近所の男友達と、2人で飲んだ帰り道。マンションのエントランスに夫が立っていて…
きっかけは、1遍のエッセイだった―。
『私の、忘れられない冬』
ライターの希依（28）は、WEBエッセイに自身の過去を赤裸々に綴った。
その記事の公開日、InstagramのDMに不思議なメッセージが届く。
「これって、青崎想太くんのことですよね？LINE、知ってますよ」
平和だった希依の人生が、めまぐるしく変わっていく―。
◆これまでのあらすじ
想太は顕彰から「実は希依のことが好き」と言われ、身を引くことにした。しかし、希依と顕彰が付き合うのを見たくなかったから、シャットアウトするために音信不通になったのだと語った。
希衣が想太と再会してから、1週間が経った。
この1週間、想太のことを何度も思い出す。ただそれと同じくらい、顕彰についても考えを巡らせていた。
― まさか、私のことを好きだったなんてなあ。
希依にとって顕彰は、今も昔も貴重な男友達だ。しかし当時の顕彰の気持ちを、希依は今、温かい気持ちで受け取っていた。
それにしても引っかかるのは、想太が言った「例のDMは、顕彰が送ったんじゃないか」という言葉だ。
― 想太が言ってた「昔の4人に戻るきっかけを作りたかったんじゃないかな」という言葉…妙にしっくりくるのよね。
大学時代、顕彰は4人のグループ仲を、いつも盛り上げてくれたと記憶している。想太が音信不通になってからは3人で会うようになったけれど、顕彰はいつも少しさみしそうだった。
― 想太の言うように、顕彰が「4人で会える関係を復活させたい」と思ってDMを送ってきたのかも。
「希依？そろそろ出るね」
自宅のソファに座りながら考え込んでいた希依は、正介の声でハッと我に返る。
正介が、ゴルフ用のボストンバッグを携えて立っている。同僚と、午後スループレイをしに埼玉へ行くらしい。
「ああ、行ってらっしゃい。気をつけて」
「外で食べて、23時頃には帰るよ」
希依は、正介にキスをして、手を振った。
見送ってしまってから、ソファにまた座る。リモコンに手を伸ばし、流れていた朝のワイドショーを消して、決心した。
― DMのこと、顕彰に直接聞いてみよう。2人で会ったら、普通に話してくれる気がする。
『希依：顕彰、今日会える？話したいことがあるんだけど』
そうLINEを送った希依は、カウンターキッチンに行った。シンクとIHコンロをピカピカに掃除する。
それからスマホを見ると、顕彰から返事が来ていた。
『顕彰：何時でもいけるよ！咲は今日予定あるみたいだけど、俺だけでいいの？』
希依は、19時から顕彰とディナーをする約束を取り付けた。
◆
広尾駅から数分のところにある和食居酒屋に行くと、顕彰は先に着いていて、ビールをあおっていた。
「わりい、お先に飲んでた。喉乾いてさ。にしても、2人で会おうなんて珍しいね？」
「そうだね、急にごめんね。咲には断っといたから」
「別に断らなくていいよ」と顕彰は笑った。
希依も、ビールを注文する。乾杯をすると、顕彰が身を乗り出した。
「話したいことってなに？ちょっと怖いんだけど」
「実はね、想太と話したの。あの冬のこと。顕彰が、想太に送ったLINEの話」
顕彰は「あー」と大げさに上半身を反らせた。
「なんていうか…まあ、そうだったんだ。多分そのせいで、想太が音信不通になっちゃったんだよね…。俺、希依にとって余計なことしたなと思って、責任を感じてる」
「うん」
「今さらだけど、ごめん」
顕彰は、お通しに目線を置いて、続ける。
「結局、音信不通にさせたことを反省して、希依には告白できなかった。
でも、そんなときに咲に突然告白されて、普通にうれしくて、付き合った。…心変わり早すぎって思った？」
顕彰は苦笑いをしながら聞いた。
「思わないよ。今幸せそうでなによりだし」
「ありがとう」
「…あ、咲には、この話はしないでおくから安心してね。顕彰が私のこと好きだったって、あえて言いたくもないし」
顕彰がようやく目線を上げる。
「あ、咲は全部知ってるよ」
「え？」
「希依がイブの夜、泣きながら俺と咲にグループ通話をしてきただろ？直後に、俺、咲にLINEしたんだよ。
実は、俺も希依のことが好きなんだって。だから希依をあんなに泣かせる想太のことが、俺、許せないって」
咲はそれを聞いた上で、数週間後に顕彰に告白したのだ。
「俺の希依への気持ちを知った上で、どうしても付き合いたいって告白してくれて。まっすぐな感じが、うれしくてさ」
