところマスコミを賑わせている企業家のエフゲニー・ヴィクトロヴィッチ・プリゴジン氏とされています。
2010年9月20日、プーチン大統領がレニングラード州に新設されたワグネルの学校給食センターを視察した際の写真。プーチン大統領(向かって左)の傍らに立つのがエフゲニー・V・プリゴジン(画像:ロシア大統領府)。
本人は2度逮捕されており、最初の窃盗では執行猶予刑、次の強盗、詐欺などでは懲役12年の判決を受けて9年間刑務所に収監されていた元犯罪者で、外食産業や食料品販売で財をなした、いわゆる「成金」です。
プリゴジン氏は、レストランやケータリング・サービスを介してプーチン大統領と親密な関係を構築。これにより、外国要人の歓迎食事会、軍や学校関連の給食などの業務に食い込むといった便宜を図られたともいわれます。
そういった経緯から、かつて西側のマスコミは彼に「プーチンのシェフ」というあだ名を付けたこともありました。なお、サンクト・ペテルブルグにワグネル・センターと称される本社を構えています。
このような事情があったがゆえ、一般的な西側の民間軍事会社は契約者(多くは新興国家など)に対するアドバイス業務を主として、保安要員や訓練教官程度の実働部隊しか提供しないのに対し、ワグネルは文字通り実働戦力を担う民間軍事会社としてロシア国防省の支援を受けているのが一つの特徴で、もっといえばアメリカや西ヨーロッパの民間軍事会社と異なるポイントと言えるでしょう。
2014年のクリミア併合でも動いた?
だからこそ、ワグネルは正規軍と見紛うばかりの戦車や装甲車を数多く保有し、整備や消耗品補充のための大規模なバックアップも行うことができたのです。しかし、前述したようにロシアでは民間軍事会社の設立は違法とされているので、プーチン大統領との関係とロシア国防省の関係が、同社を存続させていると考えられます。
こうしたプリゴジン氏とプーチン大統領との個人的な関係性から、ワグネルは徐々にロシアの国益に関与する武力行使を請け負うようになり、2014年のドンバス紛争にロシア軍の代わりとして参加、クリミア併合にも大きく関わったと言われています。
また、2018年以降、公に関与できないロシア政府の代わりに中央アフリカ共和国のトゥアデラ大統領の身辺警護や政府軍の訓練にも携わるようになり、2020年には、政情不安が続くマリ共和国でもその活動が確認されています。
2014年2月に起きたクリミア危機で、同半島内にあるシンフェローポリ国際空港に展開した所属不明の武装兵士。徽章類を一切付けず顔も隠していた(パブリック・ドメイン)。
このように、ワグネルは以前からロシア政府が公には関与できない軍事的活動を行っていました。つまり「ロシア政府の裏仕事」を担っていたわけです。
ところが、冒頭に記したようにロシアによるウクライナ侵攻で、その関係性に亀裂が生じた模様です。ロシア軍部との確執から、プリゴジン氏はワグネルの武装蜂起を宣言。内乱にもクーデターにも直結しかねない一触即発の状況となり、一時はワグネルの戦闘部隊が、プリゴジン氏言うところの「正義の行進」と名付けた進撃でモスクワを目指したほどです。
しかしその後、ベラルーシのルカシェンコ大統領が、プリゴジン氏とプーチン大統領の仲介役となったことで、プーチン大統領は、プリゴジン氏の武装叛乱の扇動を不問に付してベラルーシへの亡命を認めました。
その代わり、ワグネル戦闘部隊はモスクワまで約200kmと迫った進撃を中止、宿営地へと戻りました。かくして危機的状況はとりあえず終息しましたが、今後の動向は、いまだ目を離せないものとなっています。