イスラエルもついに戦車供与? 独自のガラパゴス「メルカバ」はウクライナで戦えるのか
ロシアとも近く、ウクライナ支援には消極的なイスラエル。しかし同国メディアによると、近く国産戦車「メルカバ」を輸出すべく2か国と協議中だそう。輸出先のひとつはウクライナともいわれ、様々な憶測が飛び交う中、今後の動向に目が離せません。
イスラエルメディアが指摘する2か国とは
イスラエル政府は2023年6月15日、独自に開発した「メルカバ」戦車の輸出について2か国と協議していると発表しました。かねて同国防省の国際防衛協力局(SIBAT)の責任者であるヤイル・クラス氏が、経済紙「カルカリスト」との最近のインタビューでメルカバ輸出の可能性に言及していたこともあり、今回の発表で、最終的にはウクライナに輸出されるかもしれないとの憶測を呼んでいます。
ただこの戦車、構造がユニークなことで有名です。
イスラエル軍の「メルカバMk4」。基本設計は古いが、対戦車弾を迎撃できるようなアクティブ防御システムを装備するなど近代化改修されている(画像:イスラエル国防省)。
そもそもメルカバは、イスラエル軍がイスラエル国土で戦うことを目的に開発された戦車であり、自軍への配備が優先され輸出向けではありませんでした。これまでトルコとモロッコが輸入に関心を示したと報じられたこともありますが実現していません。外国の事例は、2022年7月にフィリピンがメルカバの車体を使った架橋戦車を2両取得しただけです。
では報じられているヨーロッパの国とはどこが考えられるでしょうか。イスラエルのメディアによれば、第1候補はポーランドとされています。ポーランドはウクライナに自国のT-72戦車系列を多く提供しているので、補充を急いでいる切実な事情があります。
第2候補はウクライナですが、第三国(ポーランドか)経由ということもあり得ます。戦時下のウクライナでは戦車の損耗が続いており、早期補充が喫緊の課題です。前出のヤイル・クラス氏がメルカバのセールスポイントについて、「現在保管中の車体を顧客の要望に応じて早く納入できることだ」と述べたことが興味を引きます。ほかの輸出先としては、トルコの名前も挙がっています。
メルカバはフロントエンジン方式 なぜ?
メルカバがウクライナに引き渡されるとすれば、単なる戦車の補充以上に、国際関係の微妙な変化を意味します。イスラエルはロシアとの関係性も重視しウクライナ支援には消極的で、3月にはやや方針転換したものの支援するのは「防御的システム」に限るとしているからです。一方、アメリカがイスラエルにもっと積極的にウクライナ支援に関わるよう圧力をかけているともいわれます。
ではイスラエル専用ともいえるメルカバが、ウクライナでどこまで活躍できるのでしょうか。メルカバはユニークと紹介したように一般的な戦車とは異なり、エンジンを乗員室の前に配置するフロントエンジン方式を採用しています。空いた後部は兵員収容や装備品積載スペースです。
エンジンを乗員保護の盾にする人命優先の現れともいわれますが、なるべく安価で簡易に正面防御力を向上させようという苦肉の策ともいえます。エンジンが損傷して機動力を喪失すれば、逆に撃破されるリスクも高くなります。後部に歩兵も搭乗できる理想の戦車のように捉える向きが一部にあるようですが、後部の居住性は最悪で、歩兵輸送は本来装甲車の役割です。
このようなレイアウトになったのは、メルカバの仕様がイスラエル防衛用であったから。侵入してきたアラブの旧ソ連製第2世代戦車を待ち伏せし、アウトレンジから遠距離射撃することを主戦術とする、一種の駆逐戦車だったのです。
防御特性についてレオパルト2やT-72と比較すると、正面防御に重点が置かれ側面の脆弱性が指摘されます。弱点のひとつである弾薬庫は後部側面に配置され、敵弾の到達範囲が広くなっていますが、長距離砲戦なら側面は狙われにくいことから目をつぶった格好です。後部のスペースも歩兵用というより、待ち伏せの継戦能力を高めるため、多くの物資を積載することを念頭に置いていると考えられます。
仮にウクライナへ渡ったら、戦えるのか
中東戦争後に機甲戦闘はほとんど起きておらず、メルカバは対アラブゲリラ戦で市街地戦闘を見据えた非正規戦仕様になっていきます。もはやフロントエンジン方式のメリットはありませんが、新戦車を開発するリソースもなく、やむを得ずそのまま使われているのが実情です。
メルカバはアウトレンジからの待伏せ用駆逐戦車ともいえる。遠くまで見渡せ、地面には砂礫が多いイスラエル防衛戦の戦場環境がよくわかる写真(画像:イスラエル国防省)。
現在のウクライナでは、20世紀末に想像されていたような戦車どうしの本格的な機甲戦闘は起こっていないようです。レオパルド2など「期待の西側戦車」も実戦に投入され、損害も出ているようですが、ウクライナでウクライナ軍が使うメルカバが活躍できるかは懐疑的です。
前述のようにメルカバはイスラエル防衛専用ともいえます。例えばサスペンションが柔らかく、フロントエンジン方式という重量バランスもあり、高速走行や射撃時の車体動揺幅が大きいとされます。停止直後の射撃や連続射撃では精度が落ちます。でも柔らかいサスペンションは砂礫の多いイスラエルの環境では走破性に優れ、高速走行の必要ない長距離砲戦や非正規戦向きと考えられているのです。
最初から輸出することも念頭に開発される欧米戦車とは、設計思想が根本的に異なるので、イスラエルの戦車は日本の国産戦車とも似ています。
メルカバが本当にウクライナに引き渡されるかはまだ憶測の域ですが、イスラエル軍もウクライナ戦争の影響を受けていることは間違いないでしょう。というのも、2022年までは自国戦車戦力の増強には熱心でなく、メルカバの最新型Mk.4 Barak(Mk5か)の開発も2020年から遅延していました。しかし、ウクライナ情勢を受けて危機感を持ったのか運用試験を再開し、早ければ2023年中には配備開始されるともいわれているからです。