身近に思っていた人間関係にも、知らないことがたくさんある。希依は驚いた。
「想太に余計なLINEしてごめんな、まじで」
希依は無言で首を横に振り、大根のサラダの横にある大きめ箸に手をのばす。
取り分けながら、何気なさを装って言った。
「ねえ、あのDMさ、顕彰が送ってきたの？」
「え？」
「あ、違ったらごめん。4人の仲を復活させたくて、顕彰が頑張ってくれたのかなって」
「いや、復活したらいいなとは常々思ってたよ。…でもDMは、俺ではない」
顕彰に聞きたいことは終わってしまった。「違ったか」と希依は笑い、気を取り直してワインで乾杯した。
「あ、そうだ。俺も咲も、聞いたよ。想太から」
「なにを？」
「病気のこと、ざっくりだけど教えてくれたんだ。反省した。なにも知らずに俺、あいつを責めてた」
それからは、想太との思い出話をした。会計を済ませる頃には、懐かしい思い出で胸がいっぱいになっていた。
店を出ると、心地いい風が身体を包む。1月だというのに、今日は暖かい。
「希依、送ってくよ」
「いいよ、ひとりで帰るよ」
「だめ。なんかあったら、希依の旦那さんにも、それから咲にも合わせる顔がないから」
顕彰が引かないので、5分ほど歩き、マンションの前に着く。
「送ってくれてありがとう。じゃ、またね」
「おう。また想太含めて、集まろうな」
顕彰に手を振り、エントランスに入ったとき──正介が立っていて、まっすぐにこちらを見ていた。
「あれ、正介。早かったね」
「うん。思ったより早く着いたんだ。希依は、なにしてたの？今の人と会ってたの？」
「そう、飲んでた。大学時代の友達」
「いいね」
正介は、希依に干渉してこない。信頼の証のようで、それを心地よく思っていた。しかし、少し気まずさを感じた希依は、部屋に戻ってからフォローする。
「ねえ。咲って覚えてる？」
ソファにいる正介に、カウンターキッチンから声をかける。
「んー？」と、正介は間延びした声で返事をした。
「結婚する直前に紹介した子。表参道かどっかのカフェで、3人で会ったじゃない？」
「ああ、大学時代からの親友の子だよね」
「覚えてるよ」と正介は、新聞をめくりながら返事をした。
「そうそう。で、今日飲んでた顕彰って人は、その咲の彼氏なの。もう4年も付き合ってるんだよ」
「そうなんだ」
正介はキッチンにやってきて、冷蔵庫からビールを取り出す。
「安心したよ。ちゃんと彼女持ちの男で」
正介がおどけた声色で言う。
「なーんて冗談だよ。希依、気をつかわなくていいからね。妻が男友達と飲んでるくらいで嫉妬する器じゃないし、希依が浮気なんかしないのは知ってるんだから」
ビールを持った正介が、空いているほうの手で希依の頭をなでる。
「その彼とは、何を話したの？」
「えっとね…」
想太の話をした、なんて言えない。
「…誕生日プレゼントの相談を受けたの。咲が、もうすぐ誕生日だから」
言いながら、咲の誕生日は5月だ、と思う。しかし正介にバレる余地もないので、話を続けた。
「アクセサリーがいいか、家電がいいか、迷ってた」
「家電？すごいアバウトな相談だね」
正介が笑った。とっさについたウソがバレたようで、希依は少し慌てる。
「調理家電を勧めておいたの。咲、料理上手だから。顕彰も、美味しい思いできるしね」
希依はふきんを手にとって、午前中にピカピカにしたばかりのシンクを、また磨いた。
「ふーん。じゃあ、咲ちゃんと、顕彰くんは、一緒に住んでるんだ？」
「ううん、咲のポリシーで、結婚するまで同棲はしないんだって。でもその分、家を近くにしてるの。だからお互いの家を行き来してる」
「へえ」
「顕彰も咲も、広尾が最寄りなんだよ。2人とも、駅から見て、うちとは逆のほうになるけど」
想太のことやDMのことを、正介に隠している。その事実に、希依は自分でうろたえてしまう。「お風呂わかしてくる」と言い、リビングを後にした。
広々としたバスルームに入り、バスタブ横の水栓ボタンを押した、そのとき。
ポケットに入れていたスマホが震える。メッセージの送り主は、咲だった。
『咲：想太、彼女と別れたらしいよ』
― え？
『咲：希依、この前4人で会ったあと、想太と2人で残ってたよね？もしかしてあのあと、なんかあったの？』
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「どうして彼女と別れたの？」希依は想太に会いに行き、聞いてみるが…
