年金受給まで正規雇用を続けるのは難しい中で賃上げの恩恵にあずかれる人は労働者の中でも限られる(写真:タカス/PIXTA)

男性雇用者は、50代の中頃までは正規が多いが、その後、非正規雇用の比率が高まる。非正規の場合、物価が上昇しても賃金上昇を期待するのは難しいだろう。

昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第87回。

非正規労働者の賃金はどうなるか?

物価高騰が続く中で、賃金がどれだけ引き上げられるかが注目されている。

そして、今年の春闘でどれだけの賃上げが実現されるかが、今後の日本経済の動向を左右すると言われている。

その際に忘れてはならないのは、非正規雇用者の存在だ。これらの人々の賃金は、春闘によってはほとんど影響を受けない。そして、それらの人々は、全雇用者の中で4割に近い比率(2022年11月では36.8%)を占めているのだ。

これらの人々の賃金がどうなるかは、経済全体の賃金動向に大きな影響を与える。

非正規労働者は、大きく3つのグループに分類できる。第1は女性だ。女性労働者の53.8%が非正規だ。第2が若年者のアルバイト。そして第3が、 50代後半から60代にかけての男性だ。

最初の2つのグループは、どちらかと言えば家計補助的な場合が多い。しかし、第3のグループは、家計を支える役割を果たしている。

以下では、第3のグループについて考えることとしよう。

男性の場合に、年齢別の正規、非正規の状況を見ると、図表1の通りだ。


図表1

(外部配信先では図表などの画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

25歳からは、正規労働者が大部分になる。そして、この状態が50代前半までは続く。

ところが、50代の中頃から非正規の比率が高くなって、全体の4分の1程度になる。

このあたりで、正規から非正規への移行が行われていることがわかる。

女性や若者の非正規労働者はパートタイマーが多いが、この年齢層の男性の非正規労働者は、契約社員も多い。

同一の企業のなかで正規から契約社員などへの変更が行われる場合もあるだろうし、別の会社に転職して契約社員になる場合もあるだろう。

日本ではいまだに終身雇用が続いていると言われる。しかし、正規雇用をずっと続けられるわけではないことへの注意が必要だ。

賃金は、50代でピークになる

年齢別の賃金の状況を見ると、図表2の通りだ。

25歳以降、年齢が高くなるほど賃金が高くなる。日本の賃金が年功序列的になっていることがわかる。ところが50代になると頭打ちになる。そして60代になると、急激に低下する。

これは図表1で見た雇用形態変更の影響だと思われる。つまり50代の半ばごろから非正規社員への移行が行われ、そこで賃金がカットされるのだ。

なお、図表に示した女性の場合、50代半ばで最高にはなるものの、その後に、男性の場合のような急激な低下は見られない。

この年齢になれば、子供が大学を卒業し、就職して所得を獲得し始めるだろう。したがって、生活費は減少することになるだろう。

しかし、公的年金の受給は65歳からだから、60代の前半には給料も減らされ、年金も得られないということになり、生活条件はかなり厳しくなる。

現在、公的年金は65歳から支給されることになっている。しかし、年金の財政事情は今後厳しくなることが予想される。それに対処するために、支給開始年齢の70歳への引き上げといった措置が取られる可能性は否定できない。

そうなると、60歳になれば非正規になって賃金が減らされ、しかも年金も得られないという状態になる。その状態が10年間程度続くことになる。


図表2 

年齢別の労働力人口比率は、どのように推移するか?

労働力率が低下する(退職する)のは、どの時点だろうか?

図表3に示す年齢階級別の労働力人口比率の数字をみると、第1に、65歳以上で大きく低下していることがわかる。これは、年金を受給して、退職後の生活に入っていることを示している。

第2に、55〜64歳で若干低下している。しかし、労働力調査では、10歳階級の数値しかわからないので、60歳のところでどう変化しているかは、推測するしかない。

仮に55歳から60歳までと60歳から64歳までの人口数が等しく、かつ50歳から60歳までの労働力率が95%であるとすれば、60歳から64歳までの労働力率は84%ということになる。

つまり、この段階で引退する人はごくわずかだ。多くの人は60歳以降も働き続ける。ただし、そのかなりの人が非正規になる。

結局、労働力率は、つぎのように推移することになる。

59歳まで:95%程度
60歳から64歳:84%程度
65歳以上:35%程度


図表3

以上で述べたことを年齢別に追えば、つぎのようになる。

(1) 15歳から24歳まで:労働力率は46.6%つまり、約半数の男性が働いている。これらのうち約半分を占める正規雇用者は、高卒の人々であろう。非正規は大学生のアルバイトだろう。

(2) 25歳頃には、大学卒業生も就職して働き始め、労働力率は約95%になる。正規雇用者が9割近い。つまりほとんどの男性が働き、そのほとんどが正規だ。

この状態が54歳頃まで続く。賃金も年齢とともに上昇する。

55歳頃に賃金が最高になる。

(3) 50代の半ばごろから非正規社員への移行が行われ、賃金もカットされる。

59歳頃までは、労働力率は95%のままだ。つまり、ほとんどの人は、非正規になり賃金が低下しても、働き続ける。

(4) 60〜64歳では、労働力率が84%に低下。つまり、それまで働いていた人の約12%が引退する。ただし、この年齢では、公的年金は受給できない。

(5) 65歳になると年金が受給できるので、多くの人が引退し、労働力率は35%程度に低下する。

賃金引き上げの恩恵にあずかれぬ人々が約半分

賃上げの恩恵を受けられる人は、上記のうち(2)に属する人々(25歳から54歳)に限られる。この年齢階層の男性総人口は、約2340万人だ。

それに対して、上記のうち(3)、(4)に属する人々(55歳から64歳)は、働いていても非正規なので、賃上げの恩恵を受けるのは難しいと考えられる。この年齢階層の人口は約745万人だ。

そして、65歳以上の人が約1534万人おり、彼らは、賃上げとは無関係だ。物価高騰の被害を受けるだけである (年金はインフレ・スライドするが、マクロ経済スライドが発動されるので、年金名目額はほとんど増えないだろう)。

結局のところ、賃上げの恩恵を受けられる成人男性は、成人男性全体の約半分でしかないということになる。しかも、(2)に属する人々の中でも、中小零細企業の雇用者の場合には、大幅な賃上げを期待することは難しいだろう。

したがって、仮に春闘で高い賃上げ率が実現できたとしても、それが日本の状況を大きく変えるとは考えにくい。


この連載の一覧はこちら

(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)