退任会見に臨んだ栗山英樹監督【写真:荒川祐史】

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2日に都内で退任会見

 3月に開催された野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表「侍ジャパン」を3大会ぶり3度目の世界一に導いた栗山英樹監督が2日、都内のホテルで監督退任記者会見に出席した。5月31日付けで契約満了となり退任。次期監督については未定。最後まで選手への感謝を忘れなかった62歳は会見で、監督業の苦悩の一端を明かすとともに、先人の言葉の重要性にも触れていた。(文=THE ANSWER編集部・宮内宏哉)

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 晴れ晴れとした引退会見だった。拍手とともに会見場に現れた栗山監督は、壇上で爽やかな笑みを幾度となく見せた。

「必死になる環境を与えてもらって感謝しています。なかなかあれだけ充実した時間はこれからもないのかなと思う」

 日本列島を歓喜に包んだ14年ぶりのWBC優勝。米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平らを擁し“史上最強”と言われた侍ジャパンが無敗で大会を終えたその裏に、指揮官の計り知れない重圧と苦悩があったのは想像に難くない。

 日本代表が2021年の東京五輪で金メダルを獲得した直後の12月、監督に就任した。まだコロナ禍の影響も残る時期。「コミュニケーションを取りながら前に進みたいタイプだったので、なかなかできなかったことが印象に残っている」。選手とゆっくり話す機会も簡単には得られなかった。

 国を背負う重責ある立場。「本当に、監督って相談できるところがない場合が結構ある」。そんな時に支えになったのが、偉大な先人たちが残したものだった。

「先人の書物、言葉は相当参考になった。歴史の積み重ねなので、全てのデータの答えだととらえている」

 米マイアミでのWBC決勝・アメリカ戦前。会見で、栗山監督が先人に学んだ考えを明かしたことがあった。

 米メディアからの質問だった。「野球というスポーツは、日本の人々にとってなぜ大きな意味を持っているのか?」。答えに詰まってもおかしくない大きなテーマだったが、栗山監督は「僕の独自な見解かもしれません」と前置きし、即答した。

一発勝負に「遅れない」重要さ…高校野球の監督にも答え求める

「例えば最初に日本に野球が入ってきたときは『無私道』、私を無くす道。自分のことはさておき、人のために尽くすものなんだと訳されて日本に入ってきている。人と人との付き合い方や、目上の人への敬意、礼儀を野球の中でやりながら学んでいくという文化が、僕は野球にあると思っています」

「無私道」とは学生野球の父・飛田穂洲さんの言葉。スポーツとして楽しめるのはもちろん、人を思いやり、尽くすことも学べるのも野球の素晴らしさだと考えている。「子どもたちは選手を憧れで見ている。自分の行動を、子どもがやっていいかどうかを含めて伝えようとしていた部分はある」。大事にしてきた野球哲学だった。

 栗山監督は退任会見で「選手たちが色んな事情がありながら、個人的な理由は全て差し置いて、日本野球のために集結するんだという姿を選手が見せてくれた」と感謝。続けて「全ての野球人が自分の都合を忘れ、日本野球のために全員野球を尽くすという形になったと僕は信じている」と頷いた。先人に学んだ野球の神髄が、図らずも選手に広がっていた。

 準々決勝から一発勝負のトーナメント方式となるWBC。日本ハム監督として日本一も経験しているが、クライマックス・シリーズや日本シリーズの短期決戦とも明らかに違う戦いが必要だと感じていた。

 ヒントを求めたのは、日ごろから一発勝負に懸けている高校野球、都市対抗野球の監督だった。交流を通じて「遅れない」重要性を知った。

「当然、野球はどっちか迷うシーンがいっぱいあるんですけど、本当に50:50で迷うのであれば『先に手を打て』ということ。待っていて結果が悪い、動いて結果が悪い、いろいろありますが、最終的に打てる手は打ち切ろうと思っていた。そこは自分に言い聞かせながら前に進んできた」

最後まで選手に感謝、源田には「迷惑かけた思いもある」

 日本の「宝」と表現するトッププレーヤーに貴重な経験を積ませ、なおかつ無事に元の球団に返さなければならないプレッシャーもあった。今大会、西武の源田壮亮内野手が1次リーグ韓国戦の走塁中に右手小指を骨折。NPBでは開幕から治療に専念し、5月26日に1軍昇格した。

「源田選手が復帰して嬉しかったし、逆に言えば迷惑かけたという思いもある」

 通常のシーズンとは違い、前倒しでの調整を求めなければならなかった。チームで不動のレギュラーを張っている選手にも、大切な時期に十分な出場機会を与えられないこともあった。それでも「個人的な理由」を差し置いて貢献してくれた選手に、栗山監督は最後まで感謝の言葉を口にした。

「本当にありきたりだけれど、彼らに何度会っても『ありがとうな!』って言い続けてるんだろうなと。見たことない景色を選手に見せてもらった。優勝の景色って何だったの?って言われてもよくわからないけれど、勝ちきる時ってそういう時なんだろうなと。負ける時はいろんな要因が見えてくるけれど『それが最後まで分からないのは幸せですよね』と選手たちに言ってもらって。ありがとうなって。それだけです」

 後任は未定。「全ての人たちが、自分のことではなく、日本野球のために必ず集結する。そこだけは信じている」。今後の目標については「いつも人が発想しないような大きなものを勝手にイメージしている。恥ずかしくて言えないけれど、あります。年齢的にもそんなに時間があるわけじゃないので、ちょっと焦りながらしっかりやりたい」と笑った。ヌートバー招集、決勝の大谷登板も実現するなど、前例にとらわれない栗山監督の次のステージも楽しみだ。

(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)