「潜水艦を救助する潜水艇」一体どうやって? 日本も2隻保有「潜水艦救難艦」の知られざる正体
ひとたび事故が起きると、きわめて死亡率の高い潜水艦。その乗員を助けるための専用装備が潜水艦救難艦です。どのように深海に沈む潜水艦から乗組員を助け出すのでしょうか。
日本近傍でも起きていた潜水艦事故
2023年6月19日、タイタニック号見学ツアー用の深海潜水艇「タイタン」が北大西洋で消息を絶ちました。同潜水艇は、通常4日分の酸素を積んで潜水ツアーを行っているとのことですが、すでに数日が経ち、乗員乗客5名の安否に注目が集まっています。
この潜水艇は見学ツアーに用いられていることからもわかるとおり、観光用の民間船ですが、過去には軍用の潜水艦で同様の沈没事故がいくつも起きています。
海上自衛隊の潜水艦。2023年現在、練習潜水艦含めて24隻を保有している(画像:海上自衛隊)。
記憶に新しいところでは、2017年11月15日、南大西洋を航行中であったアルゼンチン海軍の潜水艦「サン・フアン」が消息を絶った(翌2018年11月に水深800m超で発見)ほか、2005年8月にはロシア海軍の深海救難艇AS28がカムチャツカ半島沖の水深180m付近で漁網に絡まり航行不能に陥ったこともありました。
後者の事故では、日本からそう遠くない場所で起きた事案であったことから、海上自衛隊の潜水艦救難艦「ちよだ」(先代、退役済)が国際救難任務の一環で派遣されています。AS28はイギリスから空輸された無人潜航艇が障害物の除去に成功したため、乗員全員が無事な状態で自力浮上に成功していますが、このように潜水艦(艇)は常に危険と隣り合わせであると言えるでしょう。
2023年6月現在、日本には観光用の潜水艇(半水没式水中観光船は除く)はありませんが、海上自衛隊が通常動力型潜水艦を24隻(練習潜水艦2隻含む)運用する、世界屈指の「潜水艦大国」です。
だからこそ、海上自衛隊は万一の事故に備えて、前出の「ちよだ」を含め複数の潜水艦救難艦を連綿と調達・整備してきた実績を有しています。
現時点で、海上自衛隊が運用する潜水艦救難艦は「ちはや」「ちよだ」の2隻です。両者を比べた場合、艦齢が長いのは前者です。「ちはや」は1998年10月に進水し、2000年3月に就役しています。一方、「ちよだ」は2016年10月に進水し、2018年3月に就役しています。
海上自衛隊は2隻を保有「潜水艦救難艦」とは?
「ちはや」と「ちよだ」は船体サイズこそほぼ一緒ですが、後者の方が新しい分、高性能化が図られており、たとえば船の燃料搭載量を増やして、より遠方の救難海域へいち早く駆けつけられるようになっているほか、医療支援能力を強化する一環で医務室の病床数などが増えています。
また、主要装備であるDSRV(深海救難艇)も一新され、一度に救える人数が12人から16人へ増えています。
海上自衛隊の潜水艦救難艦「ちはや」船体中央に白く見えるのが深海救難艇「DSRV」(画像:海上自衛隊)。
「ちはや」「ちよだ」とも艦の中央部には、「センターウェル」と呼ばれる箇所があります。この部分は船底が開閉するようになっており、ここからDSRVを海中へと降ろします。
DSRVは、母艦からの誘導支援を受けつつ、搭載している音響装置を使って目標の潜水艦へ接近。到達したら当該潜水艦の脱出ハッチとメイティング装置を用いて結合し、乗員を移乗させて母艦(潜水艦救難艦)へ戻ります。
ただ、海上自衛隊の潜水艦は約60名の乗員が乗り込んでいるため、DSRVは沈没潜水艦と母艦のあいだを何往復かする必要があります。
また潜水艦が斜めになった状態で海底に沈座していたりすると、DSRVがドッキングできないこともあります。そういった場合は、乗員が個人用脱出用具を被り、自力で潜水艦ハッチから脱出し、泳いで海面を目指さなければなりません。
しかし、このやり方だと、無事に脱出できても途中でおぼれてしまうことがあるほか、身体が水圧の影響を大きく受けるため、命は助かっても脳や体に障害が残る可能性が極めて高いです。そのため、この脱出方法は最終手段と言えるでしょう。
DSRVの最大潜航深度は明らかにされていませんが、一説によると1000m以上と言われています。実際、海上自衛隊の潜水艦救難艦に乗り込む水中作業員が過去、水圧に体を慣らしつつ深く潜っていく飽和潜水という技術で、水深450mに到達という記録を打ち立てていることから、少なくとも海上自衛隊が保有する前出の潜水艦24隻よりも深く潜れることは間違いないと言えそうです。
潜水艦乗員の士気向上にも直結する必須装備
ちなみに「ちよだ」の建造費は約508億円。2022年10月に進水した我が国最新の潜水艦「じんげい」の建造費が699億円であるため、潜水艦救難艦の調達コストは通常動力型潜水艦1隻分に相当するとも言えます。なお、潜水艦救難艦自体は非武装であることから、それ自体は戦力にはなりません。
ただ、潜水艦は事故を起こすと沈没しやすく、またそうなった場合は乗員、いわゆるサブマリナーが命を落とす確率が極めて高い船でもあります。そういった場合に備えて潜水艦救難艦を整備しておくことは、人命尊重という観点から見れば、決して高コストとは言えないでしょう。
また、サブマリナーからすると、万一事故に遭って、深海に閉じ込められたとしても同胞が助けに来てくれるというのは心強く、士気の向上にもつながります。
加えてサブマリナーは、育成するには長い期間と多額の費用が必要です。ベテランであればあるほどその価値は高く、ある意味では潜水艦よりもはるかに貴重とも言えます。
海上自衛隊の潜水艦救難艦「ちよだ」船体中央に白く見えるのが深海救難艇「DSRV」。このDSRVは「ちはや」のものよりも高性能(画像:海上自衛隊)。
今回、沈没事故を起こした深海潜水艇「タイタン」は、カナダ最東端に位置するニューファンドランド・ラブラドール州のセント・ジョンズから出航し、18日午前にアメリカのマサチューセッツ州ケープコッド海岸から約1450km離れた地点で潜航を開始しています。
その後、通信が途絶えたため、6月22日現在、いまだ発見すらできていません。当該海域の水深は最大3800mもあるそうです。乗船者の一刻も早い発見と救助を祈っています。